妖精の国と呼ばれる理由
私の名前を呼ぶ声が聞こえる。私は頭がはっきりとしない状態で目を開けた。
そこにいる金髪の少女を見て、私は我に返る。
「良かった。大丈夫?」
リリーの青い目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ここにきたら、美桜が倒れているのが見えて、どうしようかと思った。何かあった?」
記憶を手繰り寄せれば思い出すのは赤い目にじろりと見られた記憶だ。魔法をかけられたのだと思う。それをリリーに伝えると、彼女は眉根を寄せた。
「他に覚えているのは?」
「肌が褐色で、髪の毛がそれより深い茶色で」
私は今の位置を確認すると、その何かが鉢合わせたと思しき薬草がある。
「ここから出てきたの」
私は彼が出てきた薬草を指差す。
「オーバンさんなのかな」
リリーは不安そうな表情を浮かべる。
「オーバンさん?」
聞いたことのない名前に思わず聞き返す。
「ここからもっと森の深い場所に入ったところに住んでいる妖精でね、あまりこっちにはこないんだよね。フードを被っていたなら、その姿もはっきりとは見ていないか」
「離れにも妖精が住んでいるの? この町だけかと思っていた」
リリーは首を横に振る。
「もっと奥地に入れば、いろいろな妖精が住んでいるよ。奥地に行くと、他の種族にはほとんど侵入されないから、安全なの。この国が妖精の国と呼ばれているのは、様々な種族の妖精が住んでいるからなんだ。他の国から一時的にここに住むこともあるんだよ。私達はエルフという種族だけど、オーバンさんはコボルトと呼ばれる種族なの」
「だから妖精の国なんだ。そのエルフ達とは一緒には住まないの?」
エルフが住む国があるというのは、リリーと地理の勉強をした時に知っていたが、リリー達と結び付けることはしなかったのだ。
リリーは頷く。
「考え方が根本的に違うのよ」
リリーは寂しそうに笑う。
「彼だったとして、盗っていったのは、解熱剤か。何か引っかかるね」
「熱があったとか?」
「それならお城で申請したら普通にもらえるし、熱があるなら普通に申請してもらうと思うんだよ。解熱剤はお金もかからないし、盗むメリットがないよ。家族もいないし、何かあったのかな」
確かにその通りだ。わざわざ薬草園で盗む必要なんてない。
「アラン様を呼んでこようか? 私は美桜を連れて帰れないから」
「少し休めば良くなると思う」
「分かった。私は薬草の確認をするね。美桜はここに座っていてね」
リリーはそう言うと、薬草の確認を始める。私も立とうとするが、眠りから覚めたばかりのためか、眩暈がした。無理をせずにリリーの言葉に甘えることにした。
リリーが薬草の確認を終えるまでどうも体の調子が戻らず、彼女に全て任せてしまうことになった。
「ごめんね」
歩けるようにはなったので、城への帰り道に、リリーに詫びを入れる。
「いいよ。私も一人で行かせたのがまずかったんだと思う。でも、かなり強い魔法をかけたみたいだね。普通、ここまで強い睡眠魔法はかけないのだけど」
リリーは何かを考え込んでいるようだ。そのオーバンさんという人を気にしているのだろう。
私達は城に到着すると、診療室に入る。そこにはローズの姿があり、彼女は睡眠魔法の後遺症を楽にしてくれる薬を出してくれた。その薬を飲むと、ふっと体に感じるだるさが楽になる。
「でも、それがオーバンさんなら何で美桜を眠らせたんだろう。今まで普通に薬を取りに来ていたのに」
ローズは薬を片付けながら、困ったような笑みを浮かべる。
リリーは彼女の言葉に頷いた。
「私、オーバンさんに会いに行ってみるよ。何かあったら大変だもん。オーバンさんだったらきちんと注意しておくよ」
「それはいいよ。何もなかったんだし」
それより気になるのが、本当にオーバンさんという人が私を眠らせたか、だ。間違っている可能性もあるのだ。
「私も行く。本当にその人かオーバンという人か分からないし、違っていたら申し訳ないもの」
「分かった。朝食を食べてから出かけよう」
私達は朝食後、準備を整え、出かけることになった。
