銀の髪の女性
テッサに連れられ、ラウールとルイーズのお父さんが一緒に入ってきたのだ。
ジルベールさんの目にうっすらと涙が浮かぶ。そして、ラウールの瞳もいつもより強い輝きを帯びているような気がした。その眼はポワドンで見た瞳を彷彿とさせる。
「少しだけ二人にさせてあげようか」
そう言うとルイーズは私の肩を叩く。ロロは既に部屋の出口にいて、ルイーズのお父さんと話をしていた。
遅れて私とクロードも立ち上がり、ラウールと入れ違いになる形で、部屋を後にした。
ドアを閉めたクロードが優しく微笑んだ。
「僕は帰ります。何かあればいつでも言ってください」
「悪いな。ありがとう」
「これくらいならいつでも構わないよ」
彼はロロの言葉に会釈をすると、家を出ていった。
私達は別の部屋に案内された。テッサは飲み物を持ってくると言い残し、そのまま部屋を出ていく。テーブルと椅子が置いてあるシンプルな部屋だが、広い部屋なので、私達が全員入ってもまだ余裕がある。
「ラウールを連れてくるなら前もって言ってくれればよかったのに」
「迷ったんだが、念のため聞いてみたんだよ。そしたら行くと言っていたから、連れてきた。二人で積もる話もあるだろう」
ルイーズのお父さんは苦笑いを浮かべる。
周りはその話に納得しているようだが、私にはよく分からなかった。
そんな私の気持ちに気付いたのかルイーズが付け加えた。
「ジルベール様は、ラウールにとって人間の魔法の師であり、父のような存在なの。だから特別なんだと思う」
この国には王様がいるはずなのに、父親のようなという存在がいることに違和感はある。だが、彼を見た時のラウールの瞳が、それを彼らに聞いてはいけないと伝えていた気がする。
「お城に入ることはできそう?」
「大丈夫だよ。一応話は通してあるし、今でも彼を慕う人間は多い。うまくやるさ」
「よかった」
ルイーズはそう目を細める。
「ロロはあの時、偉い人だったと知っていたの?」
ロロは首を横に振る。
「あの日、帰りにルイーズを呼んでもらっただろう。その時に聞いて驚いたよ。さすがに俺も名前を聞けば分かったけどね。それから何度か会って話をしたんだ。今の国のことや、ラウールのこと。彼はずっと迷っていたみたいだった。どうせ捨てた命なら、最後にラウールのために力を尽くしたいとね」
「最後って体でも悪いの?」
「それだけの覚悟ってことだと思う。自分の命を優先していたら、あの人には勝てないと思っているんだろうな」
そうロロは口惜しそうな表情を浮かべる。
彼の言葉は辺りを静寂へと導いた。
その静寂を破ったのはドアの開く音だ。テッサがお茶を持って入ってきた。今度はおかしも一緒だ。
彼女は焼き菓子の入った器を私とルイーズの前に置くと、首をわずかに傾げた。
「帰ってきたときにブノワが焼いてくれていたみたい」
「ありがとう。ジルベール様を一度お城に案内してから、お父様に連れてきてもらう予定だけど、どの部屋に案内したらいいの?」
「奥の一つ手前の部屋かな。掃除もブノワにしてもらっていたの」
ルイーズのお父さんはその言葉に頷いていた。
「テッサの隣の家が空き家になっているから、そこに住んでもらう予定だけど、しばらくはテッサの家に住んでもらうことになっているの。ジルベール様がいたら、それこそ誰も攻めてこれないと思うわ」
ルイーズはテッサの運んでくれたお茶を口にする。
「そんなに強いの?」
「かなりね」
「彼は歴代の大魔術師の中で最高と謳われた人物なんだよ。ただ、あまりに厳格だったため、今の王妃が許せなかったんだろう」
ルイーズのお父さんが付け加えるようにして教えてくれた。
「今の王妃ってラウールの母親ですよね?」
私は確認を込めて尋ねるが、誰も返事をしなかった。
私はそれで二人に血の繋がるがないと悟る。
エリスの継承権が高いのも、血の繋がりの影響だろうか。
「国民はともかく、私達は知っていることだから、言っても構わないとは思うけど。今度、エペロームに行ったときに大まかに教えるね。ここで話をするのは避けたいから」
