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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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一つの提案

「間一髪、か」


 その言葉に振り向くと、ラウールが苦笑いを浮かべて微笑んでいた。彼がこの雨の降る大地をあっという間に凍らせたのだろう。だが、彼は一人ではなく、隣には美しい金髪の女性の姿があった。ブレソールでラウールと一緒にいた女性だ。


「大丈夫?」


 リリーが私のところまでかけてくる。


 私は彼女の言葉に頷いた。


「良かった」


 その時、私達の体に影がかかる。私達に歩みよってきたのは、金髪の女性だ。


 彼女は私と目が合うと、優しく微笑む。


「無事で良かった。でも、このままにしておくのは危ないので少し離れておいてくださいね」


 リリーは私に手を差し出す。


 だが、さすがに腰が抜けてしまい、すぐには立ち上がれない。


 私の腕の中でポールが動き、彼は呪文を詠唱する。私とリリーの足もとが白く光り、次の瞬間にはラウールのすぐ傍までたどり着く。


「僕のせいでごめんね」


「うんん。何もできなかったけど、無事で良かった」


 私はポールをつかんでいた手を離すと、彼が地面に立つ。ポールは泥の塊を手で拭う。それはさっき彼が見つけたというアンヌのつくったものだ。


「これを落としちゃったの」


「そっか。わたしが乱暴につかんじゃったからだね。ごめんね」


「それ」


 アンヌはこちらを驚いた様子で見つめている。


 ポールはアンヌと目が合うと微笑んだ。


「お姉ちゃんが作ったものだよね。あの工房で見つけたの」


「こんなの良かったのに」


 アンヌは目を潤ませ、ポールの頭を撫でた。


 その時、ラウールと目が合う。


「ありがとう」


「あれくらいたいしたことないよ。それよりリリー」


 リリーはラウールの言葉に体をびくりと震わせた。


 ラウールは呆れたようにリリーを見る。


「あまり使いすぎるなよ」


「分かってます」


 私は二人のやり取りに首を傾げた。


 その時、優しい声が私の耳に届いた。振り返ると、さっきの女性が凍った山の前に立ち、何かを読み上げている。大地に語りかけているようにも、歌を唄っているようにも聞こえる。


 山を覆っていた氷が壊れ、その破片が光り輝く。だが、氷により固められた土の塊は、その場にとどまったままだ。そして、まるで逆送りをしているかのように土が高い場所へと登っていく。まるで土砂崩れなどなかったかのように。彼女の言葉が止まると、動いていた土砂の動きもぴたりと止まる。ただ、以前の状態の再現とはならず、水の流れ道のようなものが作られたりと、土砂崩れの前の山とは微妙に違っている。


 その女性はこちらに戻ってくると、アンヌに深々と頭を下げた。


「崩れにくいように地盤に加工はしました。しばらくは大丈夫だと思いますが、何らかの工作物を作ったほうが良い気がしますね」


 ラウールは唖然としているアンヌを見る。アンヌは促されるようにして頷いた。


 炎が出る、凍る、風の嵐を起こす。そのすべてが分かりやすいものだ。だが、彼女がさっき使ったのは魔法だと思うが、一見何が起こったのかさっぱり分からない。


 平然としているリリーとラウールは何が起こったのか分かっているんだろう。


「時間を戻したの?」


「そんな便利な魔法があればいいんだけどな。彼女は土を扱う魔法に長けていて、形を変形させられる。今みたいに。ただ、発動までにかなり時間がかかるのが難点だな」


「ラウールの彼女ってすごいね」


 勝手に彼女だと頭の中で決め付けていたのが、思わず口から飛び出していた。口にして、辺りの時間が止まるのが分かった。顔を引きつらせたラウールに、不思議そうに私を見るその女性。驚いたようにその女性を見るリリー。アンヌとポール驚きはしたものの、そんなに反応を示さない。


