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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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この世界に呼んだ理由

 タンスから取り出した洋服を身に付ける。そして、窓の外を見た。

 あの日からちょうど七日が経過していた。

 今日は後処理の手伝いと、マテオさんのお見舞いを兼ねて、ポワドンに行く日になっていたのだ。


 その間、一度ラウールがやってきて状況を説明してくれた。ポワドンでは少し前からオーガが行方をくらます事件が起きていたそうだ。日中はああして洞窟の出口にオーガが立っているが、夜になると岩でふさぎ、見張りはいなくなる。その間、オーガが勝手に国を出ていくことも少なくない。


 オーガの見張りは外からの侵入を防ぐためであり、出ていくオーガを妨げることはないらしい。だからオーガが減っても誰も気に留めなかった。その多くがあの場所、赤いオーガの私有地で殺されていたのだ。サンドラの友人のドミニクもそうだ。


 彼らの目的は自らが王になること。即ち、国家の乗っ取りだった。今まで私の行ったことのある国はトラブルはあっても国の乗っ取りを計画する人はいなかったと思う。ただ、地球の歴史を振り返れば、過去に様々な形で政権の移り変わりがあった。多くの生命体がいる限り、そうしたことは起こり得るものなのだろう。


 私の気がかりは他にもある。アリアがあの日以来姿を見せなくなったのだ。彼女と何か月も同居しているのにこうして消えられると正直どうしていいか分からなくなる。妖精の国で私が行けるところを探してみたが、彼女の姿はどこにもなかったのだ。


 当たり前のようについてきてくれた彼女がいないと心細い。なんだかんだ言っても、彼女はいつも私を助けてくれていたのだから。


 その時、私の目の前にアリアが現れる。


「久しぶり」

「どこに言っていたの」


 私は目の前の彼女を思わずわしづかみにしていた。


「怖いよ。美桜」

「ごめん。でも、探したんだよ」

「知っているよ。近くにはいたけど、姿を現さなかったの。少し時間がほしかったの。いろいろと考える時間がね」

「考える時間?」


 彼女は頷く。


「美桜に話があるの」

「何? ポワドンに行くから、長くなるなら帰ってからのほうがいいかも」

「すぐに終わる。あなたに頼みたいことがあるの。それは美桜をこの世界に呼んだのにも深く関わっている」


 今、彼女は何気に爆弾発言をした気がする。


「アリアが私を呼んだの?」

「そうよ」

「てっきりこの部屋に住んでいる気まぐれな妖精だと思っていた」

「というか、私はあなたがリリー達に見つかった時も一緒にいたのよ。鞄の中にね」


 そういえば彼女を始めて見たのは鞄の中だった気がする。


「あなたをずっと監視していたの。全てを語るべきか、元の世界に返すべきかの選択で迷っていた。ごめんなさい」


 私は眉根を寄せて彼女を見る。


「頼みたいことって何?」

「花の国の民として、花の国を蘇らせてほしいの」


 私はその話を聞いてまず無反応だった。それは意味が分からなかったためだ。ロロから再三言われ、可能性がゼロだと思っていたわけじゃない。理解して、心の中の疑問を埋めるために再び問いかける。


「私のお父さんとお母さんがそうだったの?」

「正確にはあなたの父親が花の国の民だった。あなたのお母さんはあなたがこの世界にくるずっと前に、この世界に来て、あなたのお父さんと知り合った。二人は結婚して、あなたを身籠ったの」


 私はお母さんのことを誰にも話したことはない。父親の顔を知らないことも。私のおばあちゃんが私を嫌っていた一番の理由は、大事な娘が失踪して、突然お腹に子供を宿して戻ってきたからではないかと思っていた。母親は決して父親を語ろうとせず、私が二歳の時に亡くなった。祖母はその悲しみを私にぶつけていたのだと思う。それは高校生になった今でも続いていた。


「お母さんのことも知っているの?」

「知っている」

「何で急に教えてくれたの?」

「あなたが花の民の力に目覚めているのに気付き、そろそろ言っておいたほうがいいと思ったの。あなた自身の身を護るためにも、あなたがどう決断を下すかも含めてね」


 その時、ドアがノックされる。リリーだろう。

 アリアに聞きたいことは山ほどあるが、彼女を待たせるわけにはいかない。

 ポワドンではラウール達とも待ち合わせをしているのだ。


「今すぐに聞きたい事はある?」


 今確認しておかないといけないこと。そう考えた時に真っ先に頭を過ぎった疑問をアリアに投げかける。


「どうしてあの時レジスさんを呼びに行ったの?」


 彼女は突然口に手を当てて笑い出す。私、そんなに変なことを言ったんだろうか。


「花の国の民について聞くのかと思った」

「それは後からでも聞けるし、今からポワドンに行くから、そうだったらまた別にお礼も言ったほうがいいと思ったの。今から、長話をするわけにもいかないからね」


 アリアは微笑んだ。


「違うわ。ただ、その国の問題は基本的にその国で解決するのがいいと思ったのよ。特にああやって反乱を起こした相手にはね。彼にはその力があったし、あの状況下であれば真っ先に彼らを抑えるために動いてくれると思ったからよ。また、続きは今度ね」


