弱りゆく草木
目の前には青々とした森が広がっている。だが、美しいと思う言葉は出てこなかった。その理由は端にある木が黄土色に変色していたためだ。そして、その周辺を取り巻く木々が心なしか元気がない気がした。
「どう思う?」
「変かもしれないけど、木が元気がない気がします」
セリア様は微笑むと、その木に触れた。
「私もそう思うわ。ここはルーナの隅にある森よ。少し前から、一部の木々が病気でもなく、こうして弱り出したの。まだ大陸には広がっていないし、ほとんどの民は気付いていないと思う。それは恐らく、花の国に異変が起こっていうということではないかと思っている」
「アリアは復興と言っていました。そしたら今はその国はあまりいい状態じゃないんですよね」
セリア様は頷いた。
「恐らくね。彼女に会い、国に異変が起こっているとは前もって聞かされていた。こっちからはあなたの国にはたどり着けないから、あなたの国がどうなっているかは分からない。ただ、このままではこの大陸の緑が失われていく。だから、あなたをあなたの父親の国に連れていき、国自体を復興させようと考えているの」
「じゃあ、お父さんは?」
「多分、生きていないと思う。ノエルもずっと連絡が取れないと言っていた」
私の心臓が不規則な鼓動を波打つ。どこかで父親の生存を期待していたのだろうか。
結局、私のお父さんもお母さんもこの世にはいなかった。
幼いころから両親はいないと分かっていたはずなのに、胸が痛む。
「ごめんなさいね。でも、誤魔化しても結局は言わないといけないことだから」
「いいえ。はっきり言ってくださってありがとうございました。復興って何をするんですか?」
「正直なところ、あなたが国に戻らないと分からない。『敵』が巣食っている可能性もある。ただ、本当の意味で国を再建できるのは、花の国の血を引くあなただけなのよ」
「でも、他の人は? 民というから一人だけではないんですよね」
「花の国の民がどれ程生きているのかは分からない。こちらに逃れたものもいるという噂はある。ただ、私は会ったことがないから、どうともいえないわ。あなたが連れ去られようとしたように、闇取引されて酷い目に遭わされている可能性もある。それに、花の国の本当の意味での復興は花の国の民なら誰でも良いわけじゃないの。ティメオ、あなたのお父さんの血を引くあなたにしかできないことよ。例え、あなたの体に他の世界の人間の血が流れていようとね」
アリアが少し前に似たようなことを言っていた。私の父親は特別強い力を持っていた、と。
私が何も言えないでいると、彼女は短く息を吐く。
「部屋に戻っても構わない?」
その問いかけに頷いた。
私はセリア様の部屋に戻ると、再びいくつか約束をした。
まずは一人では外に出ていかないこと。
困ったことがあればすぐに相談すること。
体に異変があればすぐにいうこと。
「あなたの判断に任せるけど、ラウールやお城に関わる人間にはあなたが花の国の民であることを黙っていたほうがいいわ」
私が驚きセリア様を見ると、彼女は困ったような笑みを浮かべる。
「確証はないけれど、あなたの父の国に攻撃を仕掛けた主犯格は、今の王妃だという噂があるの」
「そうなんですか」
今のということはラウールの本当のお母さんのほうではないんだろう。私は混乱しながらも、どこかホッとしていた。
お城に関わるというと、ロロ以外は自然と省かれることになる。ロロもラウールと親しいので、そういう意味では無関係とは言い難い。
「でも、ルイーズは気付いていると思います。エペロームで力を使った時、彼女と一緒だった」
「彼女は大丈夫よ。自分で考えられる頭も、意志の強さも持っている。それにもう知られてしまったのなら、下手にごまかさないほうがいい。あなたが言いたければ、ラウールに言ってもいいの。彼も自分を護れる力も、考える頭も持っている。それはあなたが決めなさい。あなたに危害を加えようとするものがいたら、私が全力で守るから気にしないで。アリアも万が一のときは力になってくれるでしょう。まずはあなたの国を見付けるのを待っていてほしいの」
「分かりました」
私はセリア様と約束し、自分の部屋に戻ることにした。
部屋に戻るとベッドに座る。そして、自分の手をじっと見つめる。
「どうかした?」
アリアがそう私に問いかける。
「いろいろなことを言われて、頭が混乱しているんだと思う」
私は彼女の言葉を幾度となく繰り返す。だが、そこで疑問を感じた。
「アリアは花の国にいたの?」
「多分」
しばらく間を置き、返事が返ってくる。
「じゃあ、花の国の民なの?」
彼女は何も反応を示さずに、困ったように微笑んだ。
違うということなのだろうか。それとも分からないと言いたいのだろうか。
「アリアは花の国がどこにあるのか知らないの?」
彼女は首を横に振る。
「花の国が地図の上でどこにあるのか考えたこともなかった」
「転移魔法でも行けないの?」
彼女は頷く。
「花の国の民が多数殺されていたのは覚えている。それからいろいろあって気付いたらノエルの家にいた。そこでセリアと知り合ったの。私はしばらくノエルの家に厄介になっていたんだけど、少ししてルーナや他の場所でも自然に異変が起こりだした。そして、時期を見計らい、あなたを連れてくることにしたの。本当は花の国を発見してからあなたを連れてきたかったけど、時間的に無理だと判断した。あなたをこの城に招き入れたのも、女王にセリアがあらかじめ話を通していたからなのよ。この世界に着た直後、人間に襲われるのは予想外だったけどね」
「そうだったの?」
アリアは頷く。
「お城だと防犯も完璧だしね。この城に奇襲をかけようなんてものはまずいない。だから、しばらくあなたをここに住まわせようということになったのよ。ノエルの家だと狭いし、防犯面にも不安があった。それにこっちのほうが暮らしやすいんじゃないかと思ってね」
「女王様も花の国については知っているの?」
「知っているはずよ。セリアがどこまで話をしているかは分からないけどね」
彼女はすぐに私をこの国のそれも自分の住む城に住まわせてくれるという結論を下した。
いくら人を見る目があると言っても、国に住まわせてくれるだけではなく、お城で何不自由なく暮らせるのはある意味整い過ぎている気がする。花の国の民という条件があるなら、納得はできる。
「アリアたちはいつから花の国を探していたの?」
「十三年くらい前かな」
私の世界との時間軸が同じかは分からないが、母親が死んで間もない頃だ。その頃から彼らはずっと探し続けて、未だに見つからない。途方もなく長い時間のように感じた。
彼らは絶望した事もあったのだろうか。だが、今でもその国を求め続けている。この世界のために。
花の国の民の死を目の前で見た彼女も口には出さないだけでいろいろあったのだろう。
私は父親の話を聞いてからずっと戸惑っていた。そして、今も待つことしかできない。だから、それからずっと私は自分にできることないかをただ考えていた。




