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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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急な用事

 私は以前来たルイーズの家の前で足を止める。


「美桜さんは二度目かな? 私とお父様以外は誰もいないのでゆっくりしてね」


 彼女は鍵を開け、私を家の中に招き入れた。

 今回はルイーズがルーナまで迎えに来てくれ、門を抜けて町の中に入ったのだ。ルイーズと歩いていると、ラウールのとき程ではないが、周りの人の視線を感じる。彼女も有名人なのだろう。


 明日の薬草の確認はジョゼさんに事情を話し、休みをもらっている。明日はジョゼさんが朝、晩と確認をしてくれるようだ。その代わりにナベラという場所のお土産話を聞かせてほしいと頼まれていた。


 そこは人間の国の端にはあるが、その先には海が広がっているため、他国との流通には活用されない。そのため、ナベラ一帯は結界を張られ、他国の民はもちろん、この国の人間さえも頻繁に入れるところではないらしい。ロロが珍しい場所と言っていたのは言葉通りの意味だったようだ。


 彼女は以前私を案内してくれた右脇の部屋を抜け、その奥の部屋に案内してくれた。その部屋は八畳ほどありそうな部屋で、ベッドや机などが置かれている。使われた形跡はないが、埃一つ落ちていない。


 彼女が部屋の窓を開けると心地よい風が飛び込んできた。こちら側はあの部屋とは反対側にあるため、森に面している。もう日は傾きかけ、淡い光が森を包み込んでいた。


「この部屋を使ってね。何か飲み物でも飲む?」

 その時、玄関で鐘の音が鳴る。

「ちょっと待っていて」

 そう言うとルイーズは玄関まで行くと、明るい声を出した。


「お父様、友達を連れてきたの」

 だが、その返答は聞こえてこなかった。


「どうかしたの?」

「フィヨンさんがお前の造ってくれた像を壊してしまった件でね、その修復を今夜頼みたいと言って聞かないんだよ」

「でも、今日は友達が泊まりに来ているから無理よ」

「お友達にはそのまま泊まっていてもらえばいいよ。ただ、明日から旅に出るらしくて、どうしても今日と言って聞かないんだよ」


 ルイーズはあからさまに嫌そうな顔をする。

 今日、彼女の家に泊まりに来たのはまずかったんだろうか。

 私は戸惑いながら、ドアの陰から二人のやり取りを見つめていた。


「でも、お父様は今日は城に泊まるのよね。彼女を一人にするなんて」

「テッサやロロを呼んでもいいよ。それなら彼女も暇はしないだろう?」

「相談してきます。お父様はロロを呼んできてください」

 

 分かったという声と扉の閉まる音が聞こえる。

 その時、こちらを見たルイーズと目が合う。彼女は困ったような笑みを浮かべるとこちらまで歩み寄ってきた。


「美桜さんごめんなさい。話が聞こえてしまったよね」

「仕事なら仕方ないよ。私はどこか宿でも取るよ」

「それは避けたほうがいいと思う。お父様にロロを呼んできてもらうから相談しましょう」


 ルイーズは今までのやり取りからアルバン達の件は知っているんだろう。だから、私は彼女に聞いてみることにした。


「やっぱりアルバン達の件で危険なんですか?」

「それも確かにあるわ。ただ、もう一つ気になる話があるの。過剰に反応しすぎだとは思うのだけど」


 そのもう一つのことについて聞こうとしたとき、玄関の開く音が聞こえ、ロロが顔を覗かせる。彼は私達と目が合うと会釈をする。


「おじさんから話は聞いたよ。俺がここに泊まってもいいけど、家主のいない家に俺たちが止まるのは逆に不自然かもしれないな。誰かにここまで来たのは見られているだろうし」


「それもそうね。せめてお父様が仕事を休めたら良いのだけれど、今日に限って泊まりの仕事があるなんて」

「おじさんの家は難しいから、俺の昔の家か」

「私の家に泊まれば? ただブノワも一緒で構わないのならだけど」


 ロロの言葉を打ち消すようにして、キーの高い声が響く。そこにはテッサと金髪の年配の男性の姿がある。男性の容貌はルイーズを彷彿とさせる。

 どうやら彼はテッサも呼びに行ったのだろう。

 ルイーズのお父さんは私を見ると深々と頭を下げた。


「今日は申し訳ないね。折角友人が泊まりにきてくれたのに、こんなことになってしまって。今日、ここに泊まってくれても構わないよ。宿が必要なら私から手配をさせてもらう」

