後片付け
「美桜、起きて」
アリアの声で私はふっと我に帰る。彼女が私の顔を覗き込んでいたのだ。
私は眠い体を起こし、辺りを見渡す。窓の外を見ると、まだ闇が辺りを包み込んでいる。日が出てくる兆しさえ現れていない。
「まだ、夜中だよ」
再び横になり眠ろうとした私の顔の近くまでやってくると、彼女は人差し指をつきつけた。
「今日、ナベラに行くのでしょう。さっき、ルイーズも戻って来たよ」
私はその言葉で飛び起きた。まだだるいが昨日の今日だと仕方ない。そして、服を身に付けた。何も考えず、いつも着ているワンピースを持ってきたのだが、足場の話をニコラがしていたことが引っかかる。
「スボンが良かったかな?」
「ナベラは歩きやすい道もあるから、大丈夫だと思うよ」
私は一応のお墨付きを得て、部屋を出た。すると、テッサの部屋の扉があいていたのだ。私は通りがかった時になんとなく中を覗く。するとそこには流れるような金髪の女性が立っていたのだ。彼女の耳に足音が届いたのか、振り返ると目を細める。
「美桜さん、おはよう。少し待ってね」
床の外に真新しいガラスが置いてある。テッサの部屋の窓に取り付けるために、どこからか手に入れたのだろう。だが、そのサイズがガラスの残っていない窓枠と比較しても明らかに大きい気がした。
窓枠を外すのなら手伝おうかと問いかけようとしたとき、ルイーズは魔法の詠唱を始める。床に置いてあったガラスの端が削られ、その削られた部分はその脇の一か所に集約する。そして、ガラスがふわりと浮きあがり、窓枠に収まった。
ルイーズは振り返ると目を細めた。
「行こうか。みんな、起きているよ」
「これで終わりなんですか?」
ガラスをはめ込んだだけなら、例え、外部からの攻撃をうけなかったとしても、ぶつかったりといった軽い衝撃でガラスが壊れたり、外れてしまうのではないかと思ったのだ。
「終わりだよ」
「外れたりしないんですか?」
「触ってみる?」
私はルイーズの言葉に頷き、窓に触れる。しっかりとはまっていて、外れそうな感じはしない。
ルイーズは窓枠を指差した。
「はめ込むときにも加工をしているの。ただ、サイズの調整を間違うと、すぐに取れてしまうけれど。私はこういうの得意だからね。魔法を使わない時には窓枠を二つに割ってはめ込むの」
彼女は窓枠の脇を指差した。そこには窓枠の継ぎ目があり、窓ガラスを挟み込む形状になっているようだ。
彼女は魔法で物を作ったりするので、こういうのはとても得意そうだ。
「同じ魔法を使えば同じ効果が得られるんじゃないんですか?」
「個人差はあると思う。こうしたものは向き不向きがすごく出ると思う。同じ攻撃魔法を使っても、私とラウールだったら、全く威力は違うし、使えない系統の魔法もあるんだよね」
魔法と一言で言ってもいろいろと違うんだろうか。いまいちピンとこない。
その時、部屋の扉がノックされた。いつの間にかテッサが部屋の入口に立っていたのだ。彼女は笑顔を浮かべながらも、その表情に疲れを滲ませる。
「ありがとう。ガラスも調達してもらってごめんね」
「いいのよ。私の家の予備ガラスだもん。役に立って良かった」
屈託のない笑みを浮かべたルイーズが顔をつきだし、鼻をくんくんさせる。
「良い匂い」
「ごはんができたから食べて行ってね」
彼女の言葉のように、甘い匂いが届く。私とルイーズは食事を食べる部屋に移動した。ブノワの姿があり、ブノワは昨日テッサの家に着いた時にだしてくれたお茶と同じものを各々のコップに注いでいた。
その時、ロロが家に入ってきた。
「どうだった?」
ルイーズの問いかけに彼は笑みを浮かべる。
「大丈夫だったよ。踏まれたあとはあるけど、傷ついてはいないみたいだった。リオネルさんに事情を話したら、実害はないから気にしないでくれって言っていたよ」
「良かった」
ルイーズは笑みを浮かべる。
私はロロと目が合う。
