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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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土地の活用法

 ブレソールに入る時は、いつもは通用口から入るが、その日は勝手が違っていた。ラウールの呪文の詠唱が終わると、人気のない場所に立っていたのだ。近くに人の家々が立ち並んでいるので、町の中というのは分かる。


 ラウールは私を先導するように歩き出した。ルイーズが私に会いたいと言っていたため、わざわざラウールが私をブレソールまで連れてきたのだ。本当はリリーやローズとも会いたがっていたらしいが、この二人をブレソールの中に連れていくのは、少し難易度が高いため私だけが会いに来ることになった。


 緩衝地帯の件は幾度となく話し合いが行われ、ルイーズが買い取ることになったとラウールから聞いた。あの時はそんなに考えていなかったが、それ程の大金を出せるというのは相当の資産家なのだろうか。


 ラウールの足が止まったのはそこから歩いて数分の大きな家の前だ。木製の家で壁は茶色に塗られている。広いことは広いがそんなにお屋敷といった印象はない。


 ラウールがノックすると、ルイーズが顔を覗かせた。


「良く来てくれたね。早速だけど」


「泥棒」


 私達の後方でそう声が響いた。青い服の男性が背中を向けてかけていく。動こうとしたラウールをルイーズが制した。


「平和に治めるのが一番だよ。あの青い服の人ね」

「お前がやると逆に危ない気がするが」


「気のせいよ」


 ルイーズはそのまま詠唱を始め、男性の動きが突然止まった。


 ルイーズは詠唱を続けたまま、歩き出す。


「何をしたの?」


「男の足元を見ると分かるよ」


 ラウールに促され、足元に目を凝らすと、何か茶色のものが見えている。それが何かは距離を縮めてからやっとわかった。地面から土の塊が現れ、その男性の足をつかんでいるのだ。


 男がこちらを見て引きつる。


「ルイーズ様とラウール様」


 ルイーズが詠唱をやめ、男の足についていた土が姿を消す。


 その男の腕をラウールがつかむと、男は力なく項垂れた。


 そこに細身の女性が駆けつける。彼女は男の持っているバッグを見て、ほっと息を吐いた。


「助かりました」


「これはあなたのですか?」


 ラウールの問いかけに、女性は頬を赤らめながら頷く。


「状況をまとめたいので、警察まで同行していただけますか?」


 女性とラウールがその犯人を連れていくことになったようだ。その荷物はラウールが持っているが、女性がそれでいいならいいんだろう。丁寧な言葉を使っていると、本当に王子様みたいに見える。


「今から彼を警察に連れていくよ。後で行く」


 ラウールはわたしとルイーズを見て、そう告げる。


 その時、ローブを着た男性が駆けてきて、ラウールが手短に事情を説明していた。


「私の家で待ちましょう」


 そう笑顔で告げるルイーズの家に戻ることになった。家の前には先程はいなかった人がいる。


 彼はこちらを見ると、頭を下げる。


「ロロ、久しぶり。相変わらず可愛いね」


 そのルイーズの言葉に、ロロの顔が真っ赤に染まる。


「お前、変なこと言うなよ。わざわざ話があるというから来てやったのに」 

 動揺しているのか、照れているのか分からないロロと異なり、ルイーズは穏やかに笑う。


「本当のことなのに。クラージュ近辺の薬草採取をしたがっていたよね。これから行く予定だから、連れて行ってあげる」


 その言葉にロロの表情が明るくなる。


 ルイーズが扉を開け、彼女は私とロロを家の中に招き入れる。


「ラウールから大まかな事情は聞いたけど、お前、相変わらずやること派手だよな。いくら出したんだよ」


「一千万テール」


「相変わらず金持ってんな」


「さすがに今回は少し足りなくてお父様から借金したから、しばらくは大人しく過ごすよ」


 彼女は玄関の右わきにある部屋に私とロロを通す。そこには大きなテーブルとイスが並んでいる。


 そこには紙とペンがあり、何か家の見取り図のようなものが書かれていた。


「とりあえず家でも作ろうと思うんだけど、ロロが薬草園を作りたいなら作ってもいいよ。どうせ土地も余っているしね」


 緩衝地帯の土地を買う上で、どうしたら良いかというのが幾度となく話し合われたようだ。ルイーズ自体はそのまま残しておいて良いと言ったが、人間の侵入を防ぐには、何か建物を作ったほうが抑止力になるのではないかという話になったらしい。


