久々の再会
私達はブレソールに戻ってきた。いつものように人でにぎわっている。その人とはテッサの家で待ち合わせをしているらしく、私達はテッサの家に行くことになった。だが、テッサの家が視界に届く範囲に来た時、ドアの前に顔をしかめたブノワが立っているのに気付く。その家の前には長身の男性、二人の姿があり、ブノワに詰め寄っているように見えた。私の少し前を歩いていたテッサがさっと家の前に駆け寄った。彼女はブノワと男たちの間に割って入ると、男たちを鋭い目つきで見据えた。
「何か用ですか?」
「やっとご帰宅か。あんたに話があったんだよ。家にあげてもらおうとしたらこいつが拒否して、困っていたんだ」
テッサの家の前に陣取っていた男の一人、金髪の男は舐めるような目でテッサを見る。
「ここで話を聞きます」
「家の中にあげてもらおうか。ここだと人目があるからな」
テッサは短く息を吐くと、私達を見た。
「すぐ終わるから、ここで待っていて」
「用事はエリスの護衛の辞退をしろということですか?」
ルイーズがテッサの傍に駆け寄ると腕組みをして男を睨み、そう告げた。
男の顔が明らかに引きつる。
「あなた達は誰の許可を得て、そんなことを言っているんですか?」
金髪の男の顔からテッサを見ていた時のような余裕の色が消えていた。
だが、もう一方の赤毛の男がルイーズを見て、腕を組む。
「あなたには黙っていてもらおう。大魔術師の娘といっても城で働いていないあんたにはとやかく言う権利はない。上の命令なんだよ。あなたの父よりも権力を持った方だ。あなたの父親に迷惑をかけたくないだろう」
「関係あります。テッサが無理なら、私が王女の護衛になります」
「そんなこと周りが許すわけがない。あなたは自分の価値を分かっていない」
「いいのよ。ルイーズ」
テッサがルイーズを制する。
ルイーズは言葉を飲み込んだ。テッサはルイーズの一歩前に出る。
「まだその話はどうするか決めていません。なので、結論は下せません」
「受けたらあんたの可愛い弟がどうなっても責任は取らないよ。あんたはほとんど城で寝泊まりすることになるんだから、今のように駆けつけることは困難になる」
テッサの顔がさっと青ざめる。
これは脅迫だ。私は血の気が引き、心の中がざわつく。なぜ、こんなことを言われないといけないんだろう。そんな私の前に、手が差し出される。その手を差し出した人を見て、私は驚いていた。なぜ彼がここにいるんだろう。
彼は私と目が合うと、優しく微笑んだ。
「私の友人に何をするつもりか詳しくきかせていただきたいね」
その言葉に目の前の男、二人が顔を引きつらせた。そこに立っていたのは私がオーバンおじさんの家で会った、指輪を落とした男だ。体調が戻り、家に帰ったことは聞いたが、こうして会うのはあの時以来だ。あの時は紺の白の服を着ていたが今の彼の服装は光沢のある白い服を身にまとっている。
「ジルベール様、なぜあなたがここにいらっしゃるんですか」
ジルベールというのはさっきルイーズが言っていた名前だ。
そして、ルイーズに強気な態度を取っていた赤毛の男が明らかに及び腰になる。
「久しぶりにこの街に戻ってきたんだよ。十年振りになるかな。今日はお城に用事があって、その前に友人に挨拶をしにきたんだ。私はこの隣に滞在予定になっているんだよ」
彼が指差したのは、テッサの家の隣にある民家だ。がらんとしていて人気はない。
空き家になっているのだろうか。
その時、私の体に影がかかる。私の前に立ったのはロロだ。
「用事と言いますと?」
赤毛の男が探りを入れるかのように問いかけた。
「もう一度この城で雇ってほしいと言いに来たんだよ。下級魔術師としてね」
男二人が今までよりも明らかに顔を引きつらせた。金髪の男が彼を睨むと拳を握る。
「国を去ったあなたが今更何の用です。この国に居場所があるだけでも感謝をすべきなのに」
