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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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数年に一度咲く花

 城に入り、マルクさんと別れると診療室に立ち寄る。そこにはローズの姿があったのだ。


 本当なら私が今日ここにいる予定だったが、彼女が代わってくれたのだ。


「お帰りなさい。どうだった?」


 私はオーバンさんに会ったことを含め、経過を伝える。もう彼女には昨日のできごとはあらかた伝えてあったのだ。


 ローズは他愛ない私の話を目を輝かせながら聞いてくれた。


「きっと素敵な箱ができあがるね」

「そうだといいな」


 その時、診療室のドアが開き、ジョゼさんが入ってきた。


「お帰りなさい」


 私とローズはそう声をかけるが、ジョゼさんはいつものような笑顔を浮かべない。顔を強張らせ、こちらを見ている。その様子から尋常でない何かが起きたということは察しがついた。


「何かあったんですか?」

「花が咲かなかったんだ」


 今回彼が採取しようとしたのは、数年に一度しか咲かない花らしい。その日が昨日だったのだ。


 彼はずっと花の傍にいたんだろう。


「じゃあ、しばらく採取できないんですか?」


「いや、今回は幸い二日後にもう一度チャンスがある。だから、それまでに何か手法がないか調べようと思う。悪いけど、もう少しだけ代役を務めてくれるかな」


「構いませんよ」


 ジョゼさんはありがとうというと、診療室を出ていった。



 私は夕方までローズと診療室で過ごした。本を持ってきたジョゼさんと入れ替わりに診療室を出ると、マルクさんと工房に戻る。


 先程の箱が重厚感のある光を放っている。自分で作ったとは思えない出来だ。マルクさんの力が大きいことは良く分かっている。


「ありがとうございます」


「お疲れ様。うまく出来て良かったね。あとは魔法をかけてもらえばいいよ」


 私はマルクさんとお店の前で別れ城まで戻ると、私はリリーの部屋に直行した。彼女は部屋で本を読んでいた。


 私が箱を見せると、彼女は満面の笑みを浮かべる。


「早速魔法をかけるね。テーブルの上に一度置いてくれるかな」


 リリーに促され、彼女の部屋のテーブルの上にそれを置く。


 彼女はゆっくりと呪文を詠唱し始める。彼女の言葉の数に呼応するように、光の粒が現れ、その箱に吸い込まれていく。その光を受けた箱自身が強く輝き、リリーが言葉に終止符を打つとともに、光も収束した。


「これで大丈夫だよ。封はどうする?」


「自分でできると思う。できなかったらお願い」


「分かった。この金属の部分に触れると、設定ができるとは思う」


 私はお礼を言い、自分の部屋に戻る。リリーに言われたとおり、箱の金属部分に触れてみた。打ち水をしたようなひんやりとした感触が手のひらに広がる。


 蓋が締まったんだろうか。緊張しながら蓋を開けてみる。理想としてはそのまま蓋が開かないことだったが、私の意図に反し、あっさりと箱が開いたのだ。


「やっぱりダメなのかな」


「というか、美桜の魔力を礎としているのだから、美桜が開けられるのは当然だと思うんだけど」


 アリアが呆れ顔で私を見ている。

 確かにそうだ。


「開けてみて」

「こんな重たいもの持ちたくない。でも、大丈夫。鍵はかかっているよ。目で見たいなら、リリーにでも見てもらえば?」

「そうする」


 箱が締まっていなかった場合、リリーに迷惑をかけてしまうことが気になるが、報告を兼ねてリリーの部屋を再び訪ねた。


 彼女はその場で箱が締まっているのを確認してくれ、私は胸をなでおろした。




 翌朝、リリーと薬草園に行く前に診療室によると、ジョゼさんが机の上で伏せて眠っていたのだ。


 机の上には本が山積みになっている。それらは夕方、診療室に戻った彼が持ってきた本とは別のものだ。また、夜中も文献を漁り、その花が採取できない理由を調べていたのだろうか。


「ジョゼさん」


 名前を呼ぶが反応はない。だが、彼の様子がただ寝ているだけとはどこか違うのに気付いた。


 私は彼の肩に触れた。彼は熱があるのか、息が上がっている。


「熱があるみたいだね」


 リリーもいつもと違う様子に気づいたのか、私の隣で彼の顔を覗き込んだ。


「ベッドに眠らせたほうがいいよね」


 私は彼を持ちあげようとしたが、さすがに大の大人を持ちあげるには力が足りない。


「アラン様を呼んでくるから、ここで待っていて」


 リリーはそう言い残し、その場を足早に立ち去った。


 二人はすぐに診療室に戻ってきた。アランはジョゼさんに触れると、眉根を寄せた。そして、その場で呪文の詠唱を始める。ジョゼさんとアランの姿が消える。アランは奥にあるベッドから顔を覗かせた。


