身を護る方法
私は目の前にある草に手を伸ばして触ってみる。次に顔の前で手を組み、念じてみたが、何も変化は起こらない。
「何やってるの?」
アリアが呆れ顔で目の前に現れた。
「アリアのいったことが信じられなくて、本当にそうなのかな、と」
「草の話?」
私は察しの良い彼女の言葉に頷いた。
「いろいろ無自覚なのは分かっているけれど、その辺りから実感がないと困ったものね。それにそんなことをしても草は反応してくれないよ。だって、想像してみればいいよ。例えば美桜が草の立場なら、自分の目の前で伸びろと思っている人間に反応する?」
私は首を横に振る。
「嫌かも」
「そういうこと」
「でも」
「そういうことなのよ。私は嘘はつかないし、あの時あなたを守った草木もあなたに反応して身を挺してまもってくれたのは事実なの」
私が花の国の民だと知って、七日程。アリアは少しだけ私に教えてくれた。
まず最初にされたのは、異様な行動をする草木の話だ。それを目に見て実感したのはオーガの斧やこん棒、体にまきついた草木だ。その草木は誰かの魔法ではなく、私に反応して伸びたものらしい。私が自分を守るために伸ばしたのかと言えば、それは若干違う。
花の国は植物の生まれた場所だ。そこに生まれ育った民は植物と深い関係にある。だからこそ、私を護るために草木が反応して、ああやってオーガから身を挺して守ってくれたのだと言う。ただ、それがいまいち実感できずに、草に触れ、伸びるのではないかと思い立ったのがついさっき。もちろんアリアに一蹴された。
まったく実感がなかったが、テッサの家が襲われた時、私はラウールと犯人を捕まえようとした。そのときに犯人が転んだのも、その一つらしい。
「リリーの蔦とは違うの?」
「あれは魔法で作った草だから全く別物よ。あなたが関わるのは本当の草。だからあなたの意志以上に植物の意志が働くの。ただ、あなたのお父さんは草と一体化していたというか、草を自在に操れたんだけどね。もちろん、そこには植物との信頼関係があってこそ」
「難しいね」
「あなたが難しく考えているだけで、実際は簡単よ」
蘇らせるという言葉の意味を聞いたりもしたが、彼女は今はその時ではないと首を横に振るだけだ。
アリアが私をここに連れてきたことと、実感はなくても花の民だと分かっただけでも進歩はあったのだろうか。
「美桜、ここにいたんだ」
顔をあげると、緑のワンピースを纏ったリリーの姿がある。
慌てて私は立ちあがる。そして、周囲にはもうアリアの姿はどこにもなかった。
「森の中を散歩していたの」
「また、お店に行くのは今度にする?」
「行く」
「じゃあ、行こうか」
私はリリーに連れられて森を出た。今日は彼女とお昼から買い物に行く約束をしていたのだ。
私達がたどり着いたのは居住地の離れにある小さな小屋だ。扉は解放されているが、中には人気がない。
リリーは目配せし、私を中に案内した。中には弓矢や槍、剣などが並んでいるが、固定されすぐには触れないようになっている。店の奥から、緑色の髪をした女性が顔を覗かせた。
「お城に住む人間の娘だっけ?」
「そう。何か良さそうな武器はある?」
「お父さんにも聞いてみたけど、この辺りかな? 少々重くてもいいんだよね」
彼女は店の奥に並んでいる剣や槍などを指差した。
「私、剣なんて使ったことないよ」
「練習したらどうにかなるんじゃないかな? ラウールだって今の年で十分使いこなせているし、ニコラも子供のときからかなり扱いに長けていたよ」
いかにも才能が有りそうな彼らを私の比較の対象にするのはどうなんだろうと思いつつも、私はそこに並んでる武器を見てみる。
「触るなら、鍵を解除するよ」
彼女はその棚の脇に触れる。音がして、武器を覆っていた透明な囲いが消えた。
「手に取ってみたら?」
リリーに言われ、剣を手にする。剣は金属の塊だ。なので、ものすごく重いのかと思っていたが、まるで木刀のように軽い。ラウールが構えている姿を思いだし、見よう見まねで構えてみるが、店の奥から笑い声が聞こえてきた。
そこには白髪の男性がいて、彼が私を見て笑っていたのだ。
「それじゃだめだよ。あっという間に弾かれてしまう」
「父さん」
