草マップの作成
「とりあえず、これ」
ロロは茶色の紙の袋と、木製の筒を差し出した。紙の袋の中には二つの包みが並べて入れてある。そのうちの一包みを手に取り、紙をめくると、両手サイズのビスケット生地の間に野菜が詰められている。サンドイッチに近い感じだ。
「テッサが作ってくれたから、おいしいと思うよ」
「ロロに作ったんだよね。なら、私が食べたらまずいよ」
私はそれを袋に戻そうとした。
「大丈夫。二つあるから、一つがお前でもう一つが俺。もともとお昼用にってことだったんだけど、昼を用意してくれるみたいだから、二つ食べていいよ」
「準備がいいね。私、何も準備してなかったよ」
「今日の今日だからな。俺の急な思い付きにつき合わせてしまったから、準備くらいはしておかないとね。これは飲みもの。俺のは別にあるから、そのまま飲んでいいよ」
彼は木製の筒を指差す。普通の木製品よりも手触りがよくつるつるしている。こういう種類の木なのか、別に加工をしたのだろうか。
私は近くの岩に腰をおろすと、とりあえず食べてみる。
中には野菜が程よく詰め込まれているが、食べても決して中身が落ちない。
おいしい。
ルーナで食事をした時もよく思うが、この世界の野菜は糖度が高いのか甘みがある。
私はあっという間にそれを食べてしまった。
ロロはもう一つを私に渡す。
「どうぞ」
「でも」
「気にするなよ。俺、お腹いっぱいだし、夜まで残すよりは食べてくれたほうが助かるよ。昼食もできる限り残さないほうがいいからね。二人分食べるのが気になるから、事後承諾になるけど、テッサにも言っておくよ」
彼はアクのない笑顔を浮かべ、私の肩を叩いた。
私はロロの言葉に甘えて、もう一つ食べることにした。
「俺は先に始めておくからゆっくりと食べろよ」
ロロは空になった紙袋を自分のバッグに入れると、植物の群れに近寄る。そして立ったまま足元に視線を送ると、手を走らせた。
見てメモをするまで、間がなく、一度に五、六種類は名称を記載している。彼はかなりの数の草の名称を正確に覚えているのだろう。
木製の筒の蓋を開けると、中には優しい香りの飲みものが入っていた。蓋に注ぐと、その香りが鼻腔をつく。何か薬草のお茶だろうか。私は優しい香りにつられて、半分ほど飲んでしまっていた。その間、ロロはかなりの距離を進めてしまっている。
私はその木の筒をバッグに入れると、ロロのところまで行く。
「ありがとう。おいしかった」
「テッサも喜ぶよ」
彼は会釈を浮かべながら、手を走らせる。
「テッサさんに良くご飯を作ってもらっているの?」
「たまに前お前がきた時みたいに家に来るよ。過保護なんだよ」
この前のロロとテッサのやり取りを見ていると納得できる気がする。テッサはお姉さんという感じだ。
ロロは持っていたメモを私に渡す。地図に直接書き込んでいると思ったが、どうやらそうではなく、別紙に名前だけ書きうつしているようだ。
「俺が口頭で名前を呼んでいくから、それを書き写してくれというか、文字はかける?」
「大分、かけるようにはなったよ。でもたまに間違うかも」
「その時は、適宜言うよ」
それだと余計に時間がかかってしまうんじゃないかと思ったが、とりあえずロロに言われたとおりに彼の読みあげていく草の名称を記録していく。
遠くから見ている時は分からなかったが、ロロは薬草だけではなく、毒をもっているものや、雑草として周知されているものも調べているようだ。毒を持っているのは分かるが、雑草も記載する必要があるんだろうか。
「さっきの地図にどこに何の草が生えているのか記載するんだよ。薬草マップと読んでいるけど、今回はどちらかといえば草マップだな。薬草と毒草だけでも構わないとは思うが、誰も纏めないなら念のため記載しようと思ったんだ。主な物だけしか書かないから、そんなに時間は変わらないしね」
「結構大変だね」
「でも、いずれ誰かがやらないといけないいからな。後回しにするくらいなら、さっさと片付けたほうがいいしね。時間の制約もないしね」
そこでロロは小さな声を漏らす。
