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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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緑に包まれた国

 私はルイーズにルーナまで送ってもらうと城に戻る。

 今まで行ったことのない国なので楽しみに思う気持ちが強かったが、部屋に帰るとアリアが早速私の目の前に現れる。


「何でエペロームに行くのよ」


 彼女は怒っているのか腕をぴんと床に向かって伸ばし、頬を膨らませる。

 

「武器を買いに。買えるかは分からないけど」

「行くのをやめようよ」

「嫌なの?」


 私の問いかけにアリアは頷く。

 彼女がこうして拒絶反応を示すのは珍しい。

 どちらかといえば、彼女は私が他の国に行くのを歓迎しているように見えたのだ。


「でも、約束しちゃったし、行ってみたい。アリアはここに残っていてもいいよ。危ない場所なら控えるけど」


 彼女は深々とため息を吐く。


「危ない場所ではないけど、絶対に森のほうには近寄らないでね」

「分かった。森に何かあるの?」

「とりあえず嫌なの」


 よく分からなかったが、彼女が嫌がることをするのは本意でなく、森の方には近寄らないようにしようと決めた。


 夕食のときに、リリーにエペロームに行くと言うと、彼女はかなり驚いたようだ。


「結構本格的だね。エペロームで買えるなら、それが一番いいとは思う」


 リリーは食後の飲み物から目を離し、わたしをじっと見る。


「どうかしたの?」

「大丈夫だと思うけど、ルイーズやテッサさんから離れないようにね」

「そんなに危険な場所なの?」

「治安自体は悪くないと思うけど、どうしても出入りが多い場所だからね。一人にならなかったら大丈夫だよ思うよ」


 それだけ変な人も入ってきやすい場所ということなのだろう。だが、私はその言葉に含まれる別の可能性の気付き、ドキッとする。リリーの発言は私が何者かに狙われる可能性を示唆している気がしたのだ。

 私の中に流れる花の民の血。

 あの時、彼女は私が草に助けてもらったのを見ていてもおかしくない。だったらラウールも知っているのだろうか。だが、ラウールもリリーもそんな様子を全く見せなかった。


「あの国の人は自国でトラブルを起こされるのを嫌うから大丈夫だと思うよ。ノエルさんとセリア様って仲良かったよね。セリア様がいたりして」


 ローズは今まで飲んでいた飲み物から口を離すとそう口にする。

 ラウールの武器を作ってくれた人と、親しいというのは意外な気もするし、逆に納得できる気がしなくもない。ラウールとセリア様は面識があるようだったからだ。

 リリーは苦笑いを浮かべている。


「さすがにセリア様がいたりすると、話題に上りそうだけど」

「そのセリア様って数か月もこの国を開けているみたいだけど、護衛なのにいいの?」


 名前だけは幾度となく聞くのに、一度もその姿を見たことがない。彼女は私がこの国に来る少し前に国を離れて、一度も戻ってきていないらしい。


「気まぐれな人だからいいんじゃないかな。お母様も構わないと言っているし、セリア様がふらっと一年、二年くらい国を開けるのは良くあることらしいのよ。それだけアランを信頼しているってことだと思う」


 ローズはそう言うと、目を細めた。

 私の感覚だと一年や二年というのはかなり大きな時間だが、寿命が長いと時間の感覚が違うんだろうか。五百年生きるとして、五で割ると二か月から三ヶ月の間だ。やっぱり大事のような気がする。

 いまいちぴんと来なかった。



 翌日、私はルイーズに迎えに来てもらい、ブレソールの前でテッサと合流し、エペロームに到着する。武器が売っている、人の多い町ということで、どちらかといえばクラージュのような平地をイメージしていた。だが、私の目の前に広がるのは広大な森だ。森が少し切り開かれ、森の間に家々が並び、この町自体が森の一部のように見える。


 アリアはこの町自体に入るなと言っているのか、もっと奥深い場所に入るなと言っているのかどっちなんだろう。前者であった場合ここまで来て入らないという選択肢は選べないので、アリアには心の中で謝っておく。気候は涼しく、少し肌寒い感はある。だが、ルーナと同じくらい空気の澄んだ場所だ。


 私たちが街の中に入ると、中にはぽつぽつといろいろな種族の姿があった。人間と思しき人、しっぽのある人、肌が緑色の人、妖精のような人など具体例をあげればきりがない。建物自体は木造建築のものもあれば、何か金属らしきもので作られた家もあったり、石造りのものあったりと様々だ。


「まずはステファンのところに行こう」

「一人で行くから大丈夫だよ」


 ルイーズの誘いにテッサはそう返すが、私達はまずはその人の家に行くことにした。

 ノエル程ではないにせよ、この国では有名な鍛冶屋だそうだ。

 私達は街の右手にある細い道に入っていく。その細い道の脇には木々が立ち並んでいて、その奥には一件の大きな民家がある。そこに看板がかかっているが、文字が消えかかっていて、はっきり読む事ができない。


 テッサがノックをすると、ウエーブのかかった赤毛の女性が顔を覗かせた。彼女は茶色の目で私たちをちらりと見る。


「テッサさん、いらっしゃい」

「今日は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。ラウールさんから話は聞いています」


「少ししたらこっちに来るよ。それまでは美桜さんと辺りをうろついているね」


 二人のやり取りを見て、ルイーズはそう告げた。

 私とルイーズはテッサと別れると町の方に戻ることにした。


 街では、露店のように武器を並べているお店もあれば、普通の民家もある。あのステファンという人の家もお店というよりは普通の家みたいだ。この国に住んでいるからといって全員が全員、こうした鍛冶に携わっているわけではないだろうけれど。


「とりあえずお店でも覗こうか。武器もあるし、工芸品なんかも豊富にあるんだよ」


 私はルイーズの言葉に頷いた。


 その時、目と鼻の先にあるお店に、多くの剣や槍が並んでいるのに気付く。いくらくらいなんだろう。ルイーズはそう思ったわたしの気持ちに気付いたのか、彼女はお店の中に案内してくれた。

 中に入ると、私と同じくらいの身長の男性が出迎えてくれた。黒い目に白い髪をしているが、年齢自体は三十や四十くらいに見える。


 ただ、この世界の人は寿命がばらばらなので、見た目年齢が実年齢に合致する場合も少ないのだけれども。


 彼は「ゆっくり」と言うとカウンターの奥に入っていく。


 そこには様々な種類の剣が並んでいて、昨日の二千テールの剣と似たような剣を見付けた。同じものかは分からないが、千五百テールとなっている。ただ、実際に手に触れると、昨日の剣とは別物だと気付く。柄の部分が持ちやすく手にフィットする感じだ。見た目はほとんど同じなのに、何が違うんだろう。


「綺麗な剣だね」


 ルイーズは私の持っている剣を見て微笑んだ。


 ただ、どれを選んでいいのか分からなかったため、一通り品物を確認した後、ルイーズと店の外に出ることにした。


「テッサさんの言った通り、結構安いんですね。どれがどのくらいの質かというのは良く分からないけれど」

「本格的にはテッサが戻ってきて選ぶといいよ。良さそうな品があったら教えてね。テッサが言うのはだいたい三割から半額ぐらいで同じ品質の品が買えるらしい。もちろん、人間が作ったものはそういう理屈には当てはまらないけどね」


 その時、私とルイーズの体に大きな影がかかる。

 何気なく顔をあげると、わたし達の上に大きな鳥が羽ばたいていたのだ。

 その羽の色は一見白に見えるが、不思議なきらめきがあり、まるで銀色のようにも見える。


「綺麗」


 そう声を漏らした私を見て、ルイーズは微笑んだ。


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