父の面影
私の脳裏に思い浮かんだのはラウールの持っていた短剣だ。あの剣で十万。ということは作ってもらうとそれなりの金がかかるかもしれない。食べるのに困らないとはいえ、借金生活はさすがに困る。
「わたしはそんな大金を持っていないので無理です」
できるだけ失礼のなさそうな言葉を綴る。
彼は呆れたように笑う。
「お前、俺が大金を吹っ掛けるとでも思っているのか?」
「吹っかけなくても、高いんですよね」
「売れば高いが、そもそも俺はお金は取らない。武器が高いというのは数を作らないうえに、転売するから高いんだろう」
「でも、生活費とかどうしているんですか?」
「適当に物の修理でもして食べているよ」
彼が指差したのは部屋の隅にある時計だ。こうしたものを修理しているということなのだろうか。
彼は本当のことを言っているんだろうか。いまいちピンとこない。
「どうしてお金を取らないんですか?」
「商売にしてしまうと、お金に糸目を付けずに作ってくれという輩が湧いてくるからだよ。お前の武器は恐らく俺にしか作れないから作ってやる。礼は必要ないと言いたいが、それでも気になると言うのなら、花の国に戻った時にラルムという花を持ってきてくれ。それが代金で構わない」
その花がどんな花か分からず、アリアを見る。彼女は首を縦に振る。
構わないということなのだろう。
花の国に戻った時、か。
すべてがあいまいでぼやけていて、よく分からない。
広い海の中で小さな石を探しているような感覚だ。
「すごく貴重な花なんですか?」
「この辺りではそうだな。花の国に行けばいくらでも生えているよ」
「分かりました。でも、届けられなかったら」
「それならそれで構わない。言っただろう。俺はお金は取らないと」
彼の言葉や言い方はきついのに、怖いと思わないのは何でだろう。
目が優しいからだと気付いた。
「お前、いくつだ?」
「十六歳です」
「もうそんなになるのか。実はな、もう一つ理由がある。俺はお前の父親と友人だったんだ。彼と昔、約束をしたんだよ。そいつの子供が困っていたら力になる、とね」
「友人?」
予期せぬ言葉だった。
私にとってお父さんというのは実体のないぼんやりとした存在だ。その顔もどんな人だったのかも大雑把にしか分からない。どんな性格をしていて、どんなものが好きで、お母さんとどうやって知り合って、二人は恋に落ちたのか。わたしは何も知らない。そして、彼が今どうしているのかも。
「お前は父親に良く似ているよ。その髪に目の色。そして、その妙な雰囲気。一目でわかった」
「そう、なんですか?」
彼は私の気持ちを悟ったかのようにそう告げる。
私は自分の髪に触れる。写真で見る私のお母さんは黒髪で、なんとなくお父さんは茶色っぽい色だったのではないかという気がしていた。だが、やっぱりまだ見ぬ父親のイメージがはっきりしない。
「お母さんにも会ったことがありますか?」
「あるよ」
その時、家の外で足音がした。
「世間話であいつらを待たせるのも悪い。今から二十日後に渡す。何か聞きたいことがあるなら、その時に教えるよ。来る時は、そいつに転移魔法を使って送ってもらえばいい。こいつはこの国の中でも自由に行き来できるから、この家に直接来たら危険な目に遭うことはないだろう」
「さっきから、そいつやこいつって失礼だと思わないの?」
「思わない」
アリアの不満そうな顔に彼はそう即答する。
「分かりました。ありがとうございます」
「くれぐれも人前で使うなよ。気をつけろ」
「私、コントロールできなくて。出てきたり出てこなかったりして」
自信のなさが、声を徐々に小さくなっていく。
「この世界に来て、数か月だから仕方ないだろうし、直接教えられる人間がいないから仕方ないと思うが。そのうち分かって来るとは思うよ」
「ノエルさんは他の人には言わないほうがいいと思いますか?」