「昨日の犯人が一部畑を踏み荒らしていたかもしれないということで、ラウールと状況確認をしてきたんだ。あの後しばらくしてラウールが戻って来て、その持ち主のリオネルさんに事情を説明してきた。警察からも事情説明があるとは思うけど、ラウールはそういうのを気にするから。万一何らかの被害が出たら、国から賠償金の支払いはあるから大丈夫だとは思うよ」
私が寝ている間にそんなことをしていたのかと思うと少々申し訳ない。
そういえば私も足場に気を付けていたとはいえ、中に入ってしまった。そのことを話すとロロは首を横に振る。
「あの草は強いから少々踏んでも大丈夫。オーガくらい大きければ別だけど人間くらいならね」
そう言ったロロはあくびをかみ殺す。ラウールもロロモあれからほとんど眠っていないのだろうか。ルイーズもこの時間に戻ってくるということはほとんど寝ていないのかもしれない。
「洗面所を借りていいですか?」
私の問いかけにテッサが頷く。
起きたばかりということもあり、洗面所でうがいをして顔を洗う。
部屋に戻ると既に皆席につき、ルイーズとテッサの間が一つ空いていた。私はその席に座る。
食器の上には四角形のゼリーのような半透明の塊が並べてある。その中には果物がはいっていた。デザートのように見た目がとてもきれいだ。見た目から羊羹やゼリーのような弾力のある食感を期待していたが、実際に食べてみると良い方に期待を裏切られる。
外は確かに弾力があるが、その食べ物を食べやすい大きさに切り、口に含んだとき、外も含めて口の中で一気にとろける。その上、後味もあっさりしていて口の中に味が残らない。私が変な顔をしていたのか、テッサが不安そうにこちらに視線を向けた。
「口に合わなかった?」
「こんな食感だと思わなくて。びっくりして。すごくおいしいですよ」
「良かった」
彼女はホッとした顔をしている。
ロロは黙々と食べているが、ルイーズは頬を赤らめ、幸せそうな顔をしてそれを口に運んでいた。
「テッサの作る料理はやっぱりおいしい。料理人になれそうだよね」
テッサは苦笑いを浮かべている。
「でも、そんなに料理は好きじゃないもの。必要に迫られれば作るけど」
彼女の作った料理を何度も食べたことがあるが、確かにどれもおいしかった。だからこそ、好きじゃないと言ったのが意外な気がする。
一目見た時、時間帯もあり、量が少なめかと思っていたが、食後のお茶を飲んだあとには不思議とお腹が膨れている。
「もう少しで出発するから準備をしてくれ」
そうロロに言われ、部屋に戻ると荷物を整えた。
「泊めていただいてありがとうございました」
玄関先まで見送りをしてくれたテッサとブノワに深々と頭を下げる。
「迷惑をかけてしまってごめんなさい。また良かったら遊びに来てね」
私は彼女の言葉に笑顔で頷くと、ロロやルイーズと一緒にテッサの家を後にする。城の門のほうにロロとルイーズが歩き出したため、その後を追った。
辺りはまだ真っ暗だが、ぼちぼちと人の姿もある。ただ、じきに夜が明けるとはいえ、テッサとブノワの二人にしておいて大丈夫なのだろうか。
「どうかした?」
ロロが不思議そうに問いかける。
なんとなくここではテッサのことに言いにくく、別の話題に触れることにした。
「さっきのごはんってお腹の持ちがいいね」
「さっきのは腹持ちがいい食材で作られているんだ。今日は歩かないといけないから、それを考えてのことだと思う」
ロロがそう教えてくれた。
私達は門に到着する。ルイーズが門番に声をかけると、門の脇に私達を連れていく。そして、彼らは脇にある小さな扉の鍵を開けて、私達を通してくれた。
外に出ると、僅かな街灯がある町とは異なり、ほぼ真っ暗の世界が広がっている。空に瞬く星の光が際立っているように錯覚してしまう。
「行きましょうか」
ルイーズは門から少し離れたところで私達に声をかけると、転移魔法を発動させた。




