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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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大地を揺らす魔法

 何かが砕け散る音とともに、冷たい感触が私の頬に触れた。予期せぬ感触に目を開けると、私の目の前に氷の壁が現れていたのだ。オーガの斧がその氷に突き刺ささり、斧が触れた部分の氷が粉砕されていた。その破片が私に届いたようだ。私に届かなかった無数の氷の破片が水に変わり、地面に落ちた。水の欠片に影が反射する。


「まずは俺が相手になる」


 聞きなれた低い声が耳に届いた時には、オーガの隣には栗色の髪をした長身の男性が立ってたのだ。彼は輝く剣をオーガの喉元に当てる。


 私には状況が呑み込めなかった。

 ここは人間が住む国じゃない。なぜ彼がここにいるんだろう。そしてどこから来たんだろう。


 彼らの後方にいるオーガが炎の塊をラウール目がけて解き放つ。ラウールは一瞬、奥を睨むと剣を引き、彼らとの距離を置く。そして、先程よりも巨大な氷の壁を出現させ、炎を消失させた。その隙に剣を突き立てられたオーガが体制を立て直し、ラウールと対峙する


「何でお前がこんなところにいるんだ」

「いろいろと事情があってね。まずはお前たちを捕まえさせてもらう」


 その言葉にオーガは不敵な笑みを浮かべる。


「殺すではなく、捕まえるか。偉く自信があるんだな。まあ、どうでもいい。お前が強いといっても所詮人間での話。俺たちに敵うとは思えない。お前たちも加勢しろ」


 そう後方のオーガに命令を下す。


「ラウール」


 私が名前を呼ぶと、彼は振り返らずに答えた。


「俺は大丈夫。ただ、今は怪我を治す余裕はないし、お前たちまでは守れないかもしれない。悪いが、ロロを連れて少し下がっていてくれ」


 オーガはラウールに斧を振り下ろす。だが、ラウールはその斧を受け止めている。

 アリアはラウールを呼びに行ったのだろうか。タイミング的にはあり得なくもないが、彼らに接点があるとは思えない。


 ただ、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 私はロロの傍に行くと、彼に触れた。彼は既に気を失っており、唇が青ざめている。どこに連れて行こう。後方を見るともうひとり意外な姿を見つけたのだ。金髪の妖精だ。

 リリーは目を閉じ、呪文の詠唱体制に入っている。以前、リリーの呪文は効かなかったはず。何か策があるのだろうか。


 私は少し離れた場所にある木陰を避難場所に決める。彼を背中に載せ、無事な方の手で、彼の体を支え、そこまで行く。ロロの足から滴り落ちた血が、私達の歩いた痕跡を地面に記す。

 木陰まで来るとロロをゆっくりと降ろし寝かせた。まずは、止血して消毒しないといけない。ただ、そのために有効な薬草を私は持っていない。ロロのバッグはあるが、開けていいのか分からない。このまま彼が死ぬことは避けないといけない。私がどうすべきか迷っていると、ロロの足元が白い光に包まれる。そして、その光が私の腕にも宿る。あっという間に痛みと、腫れが引いていた。


 ラウールはオーガと対峙しており、治せるならさっき治してくれただろう。リリーは相変わらず詠唱体制に入ったままだ。残る可能性はアリアなのだろうか。辺りを見渡すが、彼女の姿はどこにもない。


 再び衝突音が木々の間を駆け抜けた。オーガがラウールに襲い掛かり、それを剣で受け止めたのだ。他のオーガが既に二人の間を取り囲み、加勢するタイミングを狙っている。彼がどんなに強くても今の状況は圧倒的に不利だ。彼らが再び手にしていた武器を離し、再び衝突させる。どちらも一歩も引かない状態と思われた矢先、予期せぬ粉砕音が辺りを包み込んだ。ラウールと交えていたオーガの斧の刃の部分が崩れ、凹凸になっている。その様子に周りのオーガが一歩引く。斧を振り下ろしたオーガは唖然と砕かれた斧の破片を見つめている。


