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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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思わぬ襲撃

 私はロロの言葉で現実に引き戻される。綺麗だとその美しさを感じている余裕はない。


 オーバンさんはずっと見ていてくれるだろうが、早めに帰るのが一番だ。


「でも、探すしかないよ。その薬草の特徴は?」


 リリーは顔を引きつらせながら、ロロに問いかける。


「希少な薬草で、あまり数は生えない。背丈は低く、膝丈くらいの高さだろう。なので、他の草木の影になっている可能性も否めない。花が実っていれば、白い花を咲かせる。だと思う」


 ロロは花や葉の特徴を丁寧に伝えていく。私達はその特徴を叩き込み、目の前の薬草を一つずつ調べていく決意をした。


 リリーが入り口付近を、ロロが最奥を、そして、私がその中間を調べるように割り振られる。


「メサ、か」


 どんな薬草なんだろう。今日中に国に戻れるのだろうか。


 不安が頭を過ぎる。


「美桜、目を瞑って」


 鞄からアリアの囁き声が聞こえる。


「何で?」

「いいから。目を閉じて、ゆっくりと深呼吸して」


 言われたとおりに深呼吸する。リリーもロロも探しているのにこんなことをしていていいんだろうかと思った時、眼前の灰色の世界に白い花を実らせた草が浮かび上がる。メサのことを考えすぎてイメージを映像として見たんだろう。


「開けていいよ」


 アリアは私に何をさせたかったんだろう。意味が分からずに目を開けると、ある一点が視野に収まる。何かが見えたわけではない。なぜかそこに目が届いたのだ。


 再び、そのその何かを感じた方向を見据えると、奥にある草が僅かに煌めいていたのだ。目をこすり、再び見たが、その光は見えない。何かを光と勘違いしたのだろうか。


「できるだけ草の少ない部分を歩いたほうがいい。何かあったのか?」


 ロロが私の傍まで寄ってくる。立ち止まり目をつぶっていたので、何かがあったと思ったのだろうか。


 彼の言葉が、私を見て止まる。


「あそこにある気がする」


 こんな不確かな感覚でロロに伝えて良いかという迷いはある。だが、同時に妙な確信が胸に湧き上がってきたのだ。


 ロロは後ろを見やり、再び向き直る。


「案内してくれるか?」


 私は足元に注意しながら歩いていく。そして、先ほど、きらめきを見つけた場所で足を止める。


 そこには大きな木に隠れた状態で白い花が佇んでいたのだ。葉や花の特徴がロロの言っていたものと一致する。


「これじゃない?」


 不安になり振り返ると、ロロは唖然とした表情で私を見ている。


「これだよ」

「これで指輪を返してもらえるね」


 私はリリーを呼び、花を見つけたことを教える。リリーの表情がぱあっと明るくなる。


 彼女は慌てて私達の傍までやってくる。


「この広い花畑で一瞬で探し出すなんて。お前、もしかして花の民なのか? それだったら、ブレソールでのことも納得できる」


 リリーが到着した時、ロロはそう言葉を漏らした。


「花の民?」


 そんな国、リリーの教えてくれた地図には載っていなかった気がする。それとも私がすっかり忘れているのだろうか。覚えることが多すぎて、絶対にないと言い切れないのがつらいところだ。


 だが、ロロの言葉は断じて違うと言える。日本で生まれて育った私がそんな種族なわけはないし、ロロには中途半端な状態でしか知らせていない。だから、誤解を招いたんだろう。


 ロロになら言っても大丈夫な気がする。


「私ね、他の世界から来たの」


 リリーは驚いたように私を見るが、止めたりはしなかった。


「他の世界?」

「こことは違う、魔法のない世界なの」


 その時、ロロが手を横に振る。彼は真剣な顔をして、リリーを見る。


「お前はこいつを抱えて動けるか?」


 リリーは首を横に振る。


「なら、少しでいい。あいつらの動きを止めてくれ」


 リリーは頷くと、横に動く。そして、ロロは私の手を引く。 

 状況をのみ込めない私はただされるがままになっている。


 その直後、私の座っていた場所の少し前方に大きな斧が振り下ろされる。斧を振り下ろしたのは赤い肌をした巨大な生物だ。私達に薬草を取りに行けと言った人たちと少し似ている気がする。


