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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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光の儀式

 目の前には見慣れた風景が立ち並ぶ。妖精の街の入口だ。あの工房から一瞬でここまで来たことになる。


 私は違和感を覚えながらも、彼が以前クラージュ国内であればどこでも行けるといっていたのを思い出したのだ。


「行こうか」


 そう言ったリリーの言葉に促され、町の中を見ると、もう町の中には人気がない。


 もうみんな神殿に集まっているのだろうか。


 だが、リリーの視線が私の傍で止まる。


「一度、着替えたほうがいいかな」


 私はその言葉で我に返り、自分の洋服を見て、愕然とした。あの時の状況を思い出せば仕方ないが、私の洋服や手足は泥まみれになっている。恐らく座り込んでいたので、後ろ側も酷い状態なのは容易く想像がつく。


「リリーたちは先に行っていて。私は着替えてすぐに行く」


 リリーは気にしていたが、気にしないでと言い、彼女たちに先に行ってもらうことになった。


 城の前でリリー達と別れ、一人で城の中に戻るはずだった。


 だが、ラウールも私と同様、城の前で立ち止まったのだ。


「俺も付き合うよ」


「どうして?」


「理屈はいいから、早く上に行こう」


 彼はわたしに拒否する隙も与えずに、城の中に入っていく。彼についていく形になり、階段を上がっていく。城の門番もおらず、ひっそりと静まり返っていた。階段を上る私達の足音が響く。


「本当はエリスも来たがっていたんだが、熱を出してしまってな」


「そうなの?」


 彼は頷いた。


「あいつはあまり体が丈夫じゃないんだよ。放っておけば無理をするから、困ったものだよ」


 兄弟か。私は一人っ子だったので、どんな感じなのか分からないが、ラウールとエリスの兄妹はとても仲がいいんだろうなという気がする。ラウールもエリスもお互いを大切に思っていると伝わってくるからだ。


「早く良くなるといいね」


「ありがとう」


 私達は三階に到着する。そして、私は自分の部屋に入った。そこで私はあることを思い出したのだ。


 いつもアリアを連れていくが、今日は思い付きで行動したため、もちろん彼女を連れて行っていない。ルーナの外に出て行くときは彼女を連れていくと約束したのだが、その約束を反故にしたことになる。


 私は部屋の中やバッグの中を見渡すが、アリアらしき姿はない。どこかに行ったんだろうか。


 だが、アリアを探してばかりはいられない。ラウールを外に待たせているため、早く着替えないといけない。


 私は木製の引出をあけると、そこから洋服を取り出した。そして、下着を含めて新しいのに着替えると、部屋を出た。手足にも泥がついていたが、それを落としている時間はなかった。


 ラウールは窓辺から外を眺めていた。そして、私に気付いたのか振り返ると、わずかに笑みを浮かべる。


「今から魔法を使うけど、黙っていてくれ」


「魔法って何の?」


「転移魔法」


 そう言い、彼は呪文を詠唱した。私の足もとが白く輝いていた。


 私達が到着したのは森の中だ。だが、少し先には眩い光が見え隠れし、ざわめきが伝わってくる。


 ラウールがその光とは逸れた方向に歩き出したため、私もその後を追う。


「使えたんだ」


「子供のときに、女王に教えてもらった。あまり多用はするなと言われているけどな。今日は急ぎだから構わないと思うよ」


 要は彼は私を神殿に送るために付き合ってくれたのだろう。


 私達が森を出ると、そこは城から神殿に行く時に経由する場所に出る。


 神殿が目と鼻の先にある。


「クラージュでも使えるんだよね。それも教えてもらったの?」


「そうだよ。アンドレ氏にね」


 私達は神殿に入ると、最後尾に並んだ。そこにはルーナの妖精がずらりと並んでいる。アンヌやリリーの姿を見付け、私達はそこまで行くことにした。


「早かったね。私達も今ついたところだよ」


 私はリリーの言葉に曖昧に微笑んだ。


 その時、ローズが神殿の奥から現れた。彼女の姿は先程見たままのはずなのに、何かに守られているのか、彼女の体の内から輝くような神々しさを感じる。辺りからはほうっとしたため息が漏れる。