「それだったらテッサの家の方が安心かな」


 ロロの言葉にルイーズも頷く。


「お願い」

 ルイーズの言葉にテッサは笑みを浮かべた。


「大丈夫よ。部屋なら余っているしね。ただ、準備をしなきゃいけないから、後から美桜さんを連れてきてくれる? それまで街を案内でもしておいたら?」

 テッサはまたと言い残し去っていく。


「街は見たい?」

 ルイーズの言葉に私は頷いた。

 ブレソールに来たのは何度かあるが、街をうろつく機会はほとんどなかった。一番街を見たのは、あのバイヤール家を探した初日だったような気がする。


「まだ出発まで時間があるから、町を案内するね。ロロは家に戻っても大丈夫よ」

「俺もついていくよ。ルイーズがいれば大丈夫だとは思うけど」


 私達はルイーズのお父さんに飲み物を出してもらい、それで喉を潤すと、ルイーズの家を後にした。


 まだ日が残っている時間帯なので、町の中には人で溢れている。ルイーズの家から少し離れたところにある広場に連れて行ってくれた。そこには噴水があり、その広場を取り巻くように出店が並んでいた。ルイーズはその中の一件に立ち寄ると、何かを買っているようだ。彼女は戻ってくるとそのクッキー生地で作られた容器を私に渡す。そこには生クリームのようなクリーム状のものが、渦を巻く形で入っている。


「おいしいから食べてみて」


 彼女に渡される。どうやらそのまま食べるらしい。私はそれに口をつけてみる。生クリームみたいと思ったようにとてもその食感が似ていた。口に含むと甘い香りが口の中に広がる。


 原料を聞けば植物をすりおろせばこうしたものが取れ、それを食べやすいように甘味をつけたり、果物をつけたりして混ぜるそうだ。これはこの町で取れる果物とブレンドしてあるそうだ。この植物は街の外で採取されることが多いが、町の中で採取している人も少なからずいるらしい。


 彼女はロロにも同じものを渡すと、自分の分を食べ始める。


「甘くておいしいからわたしのお気に入りなの。小さい時は良くテッサが作ってくれたわ」


 そう彼女はあどけない笑みを返す。彼女は昔から料理が上手だったんだ。その姿は安易に想像できる。


 次に彼女が案内してくれたのはその広場から少し歩いたところにあるレンガ造りの建物だ。そこには図書館と記されている。その中に入ろうとしたとき、図書館の前に立つローブを着た男がこちらを見る。


「ルイーズ様、こんにちは」


 入口の男がルイーズに会釈する。だが、その男とロロは目を合わせようともしない。そんなものかもしれないが、ルイーズに対する丁寧な対応を見ていると違和感がある。

 ルイーズとロロは構わず中に入ると中を案内してくれた。建物は三階建てで、入口付近にはらせん状の階段が聳え立つ。


「一階には幅広い分野の本が置いてあるの。二階には薬草や医療の本、三階は魔法の本ね。二階に行ってみましょうか」


 私達は螺旋階段で二階に行き、そのフロアに入る。そこには人の姿が散在していた。


「このフロアには薬草や医療関係の本が並んでいるの」


 彼女は近くの本棚にある分厚い本を手に取り、私に渡す。表紙には薬草辞典と表記されていた。ルーナの蔵書室と一概に比べることはできないが、それでも多くの本が並んでいる。


「何かかりたい本があれば私に行ってくれれば代わりに借りるよ」

「ありがとう」


 私達はそのフロアにある本を適度に見て回る。半分ほど見回った時、ロロが図書館の窓から外を見やる。もう太陽が先程より傾き、より赤い光が当たりを包み込んでいる。


「そろそろ行ったほうがいいかもな」

「そうだね。夜中には絶対に帰ってこないといけないし。テッサの家に行こうか」

「俺が連れていくよ。お前はさっさと終わらせてこいよ」

「ありがとう。できるだけ早く帰ってくるね」


 ルイーズは満面の笑みでそう答える。


 私達は図書館を出るとそこでルイーズと別れた。ルイーズは町の入口のほうに歩いていく。


「俺たちはテッサの家に行こうか」

 そう言い、先導を始めたロロの後を追うことにした。


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