彼はリリーに会釈をすると、私に断り、グーを握っていた私の親指の位置と人差し指を動かし、握り直させた。さっきに比べてすっぽりと手に剣の柄が収まる。
「ただ、自衛なら短剣のほうが扱いやすいかもしれない。でも、この国の武器はあくまで魔力の補助的なものだからね」
彼は短剣を私に渡してくれた。私の掌の倍くらいの大きさの剣で、柄の部分には何か模様が彫られていた。これだとあのバッグの中にも入りそうだし、人をそんなに傷付けないで済む気がする。
「魔力ってどうやるの?」
「魔法を使うための時間稼ぎや、あとは実践したほうが早いと思うよ。あそこの武器は自由につかっていいから」
その言葉とともにおじさんがお店の奥を指差した。
「ついてきて」
私はリリーに連れられ店の奥に行く。リリーが扉を開けると、その奥は広場に繋がっている。ただ、広場といっても辺りは森に囲まれ、人の行き来ができるようには見えない。そこには武器が置いてある。リリーはその中で弓矢を選ぶ。
「妖精は魔法を使えるから、あまりこうした武器は使わないの。でも、たまに使う人もいて、美桜が来た時、弓矢を向けられていたよね。その時に、見たと思うけど」
彼女は短い呪文を詠唱すると、その弓矢の矢じりに炎が宿る。そういえば初めてこの国に来た時、それを向けられた気がする。
彼女がその弓を射ると、あっという間にその奥にある的に命中した。的の中央から黒い煙が出る。
「こんな感じ」
「リリー、弓矢を扱えるの?」
「基本的には武器は一通り学んだよ。もちろん当たれば威力は増す。ただ、オーガのように魔法がまず効かない相手には魔法を載せても無意味なの。私の場合は直接魔法を使ったほうが手っ取り早い。余程の大きな魔法を使わない限りはね」
確かに魔法だと遠方から攻撃できるが、武器だと命中させたり距離も限られたりしそうだ。
彼女が次に触れたのは剣だ。ラウールが以前使っていたように、彼女の持つ剣が炎に包まれた。ただ、炎の強さは違う気がする。リリーは私の言葉に気付いたのか、頷いていた。
「魔法を使えば、こういうことができたりもする。その典型例がラウールだよね。ただ、これはかなりの潜在的な魔力と練習が必要で、剣に魔法を載せられない妖精や人のほうが圧倒的に多い。セリア様、フェリクス様辺りはできるけど、量もあそこまで載せられるのは少ないかな。私はなんとかできるけど、このくらいしか今は載せられない。ラウールは魔法に関して異様なほど器用なのと、あの剣自体も特殊で、素材もかなり希少なの」
「魔法の才能があるらしいというのは分かるけど、やっぱり王子だからそれなりのものを持っているのかな?」
「そうでもないよ。あれを作ったのはノエルというドワーフで、自分の気に入った人にしか武器を作らないんだ。ラウールのお父さんは頼んだけど断られたと聞いたよ。別に人間でもないから、王様を立てる必要はないしね」
ノエルという名前をどこかで聞いたことがある気がした。すぐにどこで聞いたのか思い出す。
「それってアンヌが言っていた名前だよね」
「そう。かなり有名な鍛冶屋なの。美桜の場合には魔法は使わないからブレソールで探した方がいいかもしれない。一応、この世界のだけど人間向きの武器だしね」
「そうだね。今度行った時に見てみようかな」
ただ、一人で武器を選ぶのはかなり大変そうだ。洋服や雑貨を選ぶのとはわけが違う。
私が急に武器を気にするようになったのは、好戦的な考えを持ったわけではない。ポワドンに行ったときはなんとか助かったが、いざというときに自分の身を護る何かがほしいと考えたのだ。あの時はラウールとリリーが来てくれなかったら、私とロロは間違いなく殺されていた。そのことをリリーに言えば、こうしてルーナで武器を扱っているお店に連れてくれるという話になった。
自分で身を護るにはいろいろな手段がある。私のお父さんは魔法を使えたうえに、かなりの種類の草の力を借り、敵を縛るのはもちろん、眠らせたり、気絶させたり、毒を盛ったりといろいろなことができたらしい。私も同じように出来れば武器などは必要ない気もするが、どの程度植物の力を借りられるのかは未知数で、身を護れる方法を手に入れておきたかったのだ。