「一番奥のベッドで眠っています。何かあったら言ってください」


 彼はそう言い残すと診療室を出ていった。


「薬草の確認をしようか」


 私はリリーに連れられ、薬草園に行くことにした。



 薬草園から戻ってくると、私は診療室に残り、ジョゼさんの代わりを務めることにした。


 ジョゼさんが読みかけていた本の続きに視線を落とす。


 ミラの花。それが今回採取しようとした花だ。花を実らせるのは数年に一度。花が咲くとき、花にたまった蜜が零れ落ちるそうだ。エミールの木のような万能性はないが、特定の病気の進行を抑えるのに有効とされる。


 花が咲く日は過去の花が咲いた様々な要件から導き出され、そこには予測日が記されている。その日が昨日と、明日だ。そして、その確率は圧倒的に前者の確率が高いと記されている。次に採取できるのは四年後で、それだと城にある備蓄が持たないらしい。明日、採取できなかったらどうなるんだろう。


 私は奥のベッドで眠るジョゼさんを見た。


 彼はあれから一度も目を覚まさず眠ったままだ。


 ジョゼさんは今日、出ていくと言っていたが、あれではいけるわけがない。


 その時、診療室のドアが開き、ローズが入ってきた。


「ジョゼさんの調子はどう?」


 私は首を横に振る。


 ローズはジョゼさんの枕元に立つと、彼の頭部に触れ、目を閉じる。


 再び目を開けた彼女は、悲しさを滲ませながら、ジョゼさんを見つめる。


「かなり体力が落ちているみたいね。昨日、一昨日とほとんど眠っていないんじゃないかな」


「そんな気がする」


 一昨日は採取ができなかったことで動揺し、昨日はずっと文献を漁っていたのだ。真面目で優しい彼の性格を考えると、少々無理してでも文献に当たろうとするだろう。


 私も手伝えば良かった。少しくらいなら役に立てると思うのに。



 ローズと私はジョゼさんの近くを離れ、先ほどまで私が本を読んでいた場所まで戻る。


「本の予測日はほとんどはずれたことはないよ。まず、明日には咲くと思う。ジョゼさんも分かっていても不安なんだろうね」


「ローズは行ったことある?」


「十二年前に行ったよ。すごく綺麗な花だった。明日の朝型だから、今夜までにジョゼさんの体調が戻らなかったら、わたしが採取しに行くよ。だから、心配しないで」


 ローズは私の不安な気持ちを悟ったのか、笑顔でそう告げる。


 これでジョゼさんもゆっくりできるだろう。私はほっと胸をなでおろした。


 昼を周り、夕方にさしかかったとき、ベッドからジョゼさんが顔を覗かせた。


「大丈夫ですか?」


 私は椅子から立ち上がると、彼の傍に駆け寄る。


「大丈夫だよ。急に倒れて悪かったね。あと、薬を出しておいてくれてありがとう。飲んだら少し楽になったよ」


 彼の顔は朝に比べると生気を随分取り戻したようだ。ただ、顔色はお世辞でも良いとは言えない。今回はローズに任せた方がいいだろう。


 だが、私がローズの話をする前に、彼が話を切り出してきた。


「今夜には出発するから、明日はお願いして大丈夫かな」


「行くんですか? でも、ローズが行くと言っていたから、ジョゼさんはゆっくり休んでください」


「ローズ様にそんなことはさせられないよ。あと一晩だけだから大丈夫だよ。たっぷり眠ったしね」


 そう明るい笑みを浮かべるジョゼさんの顔色はすごく悪い。


「でも」


「私は今の仕事が好きなんだ。だから、できるだけ自分でしたいと思っている。それは私のわがままだと分かっているんだけどね。あの花が咲くのを見るたびに、生きていると実感できるんだよ」


 彼にとっては花の蜜の採取以上に、大事な何かがあるんだろう。


 それを私が止めてはいけないと思ったのだ。


「分かりました。気をつけてくださいね」


 ついていきたい気持ちはあるが、転移魔法で移動するのに私がいては足手まといになる気がする。一人より二人の方が神経を使いそうだから。


「ありがとう。今から準備をして出ていくよ」


 彼は笑顔を浮かべると、部屋を出ていった。


 彼は城の二階に住んでいるので、部屋に戻り準備を整えるのだろう。


「美桜」


 名前を呼ばれ、顔を上げると、部屋にいるはずのアリアがいつの間にか机の上に座っている。


 そういえば彼女は町の中でも転移魔法を使えたんだっけ。でも、ここにいられて、誰かに見つかるとまずい。


「どこかに隠れて」


「心配なら私達もついていこう。その場所に行ってみたいと思わない?」


 彼女は笑顔でそう私に告げた。



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