最強の護衛
「なぜか、ここではそう呼ばれているみたいね。魔女はあなた達の国にこそいるのに。まあ、いいわ。その子の魔法を解いてもらえるかしら」
その言葉のすぐ後に、背後から女性の声が聞こえ。体のだるさが消失する。私は体を起こすと、辺りを見渡した。そこにいたのはエルペールで私を見ていた女性だ。彼女は顔を引きつらせながら、こちらを見ている。
女性が逃げ出そうとするが、すぐに彼女も透明な箱に囚われる。彼女は恐怖に顔を引きつらせる。
「助けて。殺さないで」
悲鳴のような甲高い声が響く。だが、セリア様は顔色一つ変えない。
「殺さないわよ。そもそもあなた達にわざわざ私が手を下す価値があるとは思えない」
「セリア様?」
その声とともに、ブレソールからルイーズが走ってきた。彼女は私の傍で足を止めると、驚きに満ちたまなざしで彼女を見ている。ルイーズは私を向き直ると、頭を下げた。
「ごめんね。あの人、彼女たちに娘さんを人質に取られていて、私を呼び出すように命令されていたらしいの」
「娘さんは?」
「大丈夫。助け出した。今、ロロがついていてくれている」
私はほっと胸をなでおろす。
「誘拐未遂どころか既遂だったのか」
そうため息交じりに呟やいたセリア様はルイーズを見る。
「ロランドの娘よね。彼女らの後処理を任せていい?」
「構いません。美桜さんを誘拐しようとしていたんですよね」
「そうみたいね。ありがとう。城まで彼女たちを運びましょうか」
セリア様が呪文を唱えると、ブレソールの門のところまで移動した。いつの間にか門のところには人だかりができている。人々の前には三人の槍を持った男が立ちはだかっている。彼らは槍をセリア様に向けている。だが、彼らは恐怖からなのか、顔が青ざめ、手足が小刻みに震えていた。
セリア様は目を細める。
「仕事熱心なのね。なら、少しは見極める目を養ったほうがいいわ。むしろ私に感謝してほしいくらいよ。今日エペロームで神鳥を盗もうとした奴らの残党をこうして取り押さえたのだから」
私もルイーズもその言葉に驚きを隠せない。確かにエペロームでそうしたことがあったが、彼女はあの場所にいなかったのだ。
「神鳥?」
「それは事実のようです。先程、エペロームから連絡が届きました。彼らがほかに女の仲間がいたと口を割ったようです。まだ彼女だと断定はできませんが」
その言葉と共に彫りの深い顔立ちの燃えるような赤い髪をした男性が現れた。縁に刺繍の施された紫色の法衣を身にまとっている。年の頃はルイーズのお父さんよりも随分と年上だろうか。彼は青の瞳で私をちらりと見る。
「フランク様」
門番が一歩腰を引いて、深々と頭を下げる。
フランクはラウールの話にたまに名前が出てくる人だ。
二人を取り囲んでいた透明な箱が消失し、自由の身となった。だが、二人はセリア様を見て顔を強張らせたまま身動きしようとしない。フランクの指示を受け、城門にいた兵が二人を取り押さえ、街の中に連行していた。
フランクの視線がルイーズに逸れる。
「君が捕まえてくれた男はもうこちらが身柄を抑えたよ」
「ありがとうございます」
ルイーズは深々と頭を下げた。
セリア様は微笑むと、私の肩を叩く。私は彼女さんについていくようにしてブレソールから離れた。
そして、門から離れた場所に来ると足を止める。
かなり距離は空いているのに、まだ門に人が集まっているのが良く分かる。
「ルーナに戻るわ」
彼女はそう言葉を残すと、転移魔法を発動させた。
私達は到着したのは見たことのない部屋の中だ。白い壁を基調とした部屋でベッドや本棚が置いてある。だが、それ以上に気になるのは。私は鼻にむずむずとした感触を覚え、思わずくしゃみをした。ものすごく埃っぽい部屋だ。
「しばらく掃除しないと、さすがにこうなるか」
