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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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銀の魔女の後継者

 リリー左手にはさっきのオーガよりも体が大きな青い肌のオーガが立っていた。レジスさんだ。彼がさっきのオーガを殴り飛ばしたのだろう。その背後には何人かのオーガがいる。


 リリーの傍にはロロがおり、彼女を庇うようにオーガのいた位置と彼女の間に割って入っている。若干彼らの立ち位置も後方に下がっているようだ。目の前に出来事に驚き、傍を見ると既にロロの姿はそこにはない。気付いてすぐ状況をのみ込み、リリーの傍に駆け寄ったのだろう。


 リリーはロロの背後で地面に座り込み、宙を見つめ、身動き一つしない。

 ロロは不安そうな顔でリリーを覗き込んでいた。


 地面にたたきつけられたオーガはレジスさんに即効抑えられ、他のオーガもレジスさんに加勢する。そして、ラウールの傍にも数人のオーガが駆け寄り、そのオーガを取り押さえていた。


「大丈夫ですか?」


 レジスさんはことが片付くと、リリーの傍に戻ってくる。そして、彼女を危険な目に遭わせてしまったことを詫びて、頭を下げた。

 リリーは顔を強張らせながらも、頷き、ゆっくりと立ち上がる。

 ロロとレジスさんが言葉を交わし、レジスさんはラウールのほうに歩いていく。私は状況を静観していたのに気付き、リリーに駆け寄った。彼女はまだ恐怖が抜けないのか、その顔は青ざめていた。


「大丈夫?」

「大丈夫。魔法を使った後、つい気を抜いちゃって。これじゃだめだね」


 リリーは胸に手を当てると、悲しそうに微笑んだ。


「そんなことないよ。あんなすごい魔法が使えるなんて驚いたよ」


 ロロはそう明るい笑みを浮かべている。

 彼の足の傷は完全に塞がっているのか、顔色も心なしか良くなっている。


「リリーの魔法はセリア様仕込みだからな。あの人が後継者として指名するくらいの才能は持っているんだよ」


 私たちの体に影が届き、呆れ顔のラウールが立っていた。彼はすでに剣を鞘に納めていた。


「才能はって微妙な言い方」


 リリーは頬を膨らませ、ラウールを睨む。

 彼は私の腕とロロの足を見て、眉根を寄せる。

 ロロと私は先程まで怪我を負っていた。ブレソールのときはテッサが強引に場を治めてくれたが、この状況でこれだとどうやって誤魔化せばいいか分からない。恐らくアリアが治してくれたんだろうが、確証がないので分からないで通していいのだろうか。


 ラウールとアリアが知り合いだったら、突っ込まれない気もするが、あの二人が知り合い同士とはどうも思えない。どう言いわけしようか頭の中で何度も試行錯誤する。そもそもなぜアリアは自分の存在を他の人に知られないようにしたいと思うのだろう。


「だったら納得か。あれだけの魔法を使えるんだもんな」

「そんなことないよ。わたしより強い魔法を使える人はまだ多いし、あれくらいの魔法を使うとすぐにへばってしまうもの」


 彼女はロロの言葉に、金の髪を耳にかけ、はにかんだ笑みを浮かべた。


「でも、みんな無事でよかった。書状を貰った時にはどうなるかと思ったよ。到着した時には美桜が斧で切られかかっていて、ロロも倒れているし」


 無事という言葉で私はマテオさんのことを思いだす。


「マテオさんが、奥で血を流しているの。早く助けないと」

「そうなの?」


 立ち上がろうとしたリリーをラウールが制する。


「俺が行く。お前はここで休んでいろ。ロロはレジスさんたちが手が空いたら彼らを連れてきてくれ」

「分かった」


 私がラウールを案内することになった。歩こうとしたとき、足元がふらつく。


「大丈夫?」

「大丈夫」


 心配してくれたリリーの言葉に会釈すると、私達はさっき走った道をゆっくりと歩く。ことが片付き、疲れが一気に出てしまったのだろう。さっきの記憶が鮮明に残っているからか、時折、聞こえてくる木々のざわめきに体を震わせてしまっていた。


「もう大丈夫だと思うよ。残党がいたとしても、この国のオーガが探しているだろうし、二、三体くらいならどうってことはない」


 私の気持ちに気付いたのか、彼はそう付け加える。


「そういえば、ラウールがレジスさんたちを連れてきてくれたの?」

「いや、俺たちは奥の道から入って、そのまま直行した」


 それまでレジスさんたちはどこにいたんだろう。その疑問は心の中に秘め、マテオさんのいた、オーガの遺体があるところまで彼を案内する。ラウールは辺りを一瞥して、怪訝な表情を浮かべた。その奥にいるマテオさんの傷は綺麗に塞がっているように見えた。


