深夜の来訪者
テッサの家には無事に到着する。彼女の家をノックすると、ブノワが顔を覗かせた。彼はロロを見ると、入口から体を動かし、私達を招き入れた。
「いらっしゃい。奥の部屋に案内してくれる?」
玄関を入って右手にある部屋から、野菜の束を手にしたテッサが出てくる。テッサの出てきた部屋からは香ばしい匂いが漂ってきた。料理をしているのだろう。
「こっち」
私がぼうっと突っ立っていたからか、ロロは私に声をかけると奥の部屋に連れていく。そこはベッドにテーブル、本棚などが置いてある。誰かが使っていたのか物置になっているのか本棚には多くの本が並んでいた。
「飲み物でももらってくるよ」
そう言い出ていこうとしたロロの足が止まる。お茶を手にしたテッサが入ってきたのだ。
彼女はお茶をテーブルの上に置く。
「何か足りないものがあったら言ってね。衣料品関係はいくらでもあるから、遠慮なくどうぞ」
私はテッサからカップを受け取る。香ばしい香りが鼻腔を刺激する。紅茶に似た感じの飲み物で、食後に口をすっきりさせてくれるものだ。
「ありがとうございます」
「俺も泊まろうか?」
「アルバン達が原因なら私の家にはせめてこないだろうし、大丈夫だと思うよ。それにルイーズが早めに戻ってきたらこの家に泊まると言い出しそうな気がするしね。夜中起こされるよ」
「分かった。今日は家に帰るよ。困ったことがあれば何でも言ってくれ。俺は先に帰るよ」
「ごはんは食べて行かないの?」
「明日の準備をしないといけないから、早めに帰るよ。いろいろと迷惑かけて悪いな」
「気にしないで。無理はしないでね」
ロロは私とテッサに挨拶をすると去っていく。
「ご飯にしましょうか」
私はお茶を飲むと、テッサと一緒に部屋を出る。そして、二つ隣の部屋に案内された。最初、ラウール達と話をした部屋の向かい側の部屋だ。
そこには食器を並べるブノワの姿があった。彼は私と目が合うと、頭を下げ、食器を並べる。そして、彼女が作った料理を器に盛っている。
大きな野菜の葉の中に他の野菜やパン生地を詰めたものを中心に野菜が盛りつけられている。その中にさっきテッサが手にしていた野菜もあった。脇には赤色の果物のソースがかけてある、パイ生地のようなものが盛られている。こんがりと小麦色に焼けていて、とてもおいしそうだ。お皿の脇には果物の果実が入ったジュースが並んでいた。
私達は準備が終わってから食事をすることになった。野菜巻きのほうは葉が肉厚があるのと、中身が適度な大きさに切ってあるからか、食べてもしゃきしゃきとした歯ごたえを楽しめる。ジュースも適度な酸味と甘みがマッチしていて、ちょうどいい感じだ。
「味付けが合わなかったら作り直すから言ってね。前もって聞いておくべきだったけど、食べられないものとかはないの?」
「すごくおいしいですよ。食べられないものは今のところないと思います」
肉があまり好きではなかったが、この世界では肉を食べないのか、肉類が殆どでてこない。
「良かった」
テッサは屈託のない笑顔を浮かべる。彼女はもともとすごく可愛い人だが、笑うとその可愛さがすごく増すと思う。
その時、椅子を引く音がした。もうブノワは食事を終えてしまったのか、食器を持ち、部屋を出ていく。
「あの子、人見知りが激しいの。不快な思いをさせたらごめんね」
「そんなことないですよ。ブノワさんは弟さんですか?」
「そうよ。ロロと同じ年なの。ロロは面倒見がいいから、ブノワを良く遊びに誘ってくれるのよ」
そうテッサは優しく微笑んだ。ロロを見ていると分かる気がする。
食事を食べ終わると、お風呂の話題になり、私が入ってきたというと、テッサは自由に使って良いと洗面所の場所を教えてくれた。
私はテッサに食後のお茶をごちそうになり、他愛ない話をした後、自分の部屋に戻る。
アリアが既にテーブルの上にいて、満足そうな笑みを浮かべていた。その脇には空になったコップがある。テッサの持ってきてくれたお茶を飲み干してしまったようだ。
その後、部屋でしばらく本を読み、適度な眠気を感じ始めたため、眠ることにした。その頃には完全に日が落ちていた。明かりを消せば、物の所在を確認できるだけのほのかな光が街を照らすだけになっている。
わたしはもう一度欠伸を噛み殺し、ベッドに横になると眠りに落ちて行った。
私はふっと目が覚める。思わず辺りを見渡した。何か物音が聞こえた気がしたのだ。
テッサかブノワが起きているのだろうと思ったが、廊下から光が漏れていないことが、私の嫌な想像をかきたてた。
アリアはベッドで横になって眠っている。彼女が眠っているので何もないとは思いながらも、念のため足音を殺してドアまで行く。
だが、ドアを開けようとしたとき、私の体のパーツに錘がついたように急激に重くなっていく。起きたばかりなのにここまで強い眠気を感じるのはおかしいと思いながらも、体が動かない。それでも必死で瞼を開けようとするが、身体の重さには抗えずその場に腰を落とした。眠らないように足掻くが、徐々に瞼の重さが増していく。
もうダメだと思った時、ドアがゆっくりと開く。そこに入ってきたのは金髪の見たことのない男だ。男の切れ長の目が私を捉えた。その手には鈍い光を放つ剣が握られている。
男は標的を私にしたのか、剣を手にゆっくりと距離を詰めてきた。
今の状況だとかなりまずい状況になると、心に戦慄が走るが、強い眠気が私を支配しきっていた。指一本さえ動かす事ができない。男が剣を私に振りかざそうとしたとき、男の姿が崩れ落ちる。男の体は氷で包まれ、身動き一つしない。直後、私の身体の眠気が消失し、体が軽くなる。
私は息を乱し、手を頼りに体を後退させる。
「間一髪ね」
いつの間に起きたのかアリアが宙に浮いた状態で、男をため息交じりに見据えた。
「殺したの?」
「凍らせただけよ。気絶はしているけど、命に別状はないわ」
「この人達はアルバンの仲間なの?」
「多分、違う」
「そういえばさっき眠かったのに」
だが、何かが砕けるような音が部屋に届いた。私の部屋のすぐ近くだ。
一番奥の部屋にいる私に怪しい人が来たということはテッサやブノワの身に危険が及んでいてもおかしくない。
「一時的に睡眠魔法の効果を弱めているのよ。ただ、ゆっくり話をしている場合はないようね。術士を探し出して、睡眠魔法を解かせないと。行きましょう」
私は猛烈な眠気の原因に気付く。
私がバッグを手にすると、アリアが男の剣を指差す。
「何かに使えるかもしれないから、その剣を持っていきましょう」
初めてこうした刃物を取ることへの緊張なのか、さっき男に襲われた余韻が残っているのか、私の心臓はいつもの数倍の速さで鼓動を刻んでいた。
その剣を手にすると、ずっしりとした重さを感じる。片手で振り回せる腕力はなく、両手で剣を持ちあげた。これで役に立つのかはすごく怪しい。
「この人は?」
「大丈夫よ。こいつらに私の魔法は解けない」
そうアリアが断言したこともあり、私は凍った男の剣を手に、部屋を後にした。




