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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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護衛の条件

 白い光の壁が消えた後、私の目の前に現れたのは黒々とした森だ。もっとも黒々と思ったのはまだ日が昇っていない頃合いだからだと思う。もう少し時間が経てば、緑の生い茂った森林を目の当たりにするだろうという事は容易く想像できた。


 ルイーズは私達に待っていてというと、森に近寄っていく。そして、森の目と鼻の先まで来ると、彼女は鞄から何かを取り出した。それを手のひらに乗せ、呪文を唱えている。彼女の手にした石が宙に浮き、眩い光を放ち、その場で姿を消した。


 先程まで私達の前方には森が一面に広がっていたが、そこには土と石で簡単に舗装された道が広がっている。幻覚のようなものなのだろうか。


「一時的に森に張られた結界を解いたんだよ。結界を解かないと壁のようなものに阻まれて中には入れないようにはなっている」


 ロロがそう教えてくれる。一見普通の森のように見えるのに不思議な感じだ。


「入ろうか」


 ルイーズに促され、その道の中に入ることにした。

 入るのも誰が先に入っていいというわけではなく、ルイーズが最後に入る必要があるらしい。そのため、ロロが一番に、私が二番目に中に入る。


 ルイーズが中に入った後、先ほどまで私達の立っていた草原が見えなくなり、背後にも黒々とした森が広がっている。まるで私たちが森から来たように錯覚してしまいそうだ。


「行きましょう」


 いつの間にかルイーズが私に並んでいた。彼女に促され、一足早く歩き出したロロの後を追う。


 中は外から見たときよりも静かで、私達の地面を踏みしめる音が辺りに響く。見渡す限り、同じような木々が並び、気を抜けばどこに何があるかも分からなくなりそうだ。


 だが、ロロは慣れているのか、辺りをきょろきょろしたりすることもない。


「でも、昨夜は酷いね。私が留守の間にテッサの家に忍び込むなんて。私がいたら即座に捕まえたのに」


 ルイーズは短く息を吐いた。


「だから、その日を狙ったんだと思うけどね。人を配備しておけば、いつでも実行に移せるわけだし。都合よくおじさんも城に泊まりこんでいたし。それも仕組まれていた可能性があるけどな」


 ロロの言葉に、ルイーズは金の髪をかきあげて反応する。


「疑い出すときりがないよね。ただ、ここまで来るとブノワも心配だし、私が護衛につくのが一番だと思うけどな。私だったら身内はお父様だけだし、まさかお父様を人質にとるなんて命知らずなことをする人たちもいないと思うんだよね」


「おじさん、怒るとすごく怖いからな」


 私は似たような話をどこかで聞いたことある気がした。そう、ルイーズの家に初めて行った日だ。


「エリスが魔法が使えるから、どっちかといえば、テッサのほうが適任という気がするけど……」


 ロロはそこで話を切り、私を見る。


「エリスにまだ護衛がついていないことは知っている?」


 彼の問いかけに頷いた。


「エリスの護衛の候補は現時点でテッサとルイーズの二人。ただ、エリスは身体が弱く、剣などの武器は扱えない。でも魔法が使えるため、タイプの同じルイーズよりはテッサを押す声のほうが強いんだよ。ただ、それだけじゃなくて、ルイーズの魔法に文化的な価値を見出して、ルイーズを護衛につかせるなんてもっての他という人もいる」


「文化的な価値」


 妖精の国の像も、私がもらった飾りも秀でてその形状の美しさ以上の何かがある。そうしたものを言っているのだろうか。


「お父様は私がそうしたいならと意志を尊重してくれているのに、第三者が反対するのも変な話よね」


 以前、ルイーズが周りの人を説得すると言っていたのはそういうことなのだろうか。


 護衛というと真っ先に思い浮かべるのはリリーとローズ。そして、ラウールとニコラの関係だ。リリーもローズも魔法が使えるが、どちらかといえば攻撃型のリリーに加え、ローズは身を守る能力の方が高い。ラウールとニコラはどちらとも攻撃型のような気がするが、二人があれほど強ければ細かいことを考えるのも不要な気がする。それでも一応、ラウールとニコラの関係を当てはめてみる。


「じゃあ、ラウールが魔法が得意だから、ニコラさんが護衛になったの?」


 ルイーズとロロは顔を見合わせた。


「ラウールはある意味規格外だから、比較の対象にはならないかもね。ラウールはニコラが護衛じゃないと嫌だとごねたのよ。かなり昔のことだけどね。それで手続きを踏んで、ニコラが護衛についたの」