「お前、その剣は、まさか」

「恐らくお前の想像通りだよ。そもそも俺の剣とお前たちの武器では強度が違いすぎる」


 彼はその剣をオーガに突き立てる。


「次は素手で殴りかかるか? それとも武器を借りて俺に再び壊されるかの二択だな」


 その言葉にオーガの顔が引きつり、後退する。


「かかってこい。それか降参するか?」


 周囲を取り巻いていたオーガは炎を発生させ、ラウールに投げつけた。だが、その呪文はラウールの出した氷によりあっという間に消失する。

 強い。その言葉で言い表すのは簡単だ。だが、彼にはそんな言葉で言い表せないほどの何かがある。圧倒的に腕力では不利のはずなのに。


 オーガは刃のかけた斧を地面にたたきつけた。


「お前は他の国で暴れていいのか? こんなことがばれたら問題になる」

「暴れるか」


 ラウールはその言葉に不敵な笑みを浮かべた。


「勝手にこんなことをしていたら問題になるかもしれないが、レジスから書状が届いたんだ。自分の国で反乱がおき、暴れている奴らがいる。友人として手を貸してほしいとな。それは恐らくお前たちのことだろう?」

「書状? あの男の娘か。やっぱりどこかに隠れてやがったのか」


 オーガは険しい表情でラウールを睨む。


「降参するなら、これ以上は何もしない。さあ、どうする」

「降参? やっとの思いでここまでやったんだ。お前一人さえどうにかできればこの国を俺たちのものにできる」


 オーガは一斉に魔法を発動させた。燃え滾る業火に、槍のように鋭い氷。そして、絡みつこうとする蔦。状況的に彼が不利に決まっている。だが、彼の出した氷が炎を焼失させ、氷の矢を打ち砕く。そして、伸びてくる蔦を剣で薙ぎ払い、氷の破片が地面に落ちぬ間に、炎を発生させ、灰に変える。


 オーガたちが二度目の攻撃を仕掛けようとしたのか、腰を屈めたとき、大気の振動が鼓膜を刺激した。


「運が悪かったな。ゆっくり頭を冷やすがいい」


 強い炎を発生させると、彼らに投げつけた。オーガの視線が炎を追う。魔法が効かないといっても、魔法で起こる現象にはどうしても反応してしまうのだろろう。その隙にラウールは彼らとの距離を取った。

 青い肌のオーガがラウールが距離を置いたのに気付いたのか、追いかけようとする。だが、そのオーガ以外のオーガが叫び声とともに消えたのだ。


 先程まで平坦だった林の中に複数の窪みが出現している。そこからオーガの声の怒号が木霊する。


「一体外したか」


 ラウールは剣を片手に後方を見やる。


「ごめん。場所を追いきれていなかった」


 リリーは息を荒げ、ラウールを見やる。

 リリーがもう一度詠唱体制に入ろうとする。


「もう使わなくていい。やっぱりその魔法は派手過ぎたな。あまり壊してしまうと、レジスへもさすがに怒りそうだから、あとは俺がどうにかする」


 そう言われ、リリーが詠唱をやめる。

 ラウールは一体だけ残ったオーガーを鋭いまなざしで見つめる。

 彼は自分の状況が圧倒的に不利になったのか、顔を強張らせる。


「いくら魔法が効かないと言っても物理的に穴をあけてしまえば、立っていられないだろう。さあ、どうする?」


 彼は一瞬、リリーのほうを見た気がした。だが、そのまま自分の棍棒でラウールに襲い掛かった。ラウールは彼の渾身の一振りを身を屈めてよけ、剣を振りぬいた。オーガの持つ棍棒が砕け散る。ラウールはバランスを崩し倒れたオーガの背中に剣を向ける。


「刺さないのか?」

「もう勝負はついた。このまま大人しくしていろ」


 だが、そのオーガが突然笑い声をあげる。


「お前は確かに強い。レジスが一目置くだけある。だが、それが散漫な行動を導き、悲劇を生む」


 オーガの視線が再びリリーをむいた。ラウールも視線をリリーに向け、顔を強張らせる。私もつられてリリーの方を見て、状況の変化に気付く。リリーの背後には斧を持った巨大なオーガが立ちはだかっていたのだ。


「危ない」


 私は思わずそう叫ぶ。

 オーガと距離を置いたラウールが腰を落とすのが見えたが、もう既に間に合わない。

 その声に後方を見やったリリーがその場で凍りつくのが分かった。


 直後、強烈な衝撃音とともにリリーの背後にいたオーガの体が宙を舞う。その体が数メートル離れた場所で横倒しの状態で着地した。


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