私の持つ強力な武器
彼女が転移魔法を詠唱し、連れてきてくれたのは高い場所にある草原だ。目の前には山が広がっている。ルーナのどこかなんだろうか。背後には森が聳え立ち、足元には見慣れない紫の花が咲いている。細く曲線を描いた花弁に触れようとしたとき、穏やかな声が届く。
「その植物には安易に触らないほうがいいわよ。死んでしまうかもしれない」
私は慌てて手を引っ込める。
「毒?」
「そう毒草。その葉の汁が人間にはあまり良くないみたいよ」
今まで薬草に触れることはあったが、毒草に触れることはなかった。
とそこまで考えて、アンヌを傷付けたことを思い出す。
全くではないんだろう。
「ここはルーナの奥地にある高原よ。この辺りには毒のある植物が多くて、あまりみんな立ち入らないの」
綺麗な場所だが、毒と聞き少し恐縮してしまっていた。
私は毒草のない場所に移動すると、安堵のため息を吐く。
セリア様は私の隣に来ると、広大な景色に目を向ける。
「ノエルから武器を欲しているとは聞いたわ。自分で自分を護ろうという意志を持つのはよいことだと思う。でも、あなたには強力な武器があると思うの」
そう言われてもピンとこず、必死に考えて思いついたのはあの蔦だ。
確かに強力だが、そこまで言われるものだろうか。
私を見てセリア様は困ったように笑う。
「あなたが今できるのは、本当に初歩の段階ね。植物の力を借りて、縛ったり、相手を足止めできる。でも、植物にはいろいろな力があるのはあなたも知っているわよね。傷を治したりする力もあれば、毒を盛ったり、麻痺させることも、必要に応じて毒殺することもできる」
「毒殺?」
そのショッキングな言葉に私はセリア様を見る。
彼女は呆れたような笑みを浮かべる。
「余程のことがない限り殺す必要はないけれど、眠らせたり、麻痺させるといろいろと便利だと思う。特に魔法を使えない状態ならね。あなたはそれらの植物の力をいずれ使えるようになるはずよ。それがどのくらいか私には分からないけれど」
アリアから少し前にそんな話を聞いた記憶もある。私のお父さんがそうしたことができたことを。だが、それが自分にいまいち結びついていなかったのだ。
だが、植物といってもその種類は幅広い。名前を始めとして、特長や作用などもある。
ロロからもらった薬草辞典は覚えた。だが、毒草となると話はまた別だ。私は毒草に関する知識は不十分過ぎたのだ。
「それなら、一つずつ覚えていかないといけないんですね」
ロロはしっかりしているから、その辺りの知識も豊富そうだ。
今まで毒草と他の草を見間違わなかったのは、運がよかったんだろうか。
「毒を持つ植物は薬草よりずっと多いわ。私達が認識していない未知のものも少なからずあると思う。でも、覚える必要は決してないの。美桜が蔦を呼び出した時、その名前は知っていた?」
私の心を見透かしたように、セリア様はそう問いかける。
私は首を横に振る。
思いつく植物があっても、力が発現した時、その植物を具体的にイメージしたわけではない。
「知識があると便利なのは確か。でも、必ずしも必須じゃない。それに今は一つずつ草の名前を憶えているようだけど、いずれ勉強しなくても名前や効用を知れると思うわ」
「どうやって?」
「それは私には分からない。ただ、花の民の、あなたのお父さんの血筋は昔からそうだったらしいの。あなたのお父さんが生きていれば教えられたかもしれないけど、それは無理だしね。今すぐにあなたに使いこなせと言っているわけじゃないの。そういう方法があると知っておくことも悪くはないわ。ノエルが作ろうとしているのもそういう武器だと思う。だから、急にもらって驚かないようにね」
ノエルさんから具体的に聞いたんだろうか。
分からないことが多すぎる。そして、私が「分かる」と思える日が来るんだろうか