 彼女はそう言い残すと姿を消した。あのバッグの中に隠れたのだろうか。

 私は深呼吸をして心拍数を整えると、バッグを手に、ドアを開ける。

 そこにはリリーの姿がある。


「まだ準備できていないなら、もう少し待つよ」

「大丈夫。行こうか」


 三年。それが母親の失踪した時間だ。彼女は大学院の卒業を間近に控えた三月に急に姿を消したのだ。大学院まで通わせた娘が三年後に妊娠して帰ってきて、父親の名前を語れない子供をお腹に宿していた。そんな祖母が私を悪役にするのには時間がかからなかった。母親が死んでからは、私を不幸の元凶だと再三にわたり語って聞かせていたのだ。だが、父親がこの世界の人なら祖母に言えなくてもおかしくはない気がする。


 私たちは街の外に行き、リリーの転移魔法で移動する。

 目の前にラウール達が現れる。隣にはルイーズもいる。ルイーズが来ているのは彼女が来たがったというのもあるが、リリーの開けた穴を魔法でふさぐのを手伝うためだったりする。


「先に入っていてもよかったのに」

「何度も迎えないといけなかったら、向こうに負担がかかる。それに」


 ラウールの視線の先にはロロの姿がある。彼は地面に生えている草を触っていた。

 彼に会うのは久々だが、もう元気そうだ。

 私が一番近い場所にいたため、ロロを呼びに行く。

 彼は慌てて立ち上がると、苦笑いを浮かべていた。


「この辺はあまり来ないからつい。悪いな」

「いつも中に直行だったもんね」


 ロロに私の父親の話をしておくべきなのだろうか。だが、彼の言った会えなくなると寂しいという言葉が私を口止めした。


「どうかした?」

「何でもない」


 私は曖昧に微笑んだ。


「美桜、先に入っているね」


 そうリリーに言われ、私とロロは既にルイーズとラウールが消えた洞窟内へと急ぐ。


 洞窟を出るとマテオさんとサンドラ、そしてレジスさんまでいた。彼らと挨拶を交わし、私たちはレジスさんの家まで行くことになった。あのオーガ達は今、地下の牢に閉じ込められている。これから処分の検討がなされるそうだ。


 花の国を蘇らせるとアリアは言った。ということはその国はもう存在していないのか、規模を縮小しているのか。私には分からないことが多すぎる。それに、大それた単語に、私にそんなことができるのかという不安が胸を駆け巡る。じっと自分の手を見つめ、握りしめる。

 私に影が届き、顔をあげるとラウールが立っていた。ロロはルイーズに腕をつかまれ、少し先を歩いている。


「まだ、体調が悪い?」

「大丈夫」

「戻るなら送るよ」

「そうじゃないの。予想外のことがおきて、つい考え事をしていたの」


 口にして言うべきではなかったかもしれない。そんな言い方をしたら、何の話をしているのか聞かれてもおかしくない。だが、彼は目を細め、私の後方に視線を向ける。


「俺とお前が抱えているものは当然違うけど、俺も子供のときはそうだった。それから五年、十年経って意味が分かったことがいくつもあるよ」


 彼は笑っていたのにも関わらず、その目はどこか遠いところを見ているようで、幼い頃に幾度となく見た自分の目に似ている気がした。

 彼の目から弱い色が消える。今度は強い輝きを秘めた瞳で前方を見据えている。


「でも、それは五年や十年経って、これから理解出来ることもあるんだろうなと思う」


 彼は前を見ているからこそ、いつもそんな強い瞳をしていられるのだろうか。それは彼の性格なのか王子として生まれたからこそなのだろか。


 その時、少し前を歩いていたサンドラがこちらに駆けてくる。彼女はお辞儀をすると、にっこりと笑う。そして、私の手をつかんだ。


「私、いっぱい勉強してドミニクの跡継ぎになるの。だから、私にお花のこと教えて」

「私にできることなら、教えるよ」


 彼女は悲しさをにじませた目で精一杯の笑顔を浮かべているように見えた。

 今のラウールの瞳と彼女の目が重なって見える。


 私の行く先に何が待っているのか、アリアが何を求めているのか今ははっきりとは分からない。ロロの言っていた言葉に不安になる気持ちはある。ただ確実に言えるのは、私はアリアの願いを聞き遂げるためにここに呼ばれた。どういう決断を下すかは分からない。それが、私にしかできないことなら、戸惑う心をごまかさずにもう少しだけ前を見ようと心に誓った。



                          第三章・完


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