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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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塞がれた穴

 ルイーズとの待ち合わせ時刻に町の入口に行くと、ルイーズが顔を覗かせた。


「おはよう」


 彼女はにこやかな笑みを浮かべると、頭を軽く下げる。


「あれからテッサさんのほうは大丈夫?」

「犯人は捕まったし、お父様や私が毎日顔を出しているから、表面的には大丈夫よ」


 表面的という言葉が妙に引っかかる。国の後継者を護るという役目を司るのに、なぜそんな目に遭うのだろう。


「ロロは外にいるよ。ここがすごく気に入ったみたい」


 私がルイーズと外に出ると、森の中で立ちすくむロロの姿を見つけた。彼は私と目が合うと会釈する。

 ルイーズは私とロロに声をかけると転移魔法を使った。


 ポワドンの洞窟の前に到着し、中に入ろうとすると名残惜しそうにルイーズが私たちを目で追っている。

 ついていきたいのだろうか。

 私がどう反応していいか迷っていると、ロロが一歩前に出る。彼は腰に手を当てると、短く息を吐く。


「行きたいならラウールの許可を得てからにしろよ」

「昨日も聞いたのに、ダメって言うんだよ。自分と一緒のときならいいけどってね」

「じゃあ、そういうことだろう。他に行きたいところあれば付き合ってやるから、ポワドンに行くのは諦めろって」

「分かった。仕方ないよね」


 そう言いながらも、彼女は私とロロをじっと見る。彼女の青く澄んだ瞳に私とロロがいた。


「行くぞ」


 そういう目をしているルイーズを無視できないでいると、ロロが私の腕を引き、洞窟内に入った。


「何でルイーズを連れていったらダメなんだろうね」


 私は半分ほどの道のりを歩いた時、ロロに問いかける。


「色々あるけど、一番は単純な理由だよ。レジスさんは、今しばらくは俺ともう一人くらいならという話だったんだ。だから、俺とお前の二人でいっぱいいっぱい」


 彼がそう言っていたら仕方ないのだろう。国としては狭くても調査をするとなるとかなりの広さがある。人が多い方がはかどるのではないかと思ったのだ。


「他の国だからってことだよね。ゆっくりでいいとは言われたけど、二人でコツコツ進めても、これだと年単位でかかりそうだね」


 この世界に来て、数か月が経過していた。もっともこの世界には一か月、二か月という概念はないけれど、日数的にはそんなものだと思う。一年後や二年後に私がどうしているかというのは全く想像できない。もちろん、日本で私がどういう扱いになっているかも分からない。


「確かにな。オーガに敵対心がなくて、薬草の知識が豊富な人で、頻繁に来れる人が思い浮かばないんだよな。そういう人がいれば相談してもいいかもしれない」


 ジョゼさんはオーガに悪い感情は持ってないようだが、彼が国をあけると急患のときが大変だ。ローズやフェリクス様が処置できるとはいえ、本職はジョゼさんだ。リリーは詳しいが、彼女の本来の仕事はローズの護衛だ。そんなに国を開けられるわけがない。そう考えると当てはまる人が思い浮かばない。


 私たちはそんな話をしている間に洞窟の外に到着する。


 洞窟を抜けるといつものようにマテオさんが出迎えてくれた。


「早速行こうか」


 そう言ったロロに、マテオさんはメモを手渡す。それはあの草原の地図だ。だが、そこには事細かに薬草の名前が記載されている。


「他のオーガにも手伝ってもらってまとめたんです。よかったら確認していただけますか?」


 ロロも思わぬ進展に驚いたようだ。簡単な見分け方は教えたものの、彼らが自主的にことを進めるとは考えていなかったのだろう。


 私とロロは草原に到着すると手分けして、彼らの作成したマップを確認する。何か所か思い違いと思われるものはあったが、九割以上は問題なく作られていた。私達は間違った部分を訂正してマテオさんに渡す。


ロロは間違った場所をマテオさんと一緒に確認し、彼らが勘違いしたであろう理由も確認した。マテオさんはロロの話に真剣に聞き入っていた。確認が終わると、ロロは地図をマテオさんに託す。


「これでここは終わりだな。助かったよ。次はどのあたりだ?」

「少し離れたところですが、構いませんか?」


 私達はマテオさんの言葉に頷き、次の場所に案内してもらうことになった。



 マテオさんが案内してくれたのは初めてこの国に来た時に来た森を途中から右手に移動した先にある草原だ。そこも最初の草原程ではないがかなりの広さがある。


「少ししたら様子を見に来ますね」


 マテオさんはそう言い残すと、立ち去っていく。


「ここも時間がかかりそうだね」


私は広さからそう告げた。


「いや、ここはかなり楽だと思うよ。ぱっと見た感じだと三種類の植物がメインで、あとは違うのが数種類生えているだけだから、午前中には終わりそうだよ」


 言われてみると同じ種類の草ばかりが生えている。私達はすぐにそこにある植物を確認し、地図の作成を終えた。これだとマテオさんにそのまま残ってもらったほうが良かったかもしれない。ロロは薬草の種類をメモすると、メモを広げ出した。


「どうするの?」

「マテオさんが来るまで暇だから整理しておこうと思って」


 そういったロロは顎に手を当てる。


「そういえば、ルイーズの言っていた穴ってこの辺りじゃないか?」


 ロロはあたりを見渡し、言葉を漏らす。


「そうなの?」


 ロロは地図で自らの持っている場所と現在地を示し合わせて、教えてくれる。私はなんとなく辺りを探してみるが、それらしいものは見つからない。だが、彼は崖の一角で足を止めた。


「ここだけ土の質が変わっているから、恐らくここに穴があったんだろうな」


 言われてみると、この辺りの砂だけが他の場所に比べて粒子が細かい。色も基本的に土色だが、この辺りの土の色だけ心なしか濃い色になっている気がする。拳を作り叩いてみるとコンクリートのように固いのが分かった。


「魔法で加工しているみたいだな。恐らく間違って穴をあけて、塞いでいるんだろう」

「これがルイーズに言っていた穴?」

「恐らくね。まあ、壊す方法もあるが、そんなことを追及しても仕方ないか」

「確かにね。でも、どうやって壊すの? 叩いて?」


 ロロはバッグから独特の光沢がある黒い石を取り出した。


「これを土に埋め込めば、一時的に土の形状を変えることができるんだよ。いろいろ危ない場所に行くこともあるから、ルイーズがくれたんだ」

「ロロとルイーズって本当に仲がいいんだね」

「姉弟みたいな感じだからな。割と小さい頃から遊んでいたしね」


 ロロはそう言うと肩をすくめた。

 私達は先ほどの場所に戻り地図作りを進めることにした。


 その場所の地図の作成が終わった時、ちょうどマテオさんがやってきた。彼らもそんなに時間がかからないと考えていたんだろう。



 それから食事をして、昼からは地図の件について打ち合わせをすることにした。


 私達二人に任せておくよりは自分達も協力したほうが早く終わるということで、彼らが自分で出来そうなところは自分達でしようということになったらしい。あの広い草原の地図をほぼ作成できたことが自信につながったようだ。


 逆に彼らの出入りしにくい足場の悪いところや、種類の多いところを私とロロが中心に作業するようになった。


 大まかな分類が終わった時、テーブルの上に桜色のせんべいのようなものとお茶が差し出される。見た目はさくらの花びらを連想させて可愛い感じがする。


「よかったらどうぞ」


 私とロロはそれを食べてみることにした。

 表面に凹凸があるため、せんべいのようなものを想像していたが、食べると口の中でふわりと解ける。敢えて触感が近いのを選べばマシュマロだが、それよりもすんなりと口の中で溶けてしまった。


「不思議な味」


 その何とも言えない感触が珍しく、私は食べつくしてしまった。


「お代わりはいりますか?」


 マテオさんの問いかけに首を横に振る。


「でも、すごくおいしかったです」


 その言葉にマテオさんは笑顔を浮かべる。


 それから帰るまでの時間は少し離れた場所で、作業の続きをすることになった。


 帰る頃合いになるとマテオさんが迎えに来てくれた。彼の手には紙包みが握られている。彼はそれを私とロロに渡す。


「良かったら、おみやげにどうぞ」


 私とロロはそれぞれ紙の袋を渡される。中身はさっきのお菓子だ。


「ありがとうございます」


 私が喜んでいるのがものすごく顔に出ていたらしく、ロロは苦笑いを浮かべていた。



私は洞窟に入ってから念のためロロに聞いてみることにした。


「これってリリー達にあげても大丈夫かな?」

「大丈夫だと思うよ。人間や妖精が食べれないものは入れずに作っているみたい」

「なら良かった」

「そんなに気にいったんだ」


 私はロロの言葉に笑顔で答える。


「ポワドンもだけど、この世界はすごく料理がおいしいところなんだね。びっくりしたよ。妖精の国の食事もおいしいし、クラージュもだし、テッサさんの作ってくれた食事もすごくおいしかった。食事に拘っているんだね」

「そうか? これが普通だったからそんなには」

「かなりおいしいよ。食べたことのない食事ばっかりだもん」


 私の言葉に、ロロは困ったような笑みを浮かべていた。



 私とロロは洞窟の入口でルイーズに迎えられ、ブレソール、妖精の国の順に送ってもらった。

私はお城に戻ると、リリーの部屋をノックする。すぐに扉が開き、リリーが顔を覗かせた。


「お帰りなさい」

「このお菓子をもらったんだけど一緒に食べない」


 私が包みの中を見せるとリリーは声を上げる。


「懐かしい。昔食べたことがあるけど、おいしいよね」


 リリーの声がいつもより弾んでいた。


「夕食後にでも一緒に食べようよ」


 私の提案にリリーは二つ返事で頷いていた。これは様々な食材を組み合わせて作ったもので、ある種の名物らしい。夕食後、私達はそれをあっという間に平らげていた。


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