「かなり出血したみたいだが、傷は完全に治っているな。ここまで完璧な治療はそうそうできるものじゃない」


 私は彼の発言に心臓を鷲掴みにされたような気がした。

 彼は一度私を見たが、天を仰ぐ。


「今から戻って入れ違いになっても大変だし、レジスがここまで来るまで待つか」


 私はマテオさんの傷に触れられたくなかったため、別の話題を振ることにした。


「書状っていつ来たの?」

「ついさっきだよ。お前たちを今日は連れてくるなと記してあったんだが、ルイーズがお前たちを送ったと言っていたんだよ。だから、リリーと一緒にここまで来た」


 書状が届き、ラウールがここにきたこと、そして送ったのかをルイーズに聞くまでは分かる。だが、そこにリリーが出てくるのが良く分からなかった。


「リリーはブレソールにいたの?」

「逆。俺とルイーズがルーナにいた。さっきお前たちがいた場所の奥に外に繋がる洞窟があるんだよ。俺たちはそこから入ってきた。その洞窟の奥でオーガの少女が倒れてたのをルイーズがお前たちを送った後に気づいたんだ。ただ、彼女はブレソール内での転移魔法は使えない。ブレソールで騒ぎが起こるのを避けるために、ルーナで一時的に預かってもらえないか頼みに言ったらしい。彼女が気付くまでの間に、俺を呼びに来て、俺がルーナに行った。そして、オーガの少女が目覚めて、書状を託された」


 その話を聞き、状況をのみ込めた。


「ルイーズは?」

「その子についているよ」


 洞窟の奥ということは、あの穴を抜けてポワドンに入ろうとしたのだろうか。結果的には良かったが、ロロの不安は的中したことになる。


 私と彼の会話はそこで止まる。


「他に生きているオーガがいないか、探すか」

「ラウールは怪我が治っている理由を聞かないんだね」

「それは恐らく、テッサの家にいた時にブノワの傷を治したことに関係があるんだろう。なら、俺は聞かないよ。あいつに言われたからな」


 ラウールはそう優しく微笑む。きっと彼らには深い繋がりがあるんだろう。ロロがあっさりルイーズの次の行動を読んだみたいに。羨ましいと同時に、少し寂しさを感じていた。私にはそこまで信頼し合える友人が今までにいなかったから。目の前のラウールを始めとし、リリーやローズ、ロロなどこの世界で信頼している人は多い。だが、それは一方的な思い込みかもしれないし、そこまで深い繋がりは築けていないと思ったのだ。


「私も手伝うよ」


 私の声にかぶせるようにして、足音が聞こえた。ロロとレジスさんが現れる。レジスさんはマテオさんに気付くと、その体をひょいと持ちあげ、肩にかけた。マテオさんの体もかなり大きいのに、まるで子供の体を持ちあげるように軽々と。あのオーガを吹っ飛ばした威力を考えるとおかしくはないと分かっていても、驚いてしまう。


 彼は凄惨な状況を一瞥し、顔をしかめた。


「本当に、君達には迷惑をかけたね。まさかこうしたことが行われていると気付けなかったとは、王として失格だな」

「何が起こっていたんですか?」

「簡単に言えば、内乱だよ。もともと異変は感じていたんだが、確証がなくてね。ただ、今朝明らかに人気がなく、手紙を書き、マテオに託すだけで精一杯だった。君が来てくれたという事は無事に届いたんだね」


 彼はラウールを一瞥する。


「手紙を届けに来た少女はルーナで預かってもらっている。後で連れてきてもらうよ。名前はサンドラと言っていた。俺たちは他に生きているオーガがいないか、確認するよ」

「ルーナなら女王もいるし安心だよ。彼を他のオーガに託してすぐに戻ってくるよ」


 レジスさんはそう言い残すと、背を向けて去っていく。

 マテオさんは娘に手紙を託し、庇って重傷を負ったのだろうか。

 ロロとラウールはオーガの亡骸のある方に歩き出そうとした。その足を止め、ラウールが振り返る。


「お前はどこかで休んでいろ。喜んでみたいと思えるものでもないだろう」

「私も手伝うよ」


 ラウールやロロも好んで生存確認をしているわけではないだろう。なのに自分だけ休んでいるわけにもいかないと思ったのだ。歩こうとした私の視界が揺らぎ、その場に座り込む。その直後意識が途絶えていた。


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