彼女は臆した様子もなく、窓を開ける。心地よい風が窓から入ってきて、私の髪の毛を揺らした。
「お城の中ですか?」
「城にある私の部屋よ。誰にも入るなと伝えてあるから、こうなっても仕方ないけどね。ついてきなさい」
彼女はそう言うと扉のところまで歩いていく。
「どこに?」
「女王様に会いに。久々に戻ったのだから、挨拶くらいしておかないとね」
「私も?」
「当然よ」
私は普段でかけても、女王に許可を得ることはほとんどない。それはローズにそこまでする必要はないと言われたからだ。私がついていく必要性が分からなかったが、半ば強引にセリア様に女王の部屋に連れていかれることになった。
部屋を出て階段を上がる間に、数人の妖精とすれ違い、そのほとんどがセリア様を見て固まったりと戸惑いを隠せないようだ。セリア様はそんな周囲の驚きに戸惑いはないのか、にこやかにあいさつをしている。
謁見室の前を通りかかった時、見張りの妖精が目を見張る。深々と頭を下げていた。
ローズと一緒の時よりも周りが恐縮しているのが見てとれる。
セリア様その傍にある女王の部屋をノックする。すると、アランが顔を覗かせた。彼は私とセリア様を見て目を見張る。部屋の奥で椅子に座っている女王は苦笑いを浮かべ、驚いた様子を見せない。
「お帰りなさい。長い旅でしたね」
扉を閉め、女王の傍まで来ると、彼女がそう優しい言葉をかける。
「長い間、国をあけて申し訳ありません。急ですが、折り入って話があります。私を彼女の護衛につかせてください」
聞き流した言葉を頭の中で思わず繰り返す。
私は状況が呑み込めなかったのだ。護衛というと国の偉い人についているイメージだ。
そもそも私は変なことに巻き込まれる回数が多いとはいえ、護衛がつくような身分ではない。
そう考えてあることを思い出す。私のお父さんの血だ。
だが、私の中に流れるのは、花の国の血だ。ルーナの、それも女王の護衛を義務付けられている妖精が私を護衛する必要はない気がする。
「おばあ様、それは」
眉根を寄せ苦言を呈そうとしたアランを女王が制する。
彼女はセリア様の言葉に驚いた様子を浮かべない。
「私は構わないわ。アランやフェリクスもいるのだから」
「ありがとうございます。また後程、詳しい話をしに伺います」
彼女はそれだけを言い残し、私を連れて部屋を出た。
「護衛って何の話ですか?」
「ノエルから一通り話は聞いた。あなたはこれから狙われることが多くなる。なら、私が護衛するのが手っ取り早いのよ。『彼女』は嫌がるだろうけどね」
その彼女がアリアのことを指しているのは察しが付く。
彼女は私の気持ちを察したのか、にっと笑った。
階段を降りると今度は私の部屋のある方に向かって歩き出したのだ。彼女の足が止まったのはローズの部屋だ。
セリア様がドアをノックすると、すぐに扉が開く。彼女の瞳はセリア様に釘づけになっていた。その眼を細める。
「セリア様、お帰りなさい」
「いい加減、様はやめてくださいね」
「ごめんなさい」
ローズはそう言うと、舌を出す。
セリア様の目が隣の部屋に移る。
「リリーも出てきなさい。どうせ気付いているんでしょう」
その言葉を待っていたかのようにドアが開き、リリーが顔を覗かせた。明るい笑みを浮かべるローズとは違い、リリーの表情はどこか暗い。
「人間に魔法を封じられたんだってね。レジスのところでは大地に大穴を開けたとか」
「それは、あの」
「後者はともかく、前者は困りものね。これからはみっちりしごいてあげるわ」
勉強熱心なリリーが暗い顔で頷いた。
「あと、私はしばらくこの娘の護衛につくことになったから、彼女と出かける時には声をかけてね」
ローズもリリーはその言葉に目を見張る。