 そのため、別荘のような感覚でそこに建物を作ることになったらしいが、ルイーズは何を作るかで頭を悩ませているようだ。


 私を呼んだのもその設計図を見てもらいたかったからだと聞いた。


「とりあえず土地を見てからだな。今から、見に行こうよ。あの辺りはこの辺では取れない薬草も多いし、テオ領だった手前、なかなか入れなかったんだよね」


 ロロは早速その話に乗ってくる。


「ラウールが戻ってきたら行こうか。美桜さんもどう?」


「わたしも行きたいです」


 ルイーズは優しく微笑んだ。


 その時、ロロがテーブルの上にある紙に触れる。


「この図面は本気なのか?」


「良く分からないから好きなように書いたんだけど」


 その紙を見て、ロロが苦言を呈した理由に分かる。だって、その地図には部屋と工房しか書かれていなかったのだ。用途によるが、あの場所であれば水などもいるだろうし、あまりに淡白すぎる。


「建物を作って、そこにはいかない予定?」


「たまに行くよ。そっちのほうが住み心地が良ければ、長らく住むかも。アンドレさんの使っていた工房も使っていいって言われたんだ」


「ならいろいろ足りないと思うよ」


 ロロの具体的なアドバイスを受けて、彼女はそのまま地図に書き加えていく。時折、ロロに修正されながら。


 出来上がった図面はかなり本格的なものになっていた。人の家の見取り図といってもおかしくない程に。


 その時、玄関がノックされる。


「ラウールだ」


 ルイーズはそう言うと、軽い足取りで部屋を出て行く。


 彼女はすぐにラウールを連れて戻ってきた。


「家の設計図が完成したよ」


 彼女はラウールに図面を見せる。


「ロロに手伝ってもらったのか」


「家っぽくなったね。とりあえず誰かに見てもらって、実現可能か調べないと」


「クラージュのエリックに頼めばいいよ。彼も確認してくれると言っていたから。建築もクラージュの獣人に頼むんだよな」


「そのつもり。ここから人を連れていくのも大変だしね。これから楽しくなりそう。今日は時間ある?」


「ルイーズに会うと言ったら、フランクが時間を作ってくれたよ」


「なら、今からクラージュに行こうと思うから一緒に行こう」


 ルイーズは紙を折り畳むとバッグに入れる。


 フランクという人は名前だけ良く出てくるが、すごく忙しそうだ。お城の中はエリスの部屋だけは行ったことがあるのが、どうなっているのか全く想像できない。そういえば、ニコラにもあれ以来一度もあっていない。


「ニコラさんは元気?」


「元気だよ。今はエリスの護衛をしている」


 エリスには護衛がいないんだろうか。それともニコラが二人の護衛をしているのだろうか。


「そういえば、まだテッサは迷っているんだよね。もうすぐ王妃様が休暇から戻られるのに」


 王妃という名前にロロとラウールは一瞬、顔を引きつらせた気がした。


「仕方ないよ。命にかかわるものだし、強制はできない」


「テッサが大事なのはエリスの命だからね。彼女が無理だと思えば、その時には私が周りを説き伏せるから大丈夫よ。行こうか」


 ルイーズはそう明るい笑みを浮かべる。


 ラウールも彼女を見て、優しく微笑む。


 彼はさっそく詠唱を始める。そして、光の壁に包まれたあと、広い土地が視界を覆い尽くす。到着したのは緩衝地帯だ。地平線が広がり、目を凝らせば町が見える程度の何もない空間だ。トラブルを避けるための空間なので、何もないが少し物寂しい気がする。


 ロロが驚きの声をあげ、近くに生えている草に触れる。どうやらかなり珍しい薬草らしい。


「この辺りはあまり手を加えていないだけあっていいな」


 ロロはかなりこの場所が気に入ったようだ。


 この土地には街を作った時に張られる特殊な結界が既に張ってある。そのため、誰もが転移魔法で出入りできる状態ではなくなっていた。


「この辺りに作る予定だけど、ロロの薬草採取に都合が悪ければ別の場所にも移すよ」


「いや、これは植え替えれるし、大丈夫だよ」


「ロロも遊びに来てよ。美桜さんもね。ローズさんやリリーさんにも伝えておいて」


 私は彼女の言葉に微笑んだ。


 その決断が良いのかは分からない。でも、現状とは何かが変わるのだろう。


 あの神の涙と呼ばれた石は、今は必要ないと考え、再び地中に埋められたそうだ。また、必要だと思われるときに、その眩い姿を現してくれるだろう。


 ロロの薬草の採取はせずにどこに何があるのかと地図と薬草名をささっと記載する。その中には私が知っているものもあれば、そうでないものもある。こうしてみると彼の知識は半端ないと思う。


 ロロの作業がひと段落するのを待ち、私達はラウールの転移魔法でクラージュに行くことになった。


「ここがクラージュか」


 ロロは不思議そうにあたりを見渡す。その時、透明感のある声が響く。


 顔を上げると、ポールがこちらにかけてきていた。


 彼は真っ先にラウールの傍に来る。そんなポールをラウールは抱き上げていた。そして、ロロとラウールが先に歩き出す。


「行きましょうか」


 ルイーズに促され、私達も彼らの後を追うことにした。


                          第二章・完

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