「そうだね。迷惑をかけた人には申し訳ないと思っているよ。ただ、それと私の友人に何かをすべきことは無関係だし、私の友人に手を出すというなら、それなりの対処をさせてもらうよ。君達のしていることはこの国では罪になる可能性がある。ジドールとパトリスの息子だね。君らの親のことは良く知っている」
彼の言葉は穏やかな中にも威圧感がある。
男二人は何かを感じ取ったのか、血の気が引いていく。
「失礼します」
赤毛の髪の男が促し、二人は足早にそこを立ち去った。
「ジルベールさん」
そう言ったルイーズの声をより大きな声がかき消した。
「テッサさん、怪我はありませんか?」
私の脇を長身の男性が駆け抜けていき、テッサに歩み寄る。テッサが驚いたように目を見張る。
始めて見るはずなのにどこかで見たことがある気がする。ものすごい美形で、金髪碧眼で。背丈の高い人。だが、彼を見たことがあるかといえば、どこで見たのかさっぱり分からない。
「大丈夫。彼らもここで何かするほどばかじゃないわよ」
ルイーズがこちらに来ると、深々と頭を下げる。
「助かりました。ありがとうございます」
「いや、こっちもよかったよ。少し早いかとも思ったんだけどね」
テッサさんとその金髪の人は家の中に入っていく。
「とりあえず中に入りましょうか」
私はルイーズに促され、テッサの家に入ることになった。
幾度となく食事をした部屋に通され、私はルイーズの隣に座る。ブノワやテッサ、金髪の人の姿はそこにはない。
「クロードはよくさっき飛び出さなかったね。少しは成長したのかな」
「ジルベール様に止められていたからね。あいつも誰が出ていけば話が丸く収まるかくらいわかるだろう」
笑顔を浮かべたルイーズの言葉に、ロロは苦笑いを浮かべていた。
金髪の男の人の話だろうか。
「あの人って誰?」
「クロードというより、ニコラの弟と言ったほうが分かりやすいかな」
「ニコラさんの弟?」
言われてみると確かに似ている。兄に劣らず、弟も相当の美形だ。
「ラウールと同じ年で、魔法が使えるの」
その時、クロードとテッサが一緒に入ってくる。彼はカップを並べていき、テッサがお茶を注ぐ。
二人共美男美女だからだろうか。ものすごく絵になっている気がする。
彼は私の前にカップを置いた時、お礼を言う。
だが、彼は私からさっと目を逸らす。
何か失礼なことを言ってしまったんだろうか。
「こいつはものすごく人見知りをするんだよ。だから、親しくなるまではこんな感じなんだ。あまり気にしなくていいよ」
ブノワさんと同じなのか。
その時、ジルベールさんが私に話しかけてきた。
「あの時のことはありがとうございました」
「お元気そうでよかったです。ジルベールさんはお城で働いていたんですか?」
彼は頷く。
「私はお城で働いていて、元大魔術師という役職に就いていました。しかし、王妃との関係があまり芳しくなく、職を辞して妻の故郷に戻ることになりました」
ルイーズのお父さんと同じ役職だ。複数人がその役職に就けるのか、一人だけなのか分からない。ただ、あの二人の怯え方からすると、かなり特別な役職なのだろう。
「もうここにも足を踏み入れることはないと思っていましたが、あなた達に助けてもらってからよく考えていたんです。一度失いかけた命をどう使えばいいのか、と。ロロさんやルイーズさんの話を聞き、この国の未来のために使いたいと決意を固めました」
「この国の未来?」
あまりに抽象的な言葉に首を傾げると、彼は目を細めて笑う。
「この国の王子の力になりたいと思っています」
その真剣な目を見たからか、ラウールのことが出てきたからか分からない。ただ、今とは違う何かが起ころうとしていると感じ取った。
「エリス王女のほうが王位に近いことも分かっているし、彼女も慈しむ存在です。ただ、彼はそれ以上の、この国に残された唯一の希望だと私は思っています」
治安が良いかは分からないが、唯一という言葉に私は戸惑う。
それは私がこの国のことをあまり知らないからだろうか。
ルイーズやロロは何も言わずに暗い表情を浮かべていた。
その時、ドアの開く音がした。テッサが立ち上がり、部屋を出ていった。




