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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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花の国について知る男性

 さっきまで見通しのよい場所だったのに、こんなに早くきりが発生するものなのだろうか。

 近くにいるはずのルイーズも良く見えない。

 だが、霧の中に大きな人型の影がうかびあがる。私よりも頭一つ分は高い。

 さっきの人の仲間かもしれない。私は腕の中にいる鳥を抱き寄せた。


「そのバカを奥にある家に連れて行け」

「奥って、その声は」

「話は後だ」


 聞こえてきたのは見知らぬ男性と思しき声と、ルイーズとの会話だ。私は不安になりながら、鳥をさっきの男の仲間に奪われないようにしてより強く抱き寄せた。


 その時、私前に白い手が飛び出してきて、手をつかんだ。つかんだのはルイーズだ。


「行きましょう。事情は後で話をする」


 バカってもしかして私のことなんだろうか。

 ただ、状況的にそんなことを聞いている余裕がないということは分かり、私は返事をするまもなくルイーズに手を引かれそこから立ち去ることになった。


 私達はさっき来た道と逆方向に走っていく。といっても前が見えないので感覚的に逆方向を走っている気がしたのだ。


「この霧はルイーズが出したの?」

「そうよ」


 そして、足場が悪くなる。湿った土に加え、植物の匂いすぐ傍まで届き、森の中に入ったのは分かった。森と自分で考えてアリアとの約束を思い出す。ここが彼女の行っていた森かもしれない。だが、このタイミングで行くのを拒むことができない。


 歩くにつれ、徐々に霧が薄くなってくる。もうルイーズの金色の髪をうかがい知れるようになっていた。


「そろそろ解いても大丈夫ね」


 ルイーズは私の手を離すと、呪文を詠唱する。そして、この辺りに漂っていた霧の残骸がすっと消える。


 辺りは私の予想通り、うっそうとした森が広がっている。だが、それでも足場が見えない状態で転ばなかったのは、人が歩きやすいように道が作ってあったためだ。その森を抜けていくと、一軒の家の前に到着した。かなり大きな家でルイーズの家と同じくらいだろうか。


 ルイーズは鍵穴に鍵を差し込んだ。


「中で待っておこう。すぐに来ると思う」

「あの男の人は知り合いなの?」


 ルイーズは頷く。


「ノエルさん、ラウールの件をつくった人よ」


 彼女は玄関のすぐ隣にある扉を開け、私を招き入れた。

 そこはテーブルとイスだけがあるシンプルな部屋だ。


「ここまで来たらもう大丈夫だよ。誰か来ても私が出るから心配しないで」


 彼女はそう言うと、椅子に腰かける。

 私は彼女には何も話をしていない。だが、彼女は何かに気付いているのだ。彼女が霧を出したのも、私が植物を伸ばしたのを他の人に見られないためだろうか。


 言いかけて躊躇することを三度程繰り返した時、ルイーズが髪の毛をかきあげた。


「私はね、美桜さんのこと友達だと思っているよ」


 突然聞こえてきたセリフに戸惑い、彼女を見る。


「すごく悩んでいるという顔をしているよ」


 その言葉に自分の頬を抑える。


 彼女は目を細める。


「無理に何かを聞こうとは思わない。みんな抱えているものがあって、人と共有することで、苦しい気持ちが楽になることもあるとは思う。でも、悩みによっては人には気軽に言えないものもある。そういうことを何でも言わないと友達じゃないとは思わない。だから、無理に言わなくていいの」


 彼女はそこで息を吐く。


「一人でできることは意外と多い。ただ、他の人に力を借りたほうがものごとがスムーズに進むこともあると思う。だから、困った時はいつでも相談してね。困った時だけ相談するなんて非常識と言う人もいるけど、私はそうは思わない。美桜さんが何かを一人では背負い込んでしまって、それが私が力になれることだったら、すごく悲しい。きっとロロやラウールもそう思っていると思うよ」


 まるで私の心を読んだかのようにすっとそう口にする。

 思いがけない言葉に、目元が熱くなる。

 彼女はそうあどけない笑みを浮かべていた。


「ロロかラウールから何か聞いた?」


 彼女は首を横に振る。


「何も聞いてないよ。二人は人のうわさ話を流すのは好きではないから言わないと思う。ただ、今まで私が見聞きしたことで、なんとなく分かった気がする。間違っている可能性もあると思うけどね」