私の髪の毛を心地よい風が揺らしていく。
「そろそろ戻る?」
私はセリア様を見る。
「もう少しだけここにいてもいいですか?」
「分かった。少ししたら迎えに来るわね。ここはルーナのかなり奥地だから、誰も入ってこないからゆっくりするといいわ」
私は頷くと、転移魔法を詠唱した。彼女の姿が消える。
私はあの紫の花に視線を落とす。ここに残ったのは、もう少しだけ自分の気持ちの整理をしたかったのだ。
「お父さん、か」
私はその場に横になり、天を仰ぐ。一人になるのは久々かもしれない。
アリアと一緒の時間は慣れたし、不快になることもない。
だが、もともと私は人と一緒が好きではなかった。
おばあちゃんがああだったからか、一人で過ごす時間を好んでいた。
一人だと傷つかなくていいし、文句も言われなくていい。
お父さんがこの世界の人で、お母さんは私と同じようにこの世界に来た。
私は首を動かし、毒を持つと言う花を見る。
お母さんはどうして日本に戻ってきたのだろう。
お父さんとうまくいかなかったのだろうか。
お父さんは私が生まれたことをどう思っているのだろうか。そもそも私のことを知っているのだろうか。
もし、お母さんが日本に帰って来ずに、花の国で生まれていたら、どうなっていたんだろう。
過去を仮定してもどうしょうもないと分かりながらも、とりとめもなく迫ってくる迷いの心を抑えるために、そっと唇を噛んだ。
あれだけ当たり前だったのに、一人はやはりよくない。
余計なことをあれこれと考えてしまいそうになる。
私が目にたまった涙を拭おうとしたとき、私の体に影がかかる。私の顔を栗色の髪の毛をした男性が覗き込んだのだ。
「眠っている?」
「ラウール?」
私は慌てて体を起こす。そして、目にたまった涙を拭う。
「起こすつもりはなかったんだ。そのまま寝ていても構わないよ」
「さすがに恥ずかしいから」
彼は不思議そうに首を傾げる。
弱音を吐きそうになった私は多分ものすごく情けない顔をしているだろう。それを他の人には見られたくなかった。
「ルイーズに昨日のことを聞いて、セリア様に会いにきたんだよ。そのセリア様からお前がここにいると聞いた」
「顔見知りみたいだったよね」
「俺の魔法の師だからな。あの人に会えなかったら、ここまで魔法を使いこなせなかったと思う」
彼は自分の手をじっと見る。
ルイーズがジルベールさんの紹介ときに「人間の」とつけたのはそういう意味だったのかもしれない。
「昨日は災難だったな」
女の人にさらわれかけたことを言っているのだろう。そういえばあれから一日しか経っていない。色々あり過ぎて、もう一週間くらい経った気分だ。
「昨日はあれから大騒ぎだったよ。こっちとしてはジルベールを城に招くには好都合だったけどね。煩い奴らは慌てふためいていて、それどころじゃなかったみたいだからな」
彼は愉快そうに笑う。
お城の中の人間関係がどうなっているのかはよくわからない。
きっと私が考えるよりも複雑で、多くの人が関与しているんだろう。
王子である彼の味方はそんなに多くないのだろうか。彼や周囲の人の言動を見ていると、そういう気がした。
ラウールは優しく微笑むと、私を見る。
「怪我はなさそうで良かったよ。まあ、怖い思いはしただろうから、よかったと言うのはいけないな。でも、お前はよく攫われかけるな」
私は苦笑いを浮かべるしかなかった。今までは巻き込まれることが多かった。でも、今回は私が原因となっているのだ。
私を花の国の民だと私を連れ去ろうとした人達は言っていた。それを他の人、例えば事情聴取をしているであろう兵にはまだ漏らしていないのだろうか。言っていたら、彼の耳にも入るだろうし、私に対する態度も変わる可能性もあるのだろうか。