「私とラウールが恋人同士なんだってね。初耳。もしかして、ラウールが私をそう紹介したの?」


 女性は何か新しいおもちゃを見つけたように喜び、ラウールは怪訝そうな顔を浮かべていた。


「してないよ。それだけは勘弁してくれ。こっちの命がいくつあっても足りない」


 そうラウールがうめく。


「俺とこいつの関係はどうでもいいよ」


「そんな曖昧に答えるから、誤解されるのよ。私とラウールは幼馴染です。恋人というよりは弟という感じかな」


 彼女はラウールの肩を叩いて明るくそう告げる。


「まあ、こいつを勝手に連れてきて悪いな。ルイーズと言って」


「その箱、懐かしい」


 ルイーズとラウールが紹介した女性はリリーの手にする箱を見ると、明るい声を出す。


 ラウールもその箱に視線を移す。


「おじさんに頼まれて結界を張ったの。でも、きっと開けられなかったのよね」


 リリーは頷いた。


 彼女はその箱を受け取るとアンヌのところまで行く。それを彼女に渡した。


「アンドレさんは大地に神に捧げると仰って、そのまま埋めようとしていたのですが、私がそれを止めたんです。あれだけの宝石はなかなかお目に書かれるものではなかったから。だから、私はアンドレさんの血を引くものだけがこの結界を解けるようにしました。神様に捧げるものと言っても、この国の神様であれば、わたしの結界くらいは神様であればすぐに解けるだろう、と。だから、あなたならこの封印を解けます。この部分にあなたの魔力を当ててみてください」


 アンヌは戸惑いながらもその箱を受け取る。そして、ルイーズの指定した箱の下部に手を当てる。音を立て、箱が空いた。


 ルイーズは中身を確認して、優しく微笑んだ。そして、恐らくラウールを呼びたかったのだろうが、こちらに対して手招きをする。


 ラウールが歩きだす。


「私達も行こうか」


 リリーに促されてゆっくりと立ち上がる。そして、リリーと一緒に彼の後を追う。


 箱の中には七色に輝く石があった。透明のように見えるが、角度を変えると青色にも赤色にも見える。


「神の涙」


 その宝石を見たラウールがそう言葉を漏らした。


 リリーも驚いたようにその石を見る。


「ブレソールの城にもこれよりはるかに小さいこの宝石があるよ。だが、それは誰も触る事を許されない。希少な石だ」


「これだと緩衝地帯を買い取れるのか?」


「十分だ」


「なら」


 目を輝かせ、アンヌがそう口にする。


「そのことだが、お前に一つ相談があるんだ。彼女、ルイーズをここに連れてきた理由にもあたるが」


 ラウールがその女性を見る。


 彼女は深々と頭を下げた。


「私に緩衝地帯を買い取らせてください」


 彼女はそうにこやかに微笑んだ。


「買い取るって、あの土地をあんたが?」

「はい」

「金額自体は問題なく出せるとは思う。城の大魔術師の娘で、芸術家をしている。彼女はアンドレ氏と面識がある。ルーナにあった石像も彼女が作ったんだ」


 アンヌは驚いたように女性を見る。


「カルクムの産出のためにあの土地を買い取ると?」


 ルイーズは首を横に振り、否定した。


「アンドレ氏に恩返しをしたいんです。アンドレ氏がいなければ、私はここにはいなかった。だから、私の持つ財産で、この国の助けになるのであれば、その恩返しをさせてください。今回は入ってきてしまいましたが、決して獣人の国には無断で入らないし、傷つけない。それは約束します」


「でもテオ側がそれでいいと言うかどうか」


「カジミールの説得は彼女と父親にも加わってもらうよ。それに彼女を敵に回せば、どれ程の人間を敵に回すか、カジミールも嫌と言う程分かっているだろう。カジミールの家にもルイーズの造った像が置いてあったし、悪いようにはしないだろう」


 アンヌは困った表情でