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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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地図にない国

「また、ゆっくり話をしましょう。あなたは私の部屋に来なさい。今から掃除をするわ」


 セリアさんは私にそう告げる。


「私も手伝いますよ」


 ローズは笑顔でそう告げる。

 一方のリリーははにかんだ笑みを浮かべて、頷いた。

 掃除が嫌というよりはセリアさんと何かあるんだろう。


「そうね。折角だからお願いしようかな」


 私達は彼女の部屋を掃除することになった。


「まずは着替えてきたら? 汚れも早めが落ちやすいわよ」


 セリアさんは私を見るとそう告げる。今はジャケットで隠れているとはいえ、私は神鳥の血が付いているうえに、さっき地面に押さえつけられていたのだ。ジャケットにも擦れた後がある。人から借りた服をこんなにしてしまったことを今更実感して頭が痛くなってきた。弁償した方がいいんだろうか。だが、勝手に買ってもノエルさんが気にいるとは限らない。


 今あれこれ考えても仕方ない。そのため、私は一度、一度部屋に戻ることにした。

 バッグを置き、上着を脱ぐと、アリアが私の前に現れた。彼女は肩を落とすとため息を吐く。

 その表情はさっきのリリーの表情にどこか似ている。

 彼女は私と目が合うと、短く息を吐いた。


「護衛のこと、まずかった?」

「いいわよ。あなたのせいじゃない。いずれこうなる気がしていたの」

「ノエルさんの言っていたあいつってセリアさんのこと?」

「そう。話を聞いたんだと思う」


 私はクローゼットから洋服を取り出すと、袖を通す。先ほどの服を洋服を付けている洗濯用の液につけておく。問題はノエルさんから借りた服だ。誘拐するなら、私の洋服を着ている時にしてくれればいいのに。


「別にあの人は気にしないと思うよ」


 私の気持ちに気づいたのかアリアはそう告げる。


「でも、私が気になる」

「仕方ないな」


 アリアは呪文を唱える。すると、ノエルさんの洋服についていた傷は消失した。ちょうど私が借りたときと同じような状態だ。


「そんなこともできるの?」

「私はできるよ」


 そう彼女は肩をすくめた。


 もう見えなくなったとはいえ、傷をつけてしまったことは謝ろう。

 私はアリアにお礼を言うと、私はセリア様の部屋に行くことになった。


 セリア様の部屋にはリリーとローズの姿が既にある。

 セリアさんは私を一瞥すると、リリーを見た。


「まずはここに落ちている塵を一か所に集めてみて」


 リリーは私とローズに離れているように告げると、呪文の詠唱を始めた。部屋の至る所で小さな風が起こり、埃が一か所で綺麗にまとまる。詠唱を終えたリリーが苦笑いを浮かべる。


「箒を使ったほうが早いと思う」

「いいじゃない。久々に愛弟子の魔法を見たくなったのよ。でも、箒はあったほうが便利よね」

「取ってきますね」


 ローズが二人の会話に笑みを浮かべ、部屋を出ていく。私も一緒に取りに行くことにした。

 そのフロアの突き当りにある、掃除道具入れから箒を三本とバケツを取り出す。そして、綺麗な雑巾を二枚、バケツの中にいれて部屋に戻る。部屋に戻ろうとした私をローズが呼び止めた。