「言わないほうがいいよ。危険な目にわざわざ合わせる必要もない。ただ、それでも巻き込まれそうな奴らがいたら言ったほうがいいかもしれない。知っているということで命が救われることもある」
私が決めろということなのだろう。重大な決心をするには、今の私の考え自体がまとまっていないのだ。
家を出ようとした私に彼は薄手の上着を手渡した。
「本当は服を貸してやれればいいが、ここには生憎女物の服はないからな。これで隠しておけ」
私が自分の服を見ると、血がべったりとついている。確かにこれだと目立つ。
「今度返します」
彼が頷くのを確認して、家の外に出るとテッサとルイーズの姿があった。
「今から買いに行く?」
「作ってくれるらしい」
私が家を指差すと、二人は目を見張る。
「剣はいつできる?」
「二十日後だそうです」
「その時は一緒に来よう」
アリアに送ってもらってもよかったが、ルイーズがそう言ってくれたため、彼女の言葉に頷いた。
ルイーズとテッサは私を国内に案内してくれた。始めて見る果物があったりと不思議な感じだ。
だが、人の視線を感じ、振り向くと見たことのない赤毛の女の人と目が合う。彼女は我に返ったように私から目を逸らす。あの時のことを見られたのだろうか。だが、女性は踵を返し立ち去っていき、ホッとする。
帰りがけにあのお店によると、あのおじさんがお店の戻ってきていた。彼は私達が入ってきたのを確認したのか立ち上がると手招きした。
「よく来てくれたね。何かお店の売り物でほしいものがあったら言ってくれ」
ルイーズはその申し出に困ったのか、苦笑いを浮かべていた。
「当たり前のことをしただけなので、本当に気にしないでください」
「折角の気持ちだから、貰ってくれたほうがこっちもありがたいよ」
ルイーズはいらないといい、男性はお礼だからとお互いに引かない。
このままだとどちらかが退かない限り押し問答が続きそうだ。
その時、私の鼻に香ばしい匂いが届く。どうやらその匂いは店の奥から届いてくるようだ。
店の奥から器を持った少年が顔を覗かせた。ナタンと呼ばれていた少年だ。
「あれって何ですか? 良い匂い」
「グンダルをふかしたものだよ。食べていくかい?」
「はい。だったら、それがお礼でいいですか?」
「もっとちゃんとお礼をしたいんだけど」
だが、男性も結局ルイーズに折れたようだった。ナタンに頼み、三人分のグンダルというものをもってこさせた。
「というか、これのほうが喜ぶんじゃない?」
ナタンは一度店の奥に引っ込むと何か茶褐色の塊を取り出した。
グンダルを持っていたルイーズの動きが止まる。
テッサがルイーズからグンダルを奪うと、それを待っていたかのようにルイーズが手を伸ばした。
「綺麗。それにかなり上等のものですね」
「そうか。お嬢ちゃんはこういうのが好きそうだね。よかったらもらっておくれ」
「でも、お礼は食べ物をもらいましたので、お返しします」
「さっきは私が折れたんだ。次はお嬢ちゃんが折れる番だよ」
そう男性はにこやかに笑う。
「ありがとうございます」
ルイーズはその鉱石をバッグの中に納めていた。
私達は男性に挨拶をすると、お店を後にした。
そして、テッサとさっき座っていた噴水の近くに腰を下ろすとグンダルを食べることにした。
口に含むと、サツマイモのようなほくほくとした食感がある。だが、味は甘くしっとりとしている。
私達はそれをあっというまに平らげる。
「七日後にテッサの剣を取りに来るから、きたかったら声をかけてね」
私はルイーズの言葉に頷いた。
「美桜さんに会いたいという人がいるのだけど、少し時間ある?」
「大丈夫ですよ。でも、誰が?」
「ジルベールといっても分からないかな。美桜さんも面識はあると思うし、身元ははっきりしているから大丈夫よ」
私の記憶に思い当たる名前はなかった。忘れているのだろうか。
ノエルさんの言葉が気になったが、ルイーズたちも一緒なので大丈夫だろう。
私は帰りがけにブレソールに寄ることになった。




