魔法の効かない鳥
「あれは神鳥と呼ばれているの。オーガと同じように魔法の効かない鳥で、もともとどこに住んでいるかは分からない。たまにこうして上空を飛び回っていて、ここ二十年くらいでこの国に住みついたんだって」
彼女は山のほうを指差す。
「あの山に棲みかがあるらしいという話を聞いたことがある。ここは自然が豊かで、争いのない国だから、多くの生物がすんでいるからかな」
「みんなが穏やかってこと?」
「それもあるけど、武器や金属の加工に関しては彼らは独自の技術があって、まわりの国々はお世話になっている。ラウールの武器もそうだけど、他にも作ってもらっている人はたくさんいる。質が良くて価格も安い。だから、この国に攻撃的な態度を取る者はほとんどいないと思う」
「そうなんだね」
強さだけではなく、技術で守られるということなのだろうか。
「でも、逆にここを攻めたら武器の供給をストップできたりはしないの?」
「可能性としてはあるんだろうけど、大っぴらな戦争はしばらく起こっていないから、そこまでする理由もないし、この国に武器を頼っている人に喧嘩を売ることにもなる。だから、そんなことをする人は少ないかな。この国のドワーフも、小柄な人が多いけど、力は私達よりはずっと強いし、かなり強力な魔法も使い手もいる。この国は数少ない大地の燃えた過去のない土地かな」
だから神の鳥と呼ばれる鳥が住み着いたんだろうか。
私たちは武器を見ながら、近くのお店を巡ることになった。食べ物を売っている店、洋服を売っている店、おもちゃのようなものを売っている店などその種類は多様だ。特に小物は目を見張るものがある。一つずつが繊細で、見ていると不思議な癒しを与えてくれた。エリックの作ってくれた守り神を思わせる。
「気に入った?」
私が木の置物に触れるていると、ルイーズが肩の上から私の持つ箱を覗き込んだ。
私は頷く。
「すごく綺麗ですね」
「うん。これ、作った人の名前なの」
彼女はその脇にあるプレートに触れた。
そこにはステファンと書いてある。
テッサが剣をつくってもらった人の名前だ。
「剣だけではなく、こういうのも作るんですね」
「手先が器用なのよ。質の良い手に入れやすい剣を作るからこそ、剣だけでは食べていけないというのもあるとは思う。ただ、気難しい人だと思うけど。まあ、気難しさでいえば、ノエルさんよりはマシだけどね」
ルイーズはそう言うと含みのある笑みを浮かべた。
ノエルとも知り合いなんだろうか。ラウールが知り合いなので、知っていてもおかしくはない。
その時、この店の店員らしきあごひげを蓄えた男性が何か木の筒のようなものを持って出てくると、それを店の中央にあるテーブルの上に置いた。そこにどっと人が集まる。店の品物を見ていた人もだが、店内でぶらっとしていた人までもだ。
「何?」
「ノエルさんの作った、本人の言うガラクタだと思う」
「ガラクタ?」
もうそこからは人に遮られテーブルが見えない状態になっていた。だが、気になり、人の体の隙間からテーブルを覗くと、一本の花に寄り添う鳥の置物が置いてあり、その脇にはノエルという名前と、触るのは禁止と書かれたプレートが置いてある。私の手のひらほどの大きさなのに、その葉の模様や鳥の羽の細部までしっかりと彫られている。植物の息吹が聞こえてきそうだ。
その中で人間らしき男性がその鳥に触れようとする。その手と木の置物の間に細い木の枝が差し込まれた。
それを差し込んだのは店の店主だ。彼は鋭い眼差しで男を睨む。
「触ったら困るよ。無理を言って作ってもらったんだ」
「悪い、つい」
男性はその手を引っ込める。
触ったらダメだと言われても、触りたくなった気持ちは分かる。
見た目の美しさももちろんある。だが、それには何か惹かれるものがあったのだ。
それが何かを言葉で表すのは難しい。