「前もって言っておくべきだったけど、報酬は何がほしい?」
「報酬?」
私は予期せぬ言葉に目を丸めた。
「メサを含めたこの国の薬草の種や苗を貰う約束になっているから、それを半分に分けられたらと思っているけど、もしお金や別のものが必要なら、言ってくれれば俺が渡すよ」
「報酬とかはいらないよ。ただ、ついてきただけだもん」
「でも、こんなに時間がかかりそうだとそういうわけにはいかないよ。だから、考えておいて」
私はロロに何度も言われ頷いた。
彼は屈託なく笑う。
彼はロロは逐一薬草の見分け方や、使用法などを私がメモを採っている間に教えてくれた。私が本で学んだ知識の復習になることもあれば、忘れていたこともあったり、勉強が不十分で知らないこともあったりする。そして、なぜ彼が私を誘ったのか分かった気がした。彼は私に植物について教えようとしてくれているのだろう。
それなのに報酬の話をしたりと、彼にはメリットが少ないのに。この前の男性を連れてきたときもそうだ。彼はあまり損得では動かないんだろう。
「あの男の人は家に戻ったの?」
「その日にルイーズに送ってもらったよ」
ロロの明るさや前向きさはすごいなと思う。それにオーガに囲まれた時も逃げずに立ち向かおうとした。
彼のような前向きな性格をしていたら、もっと私の日本での生活も変わっていたんだろうか。
「ロロはすごいね」
「は?」
「何か前向きで物知りで見習うべきことが多いと思ったの」
「お前だってすごいよ。別の世界から来て、こうして暮らしているんだよな?」
そういえば、あの時話が中途半端になっていたのを思い出した。語尾が疑問形になっていたのはだからだろう。
「言葉はもともと通じたの。それにリリーとローズが親切にしてくれたから普通に暮らせたんだと思う」
「そうやって人を本心から褒められるのはすごいことだと思うよ」
ロロは明るい笑顔を浮かべる。だが、すぐに笑みが消え、彼は右の頬を右手の人差し指でかくと、戸惑いを含んだ瞳で私を見る。
「迷ったんだけど、興味あるから聞いていい? どうやって来たかとか」
「いいよ。でも、どうやって来たのかは覚えていないの。黒い空間があったのは覚えているけど、気付いたらルーナの森にいて、ローズに発見されたの」
私はここに来てからの成り行きを軽く説明する。ロロは私の言葉を一度も否定せずに、目を輝かせながら聞いてくれたのだ。
「そんなこともあるんだな」
彼は私の話を疑わずに聞いてくれたんだと目の輝きから察した。
「私もびっくりしたよ。言葉が通じなかったら大変だったと思う」
「俺にはこの言語以外にも言語があると言うのが驚きだけどな」
私が別の紙に日本語のあいうえおを描くと、ロロは目を丸めた。
「何かのイラスト?」
「私の国の文字。ひらがなって言うの。一応、法則性や意味もあるんだよ」
ロロが異形の者でも見るかのように、その眉根を寄せ、その文字を睨んでいる。
そんな様子のロロを見ていると、自ずと顔がにやけ笑いが毀れてきた。
ロロが目を丸めて私を見る。
「ごめんね。変な意味じゃなくて、この国の人は心が広いというか、素直だよね。私が異世界から来たと言っても信じてくれるんだもん。言葉が話せて文字が読めないのもおかしいのに」
「だって、嘘ついてないのは見たらわかるし、俺は自分達の住む世界しか存在しないというのは逆にありえないと思うよ。俺の世界では当たり前のことが、他の世界では異質なことでとか、そういう世界があってもいいんじゃないかって思うんだ。でも、そういうのを想像するだけではなく、実際に聞けると思うと、楽しいよ」
「私の世界だと受け入れてくれる人は少ないと思うよ」
「堅苦しそう」
ロロは大げさに肩をすくめる。
なんとなしに私は笑ってしまっていた。
周りが私に気遣ってくれているのもあると思う。この世界はすごく居心地がいい。”合う”と直感的に感じ取る。
私が日本での生活について話すと、彼は雲をつかむような感覚で聞いているのか、時折首を傾げていた。だが、そういうものだと強引に理解したようだった。




