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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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本当の目的

「さっきの話の続きだけどね、ノエルさんの作ったものには命が宿ると言われているの。従来持っている以上の強度を持つと。さっきの木の置物も全く傷がついていなかったのは分かった?」

「そういえばそうかもしれない」


 思い出してみても、傷らしい傷はなかったように思う。それに誰も、その品物を気遣う様子はなかった。それは無事だと分かっていたからだろうか。


「本人に言うと、そんなことがあるわけがないと笑っているけどね。ノエルさんは無意識のうちに最大限に素材のよさを引き出せるのかもしれない」


 それはルイーズやエリックが作ったものを見た時にすごいと思った。だが、それらとは違う何かがその品物にはあったのだ。

 ノエルという人がどんな人なのか想像つかない。ドワーフは人間と比較すると、どちらかといえば小柄に感じる人が多い。なので小柄な感じなんだろうか。


「この国にはいろいろ価値のあるものが眠っているの。だから、そういう泥棒も出やすくてね。ただ、人の出入りを制限すると、商売のほうも問題が出るから難しいみたい。だから、ああやって警察もかなりの数配備されているよ。その分、治安は良いと思うけどね」


 リリーが言っていたのはそういうのに巻き込まれる可能性も含んでいたのだろうか。

 だったら納得いく。さっきもルイーズがいなかったらどうなっていたんだろう。

 眠らせて、人質を取ろうとしたかもしれないし、近くにいた私も危なかったと思う。


「他にも狙われやすそうなものってあるの?」

「たくさんあるよ。例えばあの像」


 ルイーズは街の入り口付近にある像を指差した。鳥を模したものだろうか。

 黒い褐色の石だ。


「この国の建国時からある像でね、その鉱物が殆ど取れなくて、希少になっているらしい」


 彼女が次に指差したのは、広場の中央にある噴水だ。近くによると噴水の周りにある花壇に動物の姿がある。猫のようなとがった耳に、長いしっぽのある動物だ。


「これなんかもかなり高値で取引されるんじゃないかな。もうなくなった人が作ったものなんだけどね」

「いろいろあるんだね」


 ルイーズは私の言葉に頷いた。


「もっともあの品物をノエル自身は盗まれたとしても気にしないんだろうけど」


 私達は噴水を離れ、近くのベンチに腰かける。


「ルイーズは会った事あるんだよね。どんな人なの」

「少し変わったおじさん、いや、おじいさんなのかな? 百歳越えているんだけど、見た目は私のお父さんより若いから表現が難しい。言葉はきついけど、優しい人だと思うよ」


 その時、私とルイーズの体に影がかる。あの鳥が私達の頭の上を円を描くようにして飛んでいたのだ。その鳥に周囲の視線が集まる。ルイーズもその鳥を見て、目を細めていた。


「この辺りまで来るのは珍しい。ここまで近くで見たのは初めてかもしれない」

「あまり人を怖がらないんだね」

「ここまで来るってことは、そうみたいだね。この国で一番価値があるのは、この鳥だろうね。どれくらいお金を出してもほしいと思う者もいるはず。ただ、捕まえようとするものはほとんどいないけどね」


 そう言ったルイーズの目が右手に逸れる。彼女の視線の先にいたのは、ノエルの置物を盗もうとした男性だ。その周りには人だかりができ、一種の見世物状態になっている。メモを取っている人がいるので、どうやら事情を聞かれているようだ。


「あの人って重い罪になるの?」

「この国で一晩過ごした後、私達の国に送り返されて、処分は各々の国のほうに任せると思う。この国には入れなくなるけどね。こっちの国で裁判にかけられて、あとは所定の期間牢屋送りだと思う」

