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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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植物の生まれた地

「迷惑じゃないかな。余計に気を使わせたり」

「大丈夫だよ。それに彼が倒れたら、私の転移魔法で戻って来れるじゃない」


 確かにアリアの言う通りだ。それは良い案かもしれない。


「でも、アリアはどこに隠れるの?」


 彼女が呪文を唱えると、私がいつも手にしているバッグが肩にかかる。彼女はその中に体を忍ばせた。


「そんなこともできるの?」

「当然よ。もうすぐ戻ってくるよ」


 それから少ししてドアが開き、ジョゼさんが顔を覗かせた。


「じゃあ、出かけますね」

「私も行って構いませんか?」


 ジョゼさんは突然の申し出に目を見張る。だが、すぐに目を細め、表情を和ませた。


「良い経験かもしれませんね。ローズ様かフェリクス様に頼んできます」

「私が頼んできます」


 彼をこれ以上動かすわけにはいかない。私はローズの部屋に行き、事情を説明する。

 彼女は快く私の頼みを聞いてくれた。


「ごめんね。急にわがままを言って」


 ローズは優しく微笑む。


「いいのよ。採取できるといいね。明日の夜になっても戻らなかったら、念のため迎えに行くね」

「ありがとう」


 ローズは優しい言葉で私達を送り出してくれた。


 彼は今すぐにでも行きたかったようだが、私が行くと言ったためか出発を日付が変わる直前までずらしていた。その間、誰かを連れていくということを重く考えたのか仮眠を取っていたのだ。


 城の灯りが落ち、周囲の人が寝静まった頃合いに、私達は診療室の前で待ち合わせをする。城の外に出るともう街の灯りは落ちており、頼りない光が辺りを照らすだけになっていた。


 私達は街の入口まで行く。そこで、ジョゼさんが転移魔法を使用した。


 光の壁の消失とともに現れたのは、青々とした草が広がる草原だ。その脇には木々が立ち並び、わずかな風のざわめきによっても大きく揺れる。その草原の中央部には木材で囲いをされた場所がある。その囲いの上部から白い花が佇んでいるのを覗き見る事ができた。


 ジョゼさんはその花を指す。


「あれが今回蜜を採取しようとしている花だよ。花が咲いてから近寄るようにしているんだ」


 ジョゼさんの足元がふらつく。私は慌てて彼の体を支え、その場に座らせた。


 ジョゼさんが僅かに目を細める。

 私は何か笑われるようなことをしてしまったんだろうか。

 そう思った時、彼は私に詫びを入れる。


「昔のことを思い出してしまったんだ。子供のとき、私は身体が弱かったんだよ。なかなか外で遊ぶこともできなくて、治療も不可能だと言われていた。父親は城の診療室で働いていて、私をここに連れてきてくれた。数年に一度咲くこの花を見るのが数少ない楽しみだったんだ。ずっと次にこの花が咲くときは自分が元気でいられるのか。そういうことばかり考えてい。だから、この花が咲くのを見ると生きているという実感が湧くんだ」


 だから彼はこの花を見たいと思ったのだろうか。

 だが、私の心に疑問が湧きあがる。

 ジョゼさんはそんなに身体が弱いという気がしなかったのだ。


 ジョゼさんは私の疑問に気付いたのか優しく微笑んだ。


「私はこの場所が好きでね、父親の目を盗んでは良くここに来ていたんだ。そんな時、ここで一人の男性に出会い、薬を貰ったんだ。これで病気が治る、と」

「ルーナの妖精ですか?」

「違うとは思うが、分からない。人間に見た目は近かったが、人間ともどこか違う。妙な雰囲気を持っていた。名前も言わずに去っていって、誰か分からないままだけどね。それから、私の体を蝕んでいた病が姿を消した。何をのんだのかも分からないし、お礼も言えないままだった。だからこそ、診療室の手伝いを始めたんだ。今はそれが私の役割であり、今の私にできる唯一の恩返しだと思っているんだ」


 私は目を細めると、ジョゼさんの言葉に頷いた。


 名も告げずに去っていった者。それはあの花が導いた縁だったのだろうか。何もない場所に凛として咲く花の存在感を強く感じる。


 もう日付も変わっただろう。じきに咲くと分かっていてもどこかもどかしい。


「近くで見てみてもいいですか?」

「いいけど、あまり長居はしないようにね」


 私は頷くと、その花の傍まで歩み寄る。


 その花はまだつぼみのままだ。花びらが大きく、妙な存在感がある。花か葉のどちらか分からないが、すごく懐かしいような、優しい香りがした。


 どれ程で咲くんだろうか。咲くときの兆候などはあるのだろうか。

 あの文献にはそうしたことは一切書かれていなかった。

 早く、咲いてくれればいいのに。


 そう強く願った時、私の目の前に眩い光が現れた。その光はミラの花に飲み込まれていく。

 私が目の前の現象に戸惑っていると、花びらが僅かに動いた。


「花びらが」


 私が皆まで言う前に、花が開いたのだ。その花の中心は黄色の液体で満たされ、瞬く星や惑星の光を受け、優しく輝いている。


 私が来るタイミングと、花開くタイミングがぴったりと一致したのだろう。それは分かっていても、驚きから心臓の鼓動が大きくなる。


「美桜。小瓶を置かないと」


 わたしはアリアに促されて、慌ててジョゼさんのところに戻る。

 ジョゼさんが出かける前に小瓶を見せてくれたのだ。これに花の蜜を収めると。


「ジョゼさん、花が咲きました。瓶を置かないと」


 ジョゼさんは座ったまま、私に手のひらサイズの瓶を差し出した。私はそれを手に一足早く戻る。私の置いた小瓶に、黄色い花の蜜が貯まっていく。


 花の傍に到着した彼はその花を見て、目を見張る。その目はいつもより強い輝きを帯びていた。


「タイミング良く花が咲いてびっくりしました」


 ジョゼさんの気持ちが無碍にならなくてよかった。


 だが、彼の視線はすぐ私に戻る。


「ちょうど、日付が変わったくらいか。でも、もう少し後だと思っていたのに」

「きっと、前咲かなかったから、今回はほんの少し早く咲いてくれたんですよ」


 ジョゼさんは目を細めて、優しい笑みを浮かべていた。


「エミールの木と言い、君の行動がもたらす結果は未知数だね。君はまるで花の民みたいだね」


 花の民。その言葉を私はロロから聞いた。そして、ポワドンから戻った日に、地図を見たが、やはりその国の名前はどこにもなかった。違う国をそう俗称のようによんでいるのだろう。


「花の民って何なんですか?」


「花の国の民、いわゆる花の国に住む人たちだよ。この世界の植物が全て生まれた地だと言われている。その国はどこにあるのかも明らかにされていない。神話的なもので事実かは知らないけれど、その国にはあらゆる植物の種と、植物が実るとされている」


「不思議な国なんですね」


 ジョゼさんの話を聞いて、植物園をイメージしたのが、わたしの想像力のなさだと思う。魔法でそうした環境を作り出しているのか、他の理由があるのかは分からないが、すごくきれいなところなんだろうという気がした。


 その時、小瓶がいっぱいになる。私はそれを手に取ると、蓋をした。それをジョゼさんに渡す。


「少し休んで帰りましょう」


 ジョゼさんの顔色が若干良くなったような気がした。私達はジョゼさんの体力の回復を待ち、町に戻ることになった。


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