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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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事の成り行き

 その魔方陣の中に入ると、地面が白い壁が眼前に現れる。

 転移魔法陣と呼ばれるように転移魔法を使った時に似ている気がした。


 白い壁が薄くなると同時に目の前に現れたのは二人の巨大な男。彼らは鋭い眼差しで私達を威嚇した。


「念のため下がれ」


 ロロに言われ、リリーと魔法陣の後方に移る。その直後、男たちの体がその場で崩れ落ちる。


「あとはこの外に出たときだな。まずは俺が外に出る」


 私とリリーは壁の陰に隠れたが、扉を開けたロロが小さな声をあげて固まる。


 私とリリーは顔を見合わせる。何か予想外の事が起こっているかもしれないと思ったのだ。まずはそのドアの向こうで起こっていることを把握しようとロロの背後に立つ。


 唖然とした顔で私達を出迎えたのは、綺麗な栗色の髪の毛をした男の人だ。


 予想外の事態に言葉が出てこない。


「何でラウールがいるの?」


 リリーが最初にそう口にする。


「この国の王に呼ばれたんだよ。ロロに準備してもらった薬を届けにな」


 ロロを連れ出す時にラウールが云々という話をしていたのを思い出した。


「あの薬はここのオーガが使うためのものだったのか?」


「まあ、そういうことだ。子供が、この国で取れる薬草では治療不可能な病になっているらしく、頼まれたんだよ」

「無事に治った?」

「まだ完全にとはいかないが、随分回復したようだ」


 ロロはほっと顔を和ませるが、ラウールは冷たい目で私達を一瞥する。


「で、お前たちは何でこんなところから現れたんだ。背後にはここの警護をしているオーガが倒れているようだが」


 私達は顔を見合わせると、お互いに肩をすくめた。


「指輪を返してもらいにきたの」


 私は一連の流れを説明する。


 ラウールがわざとらしいためいきを吐いた。


「要は無断で侵入して、警備に当たっているオーガを眠らせたと。まるで盗賊だな」


 冷たい言葉が突き刺さる。


 そんな私達をどこからか現れた巨大な男たちが取り囲んでいた。


「ラウール、後ろ」


 ラウールは私の言葉に背後を一瞥する。その彼が軽く頭を下げた。そのオーガの中に青い肌をした一際体の大きな存在がいた。


「ここだと目立つので、詳しい事情は私の家で聞きましょう」


 彼はそう言うと、踵を返し、歩き出した。


 私達もラウールに連れられ、そのオーガの後を追った。



 「本当に申し訳ない」


 私達はラウールに促されるようにして、頭を下げた。


 青い肌のオーガはこの国で一番偉い、統治者的な存在らしい。


 彼に連れられ、岩の転がる道を歩み、宮殿という言葉に相応しい建物の前に到着したのだ。その大きさからか、ブレソールのお城よりもかなり豪華な印象を受ける。開けっ放しの門を通り、建物の中に入ると、入口のすぐ傍にある部屋に案内された。部屋は天上が高く、中も驚くほど広い。


 だが、その広さに驚いてばかりはいられない。私達をあそこに案内したオーガが椅子に縛られた状態で座っていた。今までの事情をラウールとロロが説明していく。


 ロロの説明は知り合いが指輪を落とし、それをあのオーガが持っていた。そのため、それを返す条件としてメサを採取するようになったと。


 私達をここに連れてきたオーガはレジスさんと言うらしい。

 その人が言うには、メサを採取するどころかあの草原に行くのは前もって特別な許可が必要らしい。だが、そのオーガは許可を貰っていなかったそうだ。


「こちらこそ、申し訳ない。もっと事情を説明しておけば良かったのですが。まさか、そこまで思い切った行動に出るとは」


 私達にあそこに行くように促したオーガは巨大なオーガに頭を押さえつけられている。


 あの後、彼はすぐに捕獲され、ここまで連れてこられたらしい。


 子供が病気だというのは本当で、なかなか子供の病が治らないのを気に病んだオーガがやってきた私達を利用しようと決めたようだ。メサを選んだのは、万能薬的な物なので、良く使われているという考えかららしい。


 彼も突然、規則に反する行動を起こしたわけではない。国に許可を貰おうとしても、じきに薬が届くと言われ、許可が下りなかったのだ。


 レジスさんも指をくわえて病状が悪化するのを見ていたわけではなく、もともと顔見知りだったラウールに相談したり、他のつてを当たったりと治療法を探していたようだ。そして、有用とされる薬草をロロが所持しているのを聞きつけ、ラウールに頼み込んだらしい。