そうルイーズは微笑んだ。
私は頷く。
ロロは何かを思い出したように私を見る。
「武器は買えたのか?」
「私はノエルさんに作ってもらうことになったの」
その言葉にルイーズのお父さんは驚いたようだが、ロロは驚いた様子もなく納得しているようだ。
「お金は? 足りないなら用立てるよ」
そう聞かれてドキッとする。彼の言った代償は花の国に生えている植物。このタイミングで話をすべきなんだろうか。
話をすることに抵抗はないが、いざ話をするとなれば緊張してしまう。どこから話をしたらいいんだろう。ただ、アリアのことは伏せないといけない。いろいろな条件が頭の中で駆け巡り、言葉が喉につかえてしまっていた。
「ノエルさんは武器にお金は取らないわよ」
「そうなんだ」
ロロは驚いたようにルイーズを見る。
「強盗には気をつけろよ。そのうち、作ってもらった人間がいることは広まるだろうから」
ロロはそう苦笑いを浮かべる。
私はどんどん狙われる要素が増えて行っているのだろうか。
少しして、ラウールが扉を開けた。ルイーズのお父さんが立ち上がる。
「私たちは城に戻るよ。早めに手続きをしておきたいからね」
私達は部屋の外に行くと、出ていくラウール達を見送った。
「私達も家に帰ろうかな」
「そうだな。もうそろそろ夕方だし」
「美桜さんは私が送っていくわ」
私達はテッサの家を後にした。そして、途中でロロと別れことになった。ブレソールの出口に差し掛かった時、ルイーズが年配の男性に呼び止められる。彼女は男性に見覚えがあるのか、軽く会釈する。
「何か用ですか?」
「ルイーズさんに至急頼みたい事が合って」
「少ししたら戻ってくるので、それまで待っていただけませんか?」
「急用なんです」
男性は慌てた様子でそう口にする。私は辺りを見渡す。
ちょうど城下町の入口の目と鼻の先で、人通りも多い。
今まで狙われたのは人の少ない場所にいたときだ。だから、この場所で何かされることもないだろう。
「私はここで待っているよ。行って来たら」
「ごめんね。すぐに戻ってくる」
私は頷くとルイーズを待つことにした。その時、女の子が泣きながらこっちに歩いてきた。
その子の足が私の傍で止まる。
「どうしたの?」
妙な気はしたが逆に私に助けを求めているとも考えられる。だから、少女に問いかけることにした。
「友達が怪我をしたの。門の外で」
「そうなの?」
私はルイーズを探すがまだ戻ってくる気配がない。
「少し待って。友人に」
「死んじゃうかもしれない」
私の洋服が弱い力でぎゅっと握られる。
私には助けを求めている少女を振り払うことができなかった。
「分かった。行こう」
私は少女に連れられ、町の外に出て、草木の生い茂る場所まで連れて行かれた。そこで少女は足を止めた。
「友達はどこ?」
その時、背後から腕をつかまれ、地面に顔を押し付けられる。私の頬に痛みが走る。
「案外ちょろいね」
聞こえてきたのは大人と思しき女性の声だ。
「お姉ちゃんってバカだよね」
少女の蔑んだ瞳には私が映し出されている。
私を連れ出すために嘘を吐いたということなのだろうか。
「あんたが花の民だったら高く売れるだろうね。一千万テールは堅いね」
「家を買おうよ」
「まあ、それはこいつを売りとばしてからだよ。まずは眠っていてもらおうか」
魔法をかけられ、眠気が私を襲う。
だが、私を地面に押さえつけていた力が弱まり、目の前の少女も驚きを露わにして振り返る。
「あなたは誰に断ってそんなことをしているのかしら?」
そう聞いたことのない澄んだ声が響き、細長い影が私に届いた。
「誰って」
私を抑えていた女性の声が震えていた。
私の目の前に立っていた少女は踵を返し、逃げ出そうとした。だが、少女の体に四方の枠が現れる。私はその魔法を見たことがある。この世界に最初に来た時に、アランが私に使った魔法だ。
私が眠気を抑え、前を見ると、そこには長身で輝くような銀の髪をした美しい女性が強気な笑みを浮かべて立っていたのだ。
「まさか銀の魔女……?」
あの女性が呻く声が私の鼓膜を刺激した。