「いきなりかよ」


 ロロは私の前に立つと、苦笑する。


「何をしにここにきた」


 赤い肌をした男の黒い瞳が私達の姿を捉える。そして、もう一人いる。リリーは後方で、呪文の詠唱を始めたようだ。


 男達の足元に蔦が絡まる。だが、すぐに蔦が絡みつかず、地面に引っ込んでしまった。これがあの男性の言っていた対魔法なのだろう。


 ロロは苦い表情を浮かべた。


 斧を抱えた男が振り返り、リリーを見る。


「お前はどこかに隠れていろ。できれば右手に行け」

「でも」

「お前がいないほうが動きやすい」


 彼は運動能力が高い。きっと私がいないほうが良いだろう。

 私は言われたとおりに木の陰に隠れる。巨大な男たちはロロとの距離を詰めていく。


「アリア、どうしよう」


 私がバッグを開けると、アリアと目が合う。


「大丈夫よ」

「でも、あんなに体格の差があるのに」

「ラウールとアルバンも似たようなものだったじゃない」

「大きさが違うよ」


 私は不安げにロロを見る。オーガ達はロロに狙いを定めたようで、彼との距離を徐々に詰めていく。


 だが、ロロは全く焦りを見せない。


「俺がいたのが不幸だったな」


 ロロはそう言うと、勝ち誇った笑みを浮かべていた。


 巨人はロロに斧を振りかざそうとした。


 ロロは何かを取り出すと、その巨体に投げつけた。その球形のものが空で弾け、粉のようなものが辺りに散らばる。ロロは後方にはねた。


 オーガはその場でうめき声をあげ、足踏みをする。斧は彼の手から離れ、ロロが少し前まで経っていた場所に突き刺さる。彼が動くたびに、この美しい大地が揺れる。だが、少しして、その場に崩れ落ちた。


「薬が少なすぎたか。たく、どんだけタフなんだよ」


 ロロはバッグの中から何かを取り出す。


「今度は即眠らせてやるから安心しな」


 その言葉にもう一人の巨人が顔を引きつらせ、踵を返した。その巨人の後姿にロロの投げた球形のものが襲いかかる。それが空中で弾け、先ほどのような白い粉が舞う。直後、オーガの体がその場に崩れ落ちる。


 二人の巨人は倒れたまま身動きさえしない。


「こいつらを縛るか。何か強そうな紐は」


 私は辺りを見渡し、枯草を手に取る。


 それを持っていくとロロはお礼を言い、彼らの体を二体同時にあっという間に縛り上げた。


 リリーは戸惑いを露わに、ロロのところまで戻ってきた。


「それは薬草なの?」


「良く使われる眠り薬だよ。本当は寝付けないときや、睡眠が必要なときに使うんだけど、分量や他の薬と混合させれば、こうした使い道もできる。この解毒薬をのまない限り、半日は起きないから大丈夫だよ」


「でも、このまま目覚めなかったりとか」


「大丈夫。その辺りは体に残らないように調合してある。とりあえず薬草を取って、戻ろう」


 私達はロロの言葉に頷いた。


 ロロは手際よく、薬草を採取する。


「また、あの道を通って帰るのか」


 私達は来た道を戻ろうとするが、草原を出たときリリーが私達を制した。


「あのオーガが他のオーガに取り押さえられている」


 彼女の言葉に向こうを見ると、青い肌をしたオーガと、赤い肌をしたオーガがいる。赤い肌をしたオーガが座り込んでいるような気がしたが、背景に溶け込み、はっきりとは見えない。


「だって、国の許可をもらった、と」

「嘘だったのかもしれない」


 リリーの言葉に血の気がさっと引く。


「何体いる?」

「五体。あのオーガは手に縄をまかれている」


 ぼんやりとしか見えない私とは異なり、リリーには今の状況がはっきり見えているようだ。


「眠り薬を使えるのはあと三体までだ。もし数で押し切られたらまずい。それに捕まるとラウールに迷惑がかかる」


 ロロは苦い表情を浮かべる。


 私達が入ってきた入口近くに白色に輝く円を見つけた。そこには何か文字が書かれている。私がそれを見ているのに気付いたのか、リリーも同じ方向を見ると言葉を漏らした。


「転移魔法陣」


 リリーは眉根を寄せ、それを睨む。


「転移魔法陣は、特定の場所を繋ぐために描かれるの。もう一つ対になる魔方陣があって、そこに到着するの。町の中で行きにくい場所に行くときに主に使われる。魔法が使えない人でも、行き来できるというわけ」


「これを使えばオーガの住む町に戻れるのか。あいつはなぜあの道から俺たちを行かせたんだ? そもそも自分で採取したらいいはずなのに」


 ロロは一度そこで言葉を切る。


「一か八か賭けるか。どうせ向こうに行っても捕まるし、足場が悪い分抵抗できない。こちらから踏み込めば、他に打開策があるかもしれない」


 他に選択肢はないんだろう。


 ロロは私達に包みを渡す。


「これを今すぐ飲んでくれ。睡眠薬の解毒剤だ」


 私とリリーは言われたとおりにそれを口に含んだ。ロロもそれを一つつまむと口に含む。


「覚悟はいいな」


 ロロの言葉に私もリリーも頷いた。

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