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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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紫と白の花

 右手に行こうとしたロロをルイーズが制する。


「今日は向こうから行くよ」

「了解」


 ルイーズは右手に歩きかけたがすぐに引き返してくる。私達は左手にある緩やかな上り坂をあがることになった。


 その道は進むにつれてほそくなっていく。森が開けたと思った瞬間、私の視界に飛び込んできたのは紫の花の群れだ。まだ日ののぼりきっていない闇夜にその紫の花が存在感を醸し出す。その花の色が闇を支配しているかのような錯覚さえ覚えてしまう。


「あと少しだから、夜が明けるまで待つか」


 ロロはそう言うと、近くの木によりかかる。


「さっきルイーズの行こうとした左手の道は何があるの?」


 ロロは私の左側を指差す。そこには木が立ち並んでいるが、わずかな人の通れる道がある。


「あっちから出てくる予定だったんだ。距離は半分だけど、岩や、木の根、毒草やらが多くてね。もっとも俺とルイーズは慣れているからよくこっちから来ていたんだよ」


 ニコラの助言がなければ、本当に足場の悪い場所を歩いていたのか。だが、彼女の服装はそうしたものに備えた装備には見えず、スカートにシャツ、そして薄手の布を羽織っているという普段通りの服だ。そこまで足場が悪いわけではないのだろう。


「ルイーズも良くこの辺りに来るの?」

「ロロの付き添いと、私自身の鉱物採取でもたまに来たりするよ」


 彼女はそう優しく微笑んだ。


 その時、太陽の光が崖の下からのぼってくる。闇の世界が徐々に太陽から活力を貰うかのように明るい色に染まっていく。だが、変わったのは空が明るくなっただけではない。


 目の前にある紫の花の大群の一部が、光の帯を纏い、輝きだしたのだ。その紫色の花が白い花へと変化する。


 私は目の前で起こったことが信じられずに、その情景を映画を見るようにして眺めていた。


「ついて来いよ」


 ロロは私に手招きすると歩き出した。ルイーズもロロに続く。

 私は我に返り、二人の後を追う。

 白く変化した花の中央には紫色の種子ができていたのだ。彼はそれを手に取る。


「紫色の花に紫の種子」

「そういうこと。これを採取してほしいんだ。白い花びらになっているのだけを探せば良いから、広さの割には楽だと思う」


 私はすぐ傍にある白い花を覗き込み、中央に紫の種があるのを確認する。それをつかむとロロに渡した。植物の種と同様に、固く、人の力では壊せそうなものには見えない。


 ロロはそれを受け取ると、手にしていた布の袋に収める。


 私は少し離れた場所に白い花があるのに気付き、そちらの種子も収穫する。ルイーズも私とは別方向にある白い花に向かって歩き出したのだ。


 私達は合計八個の種を収穫した。八個と言うと少ない印象を与えがちだが、広い草原なので八個といっても草原の端から端まで動き、意外に体力を使ってしまった。


 あと一つ奥に白い花が残っているのに気付き、私が取りに行こうとするとロロが制した。


「あれは取らなくていいよ。八個も取れたらな十分だからな」

「でも、八個って初だよね。いつもは三つ取れれば大量なのに」

「タイミングが良かったんだろうな。やらないといけないことは終わったけど、もう少しここで待機しよう」


 ルイーズには暗黙の了解だったのか、彼女は笑みを浮かべて頷いた。


 徐々に日の高度があがっていき、辺りはより明るい光に包まれる。明るい光を浴び、寝不足の体のだるさが若干緩和された気がする。


「見てみて」


 ルイーズに促され、その前方の花を見ると、白い花に異変が起こっていた。さっきまで艶やかに咲いていた花びらがゆっくりと地面に舞い降りる。生き生きとしていた茎も心なしかしんなりする。


「種が取れた植物はそれからすぐに枯れるんだよ。この種は地面に落ちればすぐに発芽するから、日の昇る時間に合わせて採取する必要があるんだ」


「じゃあ、あのさっきの花は」


 私はその花に視線を走らせた。その先程の花も、他の花と同様に、白い花びらを地面に散らす。そして、紫の種子が花びらの支えを失い、地面に転がる。数秒後、紫の種子から新芽が出ていたのだ。


「すごい」


 まるで植物の発芽する早送り映像を見ているようだ。


「ロロの持っている布の植物を地面に置いたらやっぱり発芽するの?」


 ロロは頷いた。


「でも、ブレソールに戻って蒔いても、花は実らないよ。これはここにしか咲かない植物なんだ。だから、こうして定期的に取に来ている。といっても植物の乱獲はダメだから、本当にたまにだけど。とった種の数は国に報告しないといけないんだ。一人当たり十個までで、それ以上取ったり虚偽の申告をした場合にはここに入る権利も剥奪されてしまう」


 すごく徹底した管理だ。だからこそ、誰も入れない場所となっているのだろうか。


「十個以上取れたらどうするの?」

「そう言う時には、さっきのように収穫しないまま帰るんだよ。すぐに目が出るからね」

「すごいね。この話ってルーナの妖精にしても大丈夫?」


 辺りに人気はないが、心なしか小さな声で伝える。

 ジョゼさんに土産話をすると言っても、言ってはいけないことなら控えておこうと思ったのだ。


「信頼している妖精になら大丈夫だよ。この植物を収穫しに来るような妖精なら困るけど」

「それは大丈夫だと思うよ」


 ジョゼさんにどう言って聞かせようか。


 だが、そんな私の耳に思いがけない言葉が届く。


「でも、今日の本当の目的はこれじゃないんだよな」

「まだほかにも収穫するの?」

「お前に見せたいものがあるんだ」


そういったロロはルイーズと目を合わせていた。


「何を?」

「実際に見せたほうが早いと思うからついてきて」


 彼は私を先導するように歩き出した。私がそのすぐ後をついていく。

 彼の足は森の深いところへと進んでいき、いつの間にか森林の中に入り込んでしまった。

 気を抜けば今自分がどこにいるのかも分からなくなりそうだ。


 だが、ロロは迷うことなく、淡々と歩き続ける。

 そこには木々が立ち並んでいる。ロロはその一か所で足を止めると、ルイーズに合図をする。ルイーズが呪文を詠唱すると、木の根元が盛り上がり、長方形の箱が飛び出してきた。金属でできた箱だろうか。光沢は失われていため、比較的古いものなのだろう。


 ロロはそれを私に見せ、ルイーズに渡した。


「あの植物の種の収穫をしなければいけないのもあったけど、お前にこれを見せるためにここに連れてきたんだ」


 私がその理由を聞く前にルイーズがその箱の下部に触れ、箱が開く。彼女はそこから数枚のメモを取り出した。

 私はそこに書いてある文章を見て、目を見張る。そこに書いてあったのは日本語だったのだ。その文字はあの商人のおじさんからもらったメモに記載されていたものとよく似ている。


「どうして日本語のメモが」


「やっぱりそうか。それはお前のいた世界の文字だよな。この前、お前のいた国の文字を見せてもらって、もしかしてと思った。このメモは、この森に迷い込んだ花の民が持っていたものなんだ」


 私はその言葉にロロを凝視する。


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