 その時、私の腕の中にいた鳥がむずむずと動き始める。

 さっき怪我をしていたはずなのにその怪我が見当たらない。私の洋服には鳥の血がついていいるので勘違いということもないだろう。

 自力で治してしまったんだろうか。それともこの鳥に聞く魔法があるのだろうか。


「この鳥は、自然治癒力がものすごく高いのよ」


 その鳥は私の腕を離れ、部屋の中を飛ぶ。そして、テーブルの上に座ってしまった。


 ルイーズが窓の外に視線を送る。


「ノエルさんが戻ってきたみたい」


 その言葉と共に、ドアが開く音がした。そして、 体つきのがっしりとした黒髪に黒い瞳の男性が入ってくる。私より大きくかなり体格がいい。見た目の年齢は三十から四十といったところだろうか。彼は私を睨むと、ルイーズに視線を送る。


「悪いが、席を外してくれ」

「分かった。友人がもう一人いるの。彼女をこの家の前まで連れてきて構わない?」

「テッサか。構わない。話が終わったら、こいつを外に出すよ。あと、大丈夫だと思うが、周りには用心しておけ」


 ルイーズは頷くと、家を出ていった。

 彼はすぐに私を睨む。


「お前は公衆の面前で何であんなことをしたんだ」

「あんなことって」

「お前が父親から受け継いだであろう力だよ。その小さいのから聞かなかったのか? お前も出てこい」


 彼は私のバッグにそう強い口調で語りかけた。彼は私の出生だけではなく、アリアがここにいることにも気付いている。

 アリアが目の前に姿を現す。

 アリアは顔を背け、頬を膨らませている。

 彼女は彼に会いたくなかったのだろう。


「やっぱり人前で使ったらまずかったんですか?」

「そりゃまずいだろう。花の国の民はもうほとんど生き残っていないんだ。その生き残りがいるとしれば血相を変えて、その存在を手中におさめようとする奴らが次々にわいてくる。お前がそいつらに連れ去られたいなら別だがな」


 アリアからそれっぽいことは聞かされていた。だが、実際にそう言われると胸の奥が傷む。


「じゃあ、さっきは」

「あれは実際に見たのはほんの数人だ。口止めしておいたから、大丈夫だと思うが、どこで話が漏れるかは分からない。だから、覚悟しておけ」


 私がおどおどしながら彼を見ると、彼は短く息を吐く。


「何も知らないって顔をしているな。お前はこいつから何を聞いた?」

「私のお母さんがこの世界に来て、私を身籠った事と、お父さんのことを少し。あと、花の国を復興するために、私をここに呼んだと」


 彼は黒髪をかきあげる。


「間違ってはいないがあまりに大雑把すぎるな」

「だって、順を追って離さないといけないと思ったの。ただ、何から言えばいいのか分からなくて」

「それはお前に任せるよ。お前も完全に状況が分かっているわけはないだろうしな」


 その時、テーブルにいた鳥がノエルの腕をつつく。

 だが、意外にいたくないのか、ノエルはその鳥の頭を撫でる。


「まあ、こいつを助けてくれてありがとうと礼は言っておくよ。難しいところだよな。ルーナにいるだけだと、その力は使いこなせない、か。仕方ないから、あいつには伝えておくよ」


 アリアは顔を引きつらせて頷いた。

 あいつって誰なんだろう。

 それに彼の言葉の意味が良く分からなかったのだ。


 その私の疑問を打ち消すかのような声が響く。


「今日はここに何をしにきたんだ。テッサの付き添いか? 観光か?」

「武器を探しに来たんです」

「武器?」

「私、ブレソールで誘拐されかかったり、ポワドンで殺されかけたりして、自分の身を守る方法がほしかったんです」


 彼はその言葉に眉根を寄せる。私はここに来てからの出来事を大雑把にだが彼に伝えていった。全てを離し終えた私を見て、彼は長い溜息をついた。


「気持ちは分からなくもないが。武器は買えたのか?」


 私は首を横に振る。


「それなら、俺が作ってやるよ」


 彼は呆れたように笑うと、そう言い放った。


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