 だが、そのことを知らされていなかったオーガはその間に国への不信感を募らせていったのだ。双方に原因があるということで、私達がしたことは不問にされた。


「ここ最近、物騒な噂が流れていて、警備を強化していたんですよ。随分と手荒なことをしてしまったみたいで申し訳ない」


「物騒な噂?」


 ラウールは怪訝な顔をする。


「この国のオーガが外の国野者を手引きしているという噂がありましてね。今回は無関係だったようですが」


 あの草原で出くわしたオーガは警備に当たっていて、侵入者がいることを察知し、草原にかけつけたそうだ。ロロが解毒剤を与え、レジスさんが事情を説明したことで、状況は収まった。


 私達はレジスさんに国の入口まで送ってもらい、彼らに別れを告げると、ポワドンを離れることになった。


「でも、わざわざここまで来たんだな」


 洞窟の中に入ってしばらく歩くと、ロロがラウールに声をかける。


「誰も来たがらないからな。転移魔法で来れるから届けてさっと帰るつもりだったんだ。まあ、タイミングも良かったかもしれないな」


 ラウールはそう淡々と語る。


「でも、ラウールはいろんなところに行けるんだね」


「妖精の国に住んでいる時に、セリア様にいろいろなところに連れていかれたんだよ」


 セリア様というのはアランのおばあさんだ。まだ一度も会ったことはないけれど。


「で、その人間は大丈夫なのか? オーガに殴られたというのも物騒な話だな」

「大丈夫。この指輪があれば、もう行かないと思うよ」


 ロロがそう、笑顔で答える。


 その時、洞窟の出口が見えてきた。


「俺はこのまま国に帰るよ。何かあれば言ってくれ」


 ラウールは呪文を詠唱しかけて、それを中断した。


「ロロ、周りを気遣うのも結構だが、ほどほどにな」


「分かっているよ。本当にありがとう。あと、悪いけど後でルイーズにあの小屋に来てほしいと頼んでくれ」


 ラウールは分かったと言うと、転移魔法で去っていく。


 私達もリリーの転移魔法でロロの小屋に向かう。


 ドアを開けると、ベッドに横になっている男性と目が合う。男性は私たちが一緒に戻ってきたことに驚いたようだ。だが、ロロが彼のベッドの脇に行き、手にした指輪を見せると、その瞳がより大きく見開かれる。


「これだよな」

「探してきてくれたのか?」

「ポワドンに行って、返してきてもらった」

「ありがとう」


 男性は指輪を抱き寄せていた。その目から、大粒の涙が毀れる。それ程、奥さんのことを愛していたんだろう。


 私達は彼が泣き止むまで外に出る事にした。もちろん、オーバンさんも一緒だ。もう彼を見張る必要もないからだ。


「でも、なぜあの人を助けたんだ? 国に任せておけば良かったのに」


 ロロの問いかけに、オーバンさんは寂しそうに笑う。


「昔、あの人に命を助けられました。だから、恩返しをしたいと」


 オーバンさんは私を見て頭を下げる。


「あなたにも酷いことをしてしまって申し訳ありません」


「気にしなくていいよ。今は何ともないんだもん」


 ロロに事情を聞かれたので、一連の流れを説明すると、ロロはお腹を抱えて笑い出す。


「また、眠らされたのか」

「本当にすみませんでした」

「気にしないでいいよ。ロロが笑っているから、オーバンさんも気にするよ」


 私の言葉でロロは笑うのをやめた。


 オーバンさんは立ち上がると、深々と頭を下げた。


「私は一足先に帰ります。女王に報告していただいても構いません。罰ももちろん受けます」

「黙っておくよ」


 リリーは私を見ると、頷いていた。

 私も異存はない。


 彼は深々と頭を下げると、転移魔法で戻っていく。

 私達は一息つくのを待ち、小屋に戻る。


「何かお礼をします。ほしいものがあれば、何でも言ってください」


 男の人の言葉に、私達は顔を見合わせる。そもそもお礼目的で動いてはいなかったのだ。


 最初に返事をしたのはロロだ。


「俺はいいよ」

「私もいらない」

「私も」


 私達は順に答え、逆に男性が困ったような顔をしていた。


「じゃあ、一つだけ。これで当初俺が言った通り、三日間は大人しくしておいてくれ。家にはきちんと送るよ」


「本当にありがとう」


 ロロはルイーズにこの男性を連れて帰ってもらうと言っていた。


 私達はロロと別れ、妖精の国に戻ることになった。そして、リリーと相談し、今回のことはローズ以外には伏せておくことにした。

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