「置物であんなに人気ってすごいですね」
「普通の人は彼が作ったものさえなかなか見ることができないからね。武器を置くと、盗難が起きそうだし、その辺りが無難なのだろうけど。そもそも彼は不特定多数の人に武器は作らないから展示なんてできないけどね」
どんなにすごいものでも一目見たら満足なのか、そのまま店の外に出ていく人もいた。
時間の経過とともに、テーブルの周りにいた人が減っていき、残すところは一人だけになっていた。
「何でそんなにノエルという人は有名なの?」
「腕がいいのもあるけど、彼が作ったものはこういう逸話があるのよ」
その時、風の流れを感じた。さっきの男の人だろうか。ルイーズも同じものを感じたのか、その動きを止める。
店主がカウンターに手を載せ、飛び越えようとした時に、ルイーズがさっと腕を男に向かって突き出した。男の手足が土でつかまれたのだ。男の人の手からさっきの置物と球形のものが床に転がる。球形のものをルイーズの魔法で作り上げた土塊が受け取っていた。
「美桜さん、その置物を取ってくれる?」
私は言われたとおりにそれを手にする。ただ、触るのが禁止と書かれていたことが頭を過ぎり、触っていても、気が気じゃない。
「変なことはやめたほうがいいと思いますよ。持って帰りたくなるのは分かりますが」
その泥はルイーズに球形のものを届けると、男の人をつかんでいた泥も消失する。そして、店主がその男の手を後ろに回していた。
「さっき、何をしようとしたの?」
「恐らく、これを盗もうとしたんじゃないかな」
彼女が指したのはノエルの作った置物だ。
彼女は自分の持っていた球形の包みを私に見せる。
「これは恐らく睡眠薬。どこかで手に入れて、風であたりに広げようとしたんだと思う」
だから、風の気配を感じ取ったのか。
店主は男の人を引っ張り、私達のところまで来る。男の人は私達を憎らし気に睨む。
びくりと肩を震わせる私とは異なり、ルイーズは平気そうだ。
「悪いね。彼を警察に届けてくるから、ナタン、店番をしておいてくれ」
指名されたのは店の奥でガラスを拭いていた小柄な少年だ。年齢は私より年下だろうか。彼は軽い身のこなしでカウンターに座る。
「助かったよ。後でお礼をさせてくれ。お嬢ちゃんの魔法は面白いね。まるで生きているみたいだ」
「気にしないでください。私の国の人間が問題を起こそうとしたら他人事ではありせんから」
「もしかしてルイーズか?」
彼女が頷くと、男性は納得したような笑みを浮かべる。
彼女はここでも有名なんだろうか。
「そうか。あんたの魔法は変わっているという噂を聞いたことがあったが、本当だったんだな。帰りがけでもここに寄ってくれ。何かお礼をするよ」
彼はもう一度礼を言うと、男性を連れ、店を出ていった。
「魔法って」
確かに彼女の魔法は他の人とは違うと思う。
まるで土砂が生きているかのような動きをする。
「外に出てから話をしようか」
ルイーズのどことなく居心地の悪そうな笑顔を見て、周りからかなりの視線が浴びせられているのに気付いたのだ。
私とルイーズは苦笑いを浮かべると、その置物をテーブルに残し、一旦店を離れることにした。
店主を追う形で出てきたからか、少し視線を走らせれば店主と男の人の姿の姿が見えた。そこに緑色の制服を着たドワーフが寄っていき、何か話をしている。
「そんなに大した話じゃないの。魔法はイメージを具現化したものなのよね。私、小さなころから少し変わっていてね、好き勝手にいろいろ想像していたの。だから、その変わったイメージが形として現れたんじゃないかって思っている。ラウールもかなり器用に魔法を使いこなしているよね。それと同じだと思う」
イメージか。植物の意志が関わってくる分、気軽に同一視はできないだろう。だが、私は自分の持つ力に思いを馳せ、自らの手をじっと見ていた。