「この国で牢には入らないんだ」

「極力トラブルを避けるためにだと思う」


「あれって綺麗だけど、やっぱりすごく高価な値がつくの? 何であんな人の多い状態で盗もうとしたんだろう。本当に盗むならもっと人が減ってからにするよね。普通」

「木材自体はよくあるものだし、二、三万テールくらいじゃないかな。それなりに高価だけど、もっと簡単に盗める高いものもあると思う」


 その時、あの私達の頭の上を飛んでいた鳥が奥にある森の方に飛んで行った。ルイーズはその鳥をじっと目で追っていた。


「陽動の可能性もあるのかな」

「目を引きつけて、もっと高価なものを盗むためにってこと?」


 ルイーズは頷く。


「ノエルさんの作ったものを盗もうとしただけでこういう状態になるんだもの。人を惹きつけるのは都合がいいよね」

「でも、何を」

「それよりはるかに価値のあるもの」


 彼女の目は鳥の消えた森を見つめている。

 彼女はあの鳥を盗もうとしたと考えているのだろうか。

 突拍子もない話のように思えた。だが、彼女のお父さんがかなり国で偉い立場にいるのと、ラウールから何か聞いているのかもしれない。


「まだ時間があるし、辺りを探してみよう」


 ただ、泥棒がいるとなったら、私達で抑えることはできるんだろうか。

 ルイーズの魔法があるから、大丈夫かもしれないけれど。

 ルイーズは私の言葉に驚いていたようだが、優しく微笑む。


「ありがとう。お父さんがここ最近、この国に妙に出入りしている特定の集団がいると言っていたの。仕入の可能性もあるけど」

「なら、尚更見てみようよ」

「ありがとう。山のほうに行っていい?」


 私はルイーズの言葉に頷いた。

 彼女も頷くと、歩き出した。私は彼女の後についていくことにした。

 彼女はその奥にある大きな道に入っていく。並木道のように両脇にたくさんの木々が並んでいた。その道を抜けると、石が階段のようになっており、上に繋がっているようだ。

 どれくらいあるのだろう。近くで見るとその高さに圧倒されそうになる。


「上に行きましょう」


 そう言ったルイーズの言葉をかき消すように、その木々の合間から人の足音が響いていた。

 足音の出所はすぐに分かる。少し奥にある木にあの神鳥と呼ばれる鳥が止まっていたのだ。そして、その木には足をかけている黒いシャツを着た細身の男の姿がある。男はするすると木に登り、あっという間にあの鳥の近くに寄る。


「辞めさせないと」


 だが、そう言ったルイーズは魔法を使いかけてやめる。

 彼女は土を扱う能力に長けているが、彼の位置は地面から三メートル近くはありそうだ。そこまで伸ばすのは難しいのかもしれない。


「これ、ロロからもらった眠り薬を使えないかな」


 私はバッグから取り出し、ルイーズに渡す。

 彼女がそれを男に投げようとしたときに、男が手を伸ばそうとする。だが、男の手から逃れるように、鳥は羽ばたき、宙を舞う。


 私達がホッとしたのもつかの間、その鳥に影が交差する。鳥の甲高い鳴き声が響く。その悲鳴が木々の揺れる音でかき消され、鳥の軌道がふらつく。

 鳥は羽ばたくのをやめ、その体が地面に向かって垂直に落ちる。


 私達の背後には弓矢を手にした別の体格の良い男の姿があった。彼は慌てて神鳥に駆け寄ろうとするが、鳥の落下スピードが速く、恐らく間に合わない。


「何、やっているのよ。私の魔法が効くかどうか」


 ルイーズが魔法を使い、辺りの土砂が盛り上がる。クッションのようなものだ。だが、オーガ達にリリーが魔法をかけたときのことが頭を過ぎる。無事に着地したらいいが、下手すると、そのまま地面に落下する可能性もある。


 他にも魔法で鳥を受け止めようとした人がいたのか、草が伸びるが、その草が鳥に弾かれていたのだ。

 鳥を捕まえようとした男のものなのか判別できないが、悲鳴が駆け抜ける。

 恐らくルイーズの魔法も効かない。

 何とかしなければ。


 私の心臓の鼓動が早くなり、ふっと熱を持つ。

 草の匂いが鼻先をかすめた。地面から草が生えてきて、急激な勢いでその鳥に向かって伸びていく。そして、草が鳥を包み込んだ。

 私はほっと胸をなでおろす。

 周囲から驚きの声が湧く。


 今回はうまく出てくれたんだ。

 自分の力について実感がなかったが、自覚すると自分で出した力だと分かるのが不思議だ。

 その植物が私に鳥を届けてくれた。私の手が鳥の羽に触れるという時に、ルイーズの声が聞こえた。私の回りに白い霧が発生して周囲が見えなくなっていた。


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