 ルイーズがそう説明してくれた。ごねるラウールのイメージが湧かない。でも、彼がニコラさんをものすごく信頼しているのは何となく分かる。その表れなのだろうか。


「お城は人間関係がややこしくてね。ラウールは生まれた時から魔力が強く、剣や槍、弓矢などの扱いにも長けていた。その才能を見抜かれて、物心ついたときから、いろいろな人からそれらの扱いを教えられてきたのよ。ラウールがやられる姿は正直想像できないんだよね。ラウールって彼自身が強いのもあるけど、国の民からも人気があるし、ルーナの女王やレジスさんみたいに他の国の有力者にも気にいられているから、ラウールを襲うものがいるとはなかなか考えられないかな」


 そうルイーズは言い切ってしまった。


 確かに彼は顔が広い。それに誰とでも打ち解けてしまう。彼自身、媚びているわけでもないのに、彼には人を惹きつける何かがあるんだろうか。もっとも象徴的なのがポールだと思う。彼はあっという間にラウールに懐いていた。


「一番強烈なのが銀の魔女だとは思うよ。ラウールを殺したら、まず八つ裂きにされそうなイメージだもん。あんな妖精に逆らうなんて普通は考えない」


 妖精という言葉に私は反応した。私の知っている人なんだろうか。


「誰の事?」

「セリアさんといっても私は会ったことないけど、魔力が普通では考えられない程強くて、神だとか魔女だとか、いろいろ言われているの。ラウールも怖いと言っていたしね」


 名前だけは聞いたことのある、アランの祖母だ。アランからイメージすると、怖いというか厳しそうなイメージがある。逆にフェリクス様の娘と言われると、物静かでローズのような女性を連想してしまう。


 ルーナで魔力がぬきんでているらしいのは、フェリクス様、女王様だ。あの二人よりも強いんだろうか。


「ラウールに比べてエリスは普通の女の子で、魔力も身体も強くない。その上、継承権は一位で、国の乗っ取りを狙う人間も狙うなら真っ先に彼女を狙うはず。だから、その護衛にはニコラの比じゃない負担がかかる。ラウールは自分が護衛につきたいと言っているし、能力的にはそれが最良なのよ。でも、継承権が二位の彼にはそういう立場には立てないのよ。王妃はテッサや私ではなく、自分の息のかかった人を護衛に付けたがっている」


 ルイーズは苦々しい表情を浮かべていた。


「それって、昨日の犯人は」

「ほぼ間違いない」


 要はラウールと王妃の権力争いにすり替わっているのだろうか。ラウールも男に王妃の名前を出していたということは彼も知っているのだ。


「せめてテッサのお父さんが生きてれば良かったんだけどね。ラウールやニコラに剣を教えたのもテッサのお父さんなんだ」

「あの人がそう望むなら、王妃も反対できなかっただろうな」

「男の人でも護衛につけるの?」

「基本的には可能ね。護衛は護衛主とは結ばれてはいけないという決まりが合って、それを護れるなら性別は関係ない。それを破れば護衛は辺境の町に流され、一生会うことも許されなくなる」


 二人の説明で大まかだが事情が呑み込めてきた。だから、ラウールはテッサに謝っていたのか、と。ロロが家族に対して広い考えを持っているのも、友人のラウールが母親と複雑な関係を築いているのに起因しているのだろうか。王族ともなれば、普通の人にはわからないしがらみなどもあるんだろう。


 その時、大きな木が私達の進行方向を妨げる。その右手には洞窟がある。


「テッサ達には今日、お父様がついていると言っていたから大丈夫よ。こっちも今日の目的をまず果たしましょうか」


 ルイーズはそういうと洞窟内に足を踏み入れた。洞窟内は狭く、一人はやっと歩ける幅だ。ロロが先にあるき、真ん中を私、そして最後をルイーズがあるく。


「今日の目的は、この先には朝、日の昇る時間しか咲かない花がある。その花の葉をこうして採取しにきたんだよ」


 ロロは先導しながら、そう教えてくれた。


 洞窟はそこまで長くなく、少し歩くと抜ける事ができた。そこからは左右に道が別れ、右側が急な坂が、左側は緩やかな坂が広がっていた。

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