「どうかした?」

「ずっと気になっていたけど、怪我、大丈夫?」


 あの時、女の人に押さえつけられたときにけがをしたのだろうか。私は会釈する。

 いろいろなことがあり過ぎて、顔に感じた痛みのことなど忘れていた。


「大丈夫だよ」


 彼女は私に手を伸ばすと、呪文を唱える。頬に顔に白い光が触れるのを感じ取ったが、すぐに消失する。

 ローズは優しく微笑んだ。


「怪我や病気ならいつでも治せるから言ってね」

「ありがとう」


 私達はセリア様の部屋に戻ると、掃除を始めることになった。まずはリリーが集めた埃をゴミ箱に移し、あとは床やテーブルなどを雑巾で拭く。


「かなり汚れているわね。家のほうも掃除しないとまずいかしら」

「それはアランが定期的に掃除しているから大丈夫ですよ」

「それなら、良かった。あとで家を見に行かないと」


 彼女は窓を雑巾で拭いている。徐々に部屋の中が綺麗になり、最初の埃っぽさはもう微塵もなくなっている。


「手伝ってくれてありがとうございます」

「いつでも声をかけてくださいね」


 そうローズが微笑みかける。


「私達は部屋に戻りますね」


 ローズは私達を見て頷く。


 私とリリーが頭を下げ、部屋を出ていこうとすると落ち着いた声が響く。


「美桜、あなたは残りなさい。話があるの」


 私は驚き、セリア様を見る。

 彼女は私を真剣な目で見据える。


「私達は先に部屋に戻っているね」


 そう言うとリリーとローズは部屋に戻っていく。


「こっちに来なさい」


 私はセリア様の傍まで戻る。

 彼女は私をしかとみると、血色の良い唇を開く。


「守ってほしいルールがいくつかあるの。さっきもローズ様達には言ったけど、まずは出かける時には私に必ず報告すること。ルーナを出る時には私が基本的についていくわ」

「ポワドンやブレソールに行く時も?」

「そうよ」

「大変じゃないんですか?」

「大変だけど仕方ないわ」

「何でそこまでしないといけないんですか? 今日は迂闊だったけど、もうついていかないようにするから、大丈夫だと思います」


 その言葉に、彼女は銀の髪をかきあげた。


「あなたを殺させるわけにはいかない。ただ、それだけよ。ついていかずに殺されたとなっては申し訳ないわ」

「花の国の復興のためですか? でも、あなた達とは違う国なのに、どうしてそこまで?」

「あなたが国を復興することが、私達の世界の平和にも繋がるのよ。そのために、私達はずっと動いてきた」


 彼女は優しく微笑んだ。

 私には彼女の言葉の意味が分からない。ただ、私の中に流れる血が特別なこと、それを欲する者がいるのだけは分かる。


「私も完全にわかるわけじゃないし、どこから話せばいいのかは分からない。ただ、さっきもあなたが感じ取ったようにあなたの命を狙うものは増える。それは人間だけではないわ。この世界に住む、力を求める者はあなたを手中に収めようとするでしょう。それだけあなたの持つ力は特別なのよ」


 思いがけない言葉に、心臓が波打つ。そして、私の手が震えていた。その理由ははっきり分からない。

 武者震い、恐怖、畏れ、戸惑い。具体的な例をあげれば思いつくが、私の心境に一致する言葉が見つからない。


「どうして?」


 やっとの思いで疑問を言葉で紡ぐ。


「緑は生物が命を持続させるために必要な物だからよ。花の国には植物が生きられる活力が存在しているの。私はずっとあなたの父親の故郷を探していたの」

「花の国を?」


 私の問いかけにセリア様は頷く。


「戻ってきたということは、見つかったの?」


 私の目の前にアリアが現れ、セリア様を凝視する。

 その言葉にセリアさんは目を細めていた。


「急に現れるのね。戻ってきたのはノエルから、あなたが人気の多い場所で力を使い、目撃された可能性を聞いたからよ。この娘を護れるのは、この世界で私かあなたくらいしかいないでしょう」

「なら、まだ見つからないのか」


 アリアは歯がゆそうに唇を噛み、肩を落とした。


「いくつか可能性のある場所は見つけたわ。確証はないけどね。ただ、私をあの国が迎え入れてくれるか分からない」


 セリア様の視線が私に映る。


「あなたのお父さんの国はね、この大陸のどこかにあるの。でも、その場所は決して地図には記されない」

「なぜ?」

「外部から遮断して、国を守るためよ。もっとも完全に遮断していたわけではなく、一部の民は他の国との行き来をしていたわ。極力その場所は伏せられてきたの。ただ、その国の場所を知る必要が出てきたのよ」


 私には彼女の話があまりに抽象的で本意がつかめなかった。


「まずは見せたほうが良さそうね。あなたも来る」

「行く」


 アリアがそう言うと、セリア様は呪文の詠唱を始めた。本のびっしりと詰まった部屋の視界が一気に開けた。


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