部屋に戻った時、アリアに事情を話したら、呆れられ、彼女も一緒についていくことになった。
リリーの転移魔法で移動した先は辺りを森に包まれた場所だ。その少し先には小屋が立っている。リリーによれば、そこが彼の家らしい。
私達は小屋の前に来ると、リリーが私に下がっているように促した。
「開けるね」
リリーの言葉に頷くと、彼女は玄関をノックした。すぐに扉が開き、赤い瞳が覗く。
あの妖精だ。
その妖精が私と目が合い、扉を閉めようとしたが、一足早くリリーは扉をさっとつかむ。
「事情を聞きに来たの。何かあったのなら、力になるよ」
すると、その妖精は扉を開け、私達を疑うようなまなざしで見つめていた。
「私を捕まえに来たんじゃないか?」
「まずは事情を聞かせて。なぜ、解毒薬を盗んだの?」
彼は苦々しい表情を浮かべる。
「人間が熱を出しているんだ」
「人間? どこから連れてきたの?」
リリーの問いかけに彼は黙り込む。
「その人間はどこにいるの?」
彼は扉を開け、私達を招き入れた。中はベッドと木製の引出しが置いてあるだけのシンプルな部屋だった。そのベッドの上には黒髪で体格の良い男性が横になっている。
私はその男性の額に触れる。かなり熱が高い。男性の顔は赤く染まり、呼吸も乱れている。はっきりしない言葉を幾度となく口にする。うなされているようだ。
「いつから熱を出しているの?」
「三日前」
「なら、体力もかなり落ちている可能性もあるね。どうやって薬を与えたの?」
男性は器を持ってくると状況を説明する。
その男性はすりつぶして、それを水で溶き、飲ませたようだ。その薬草を飲む方法の一つだ。
「その解毒薬が効かないなら、妖精の国で他の薬を出すより、ブレソール当たりで薬を買ったほうがいいかもしれない。向こうの国には人間には良く効く解熱薬もあると聞くし」
リリーは私を見て頷く。私は彼女の意図を察し、頷き返した。
「でも、ブレソールに私が行っても薬を売ってくれるかどうか」
「私が行くから大丈夫。ただ、お金を貸してほしいの。私は手持ちがなくて」
昨日のお金を持ってきたら良かった。
男性は慌てて引出から金貨のように金色に輝く硬貨を五枚取り出し、私に渡す。それで足りるかは分からないが、とりあえずロロかおじさんに相談してみよう。
彼は男性を抱きかかえる。私はもう片方の腕をつかみ、彼を支える。
そして、家から少し離れた場所まで来ると、リリーは転移魔法を使った。
リリーの転移魔法で到着したのはブレソールから少し離れたところにある茂みだ。私は二人に断り、ブレソールに入ることにした。あの三人に襲われたときのことが頭を過ぎるが、迷う余裕がないのはすぐに分かる。
門を抜け、ほっと胸をなでおろす。
幸い、あの薬屋に行く道筋は覚えているので、最初にブレソールにきた時と同じ道順を辿り歩いていこうとした。
だが、細道に入ろうとしたとき、腕を捕まれる。
誘拐事件のことが脳裏を過ぎるが、振り向きざまに見た顔を見て、ほっと胸をなでおろした。
ロロが布袋を手にした状態で立っていたのだ。
「お前、何でこんなところを一人でうろついているんだよ。誘拐されかけたの分かってんのか?」
「人間の急患がいるの。すごい熱で、向こうの解熱剤を飲ませても効果がなくて、もう三日もその状態で」
「何を飲ませた?」
わたしが具体的な薬草の名前と分量を伝えると、彼は厳しい顔をする。
「恐らく、他に大きな原因があって熱を出しているんだよ。どこにいる?」
「城の外に」
「分かった。今から準備していくよ」
「お金、これで足りる?」
私は妖精からもらった硬貨をロロに差し出した。
「これってその人間のお金?」
私は首を横に振る。
「その人間を見つけた妖精が持っていたの」
「十分だが、金の話は後だ。まずはその人間の状態を確認しよう」
私とロロは一緒にあの薬屋まで戻る。
「これをラウールが来たら渡しておいてくれ。今から出かけてくる」
ロロは布袋をおじさんに渡す。ロロは家の中に入り、大きなバッグを持ってくる。そして、ロロと一緒に城から出ることになった。