 彼女は祭壇の前に立ち、手を合わせる。そして、文章を読み上げている。祝辞の類だろうか。


 時折分からない言葉も出てくるが、その祝辞には幸せを望む人々の思いや願いが込められているのが分かった。


 何もない空間に明るい光が現れる。その細かい光が一つの塊を形成する。その光の塊が祭壇の中に飲み込まれ、祭壇自体が明るく光り出した。


 ローズの声が止まり、祭壇に向かって一礼をしていた。





 地面から土の塊が突き出してきて、凸凹のものが木のオブジェのように姿を変える。その様子に妖精の子供たちが大はしゃぎする。


 ルイーズの周りには妖精の子供たちが中心に集まっている。リリーやポールもその周りにいて、ルイーズの魔法を興味深そうに眺めている。


 遠巻きに見ているわたしの傍にラウールがやってきた。


 儀式が終わり、私達はローズを待っていたのだ。その時、ルイーズが妖精の子供たちに囲まれ、遊び始めた。その一環として、自分の魔法を披露しているのだ。


「クラージュの土地の件は話はだいたいついているの?」


 私の言葉にラウールは微笑んだ。


「俺の国では話はついているよ。テオ側にはアンヌの了承がなければ持っていけない。もともとはこちらがしでかした事だからな。ルイーズの父親に手を尽くしてもらったよ」


 私達が普通に生活している間も彼なりにいろいろ考え、行動に移していたんだろう。何度か顔を合わせてもそんな様子は見せなかったのに。


「ラウールはどっちがいいと思っているの?」


「好きなように決めればいいと思うよ。でも、一度ルイーズの所有の土地にしてしまったほうが、テオの奴らも好きなように入って来れなくなるので都合がいいとは思うよ。それは俺の考えであって強制はできないがな」


「そんなに彼女は影響力があるの?」


「彼女の父親は国の魔術師として一番上の立場にいる。それに彼女自身も芸術家としてその人気は高いよ。人間以外の種族からもな。あいつは誰とでも仲良くなるから」


 あっという間に妖精たちとも打ち解け、笑顔で談笑している。今みたいに、自分の世界に相手を引き込んでいくんだろう。


 ラウールはルイーズを見て優しい笑顔を浮かべていた。


 幼馴染というだけあって、本当に彼女のことを良く知っているんだろう。


 そういう関係は羨ましい。


「あまり細かい事は言いたくないが、お前も今日もポールに転移魔法を頼めば良かったんだよ。そしたらあんな危ない目にも合わなかったと思うよ」


「そうだね。うっかりしていた」


 転移魔法を使ってもらえば、ポールも危険な目に合わせずに済んだのかもしれない。

 しっかりしようと思って、空回りしていたのは情けない。その上、最後には足がすくんでしまったのだから。


 ダメだなと思った時、優しい声が届いた。


「自分ができることをするのも大切だけど、もっと頼ってもいいと思うよ。特にそうしたほうが効率がいい時は特にね。リリーもローズ王女もそう願っているみたいだよ」


 私は驚きのあまりラウールを凝視する。


「本人たちが言っていたよ。全然違う世界から来て大変だろうから、少しでも負担を減らしたいってね。慣れるのは大変だろうけど、ゆっくり暮らせばいいよ」


 私は彼の言葉に頷いた。


 その時、人影が私にかかる。影の出所を見ると、ルイーズがこちらを見てにやにやしている。


「お邪魔だったかな」


「で、何か用か?」


 ラウールはルイーズの言葉を完全に無視している。


 だが、彼女は慣れているのか、嫌な顔一つしない。見とれてしまう程綺麗な笑みを浮かべると、手のひらを差し出した。


「美桜さんにプレゼント」


 彼女の手の上に載っているのは小さな石だ。だが、ただの石ではなく、花の形をしている。容易に動けない石の塊なのに、まるで生花のような錯覚を覚える。


「ありがとうございます。綺麗ですね」


「私の美桜さんのイメージなの」


 ルイーズは優しく微笑んだ。


 その時、神殿のほうが慌ただしくなる。ローズが神殿から出てきたのだ。彼女はもう普通の服に着替えている。ルイーズは私に声をかけるとローズのところまで歩いていく。


 ラウールもローズに挨拶をするらしく、私もついていくことにした。


「今日はありがとうございます。素敵な時間を過ごせました」


 ルイーズは会釈をすると、ローズも顔を和ませる。彼女は来てくれたことに対するお礼の言葉を綴る。


「そろそろ帰るよ」


 一瞬、ラウールと目が合う。彼の言葉が頭に蘇えり、ほっと表情を和ませていた。


 私達はその後、各々の部屋に戻ることになった。今日は泥まみれなので、一階の浴場を使うことになり、後で一緒に行く約束をする。


 ドアを開けると、アリアが机の上で本を椅子にして座っていた。入ってきた私をじろりと見る。


「クラージュに勝手に行ったことを怒っているの?」


「それは私もついていっていたから別にいいけど、あまり無茶はしないことね」


「いたの? どこに?」


「美桜の服の中。それくらいしか隠れるところがなかったもの」


 全く気付かなかった。汚れ一つついていないアリアを見て、よく泥まみれにならなかったものだと感心してしまう。


 無事に儀式のある一日は終わりを告げ、その二日後、アンヌ達はクラージュに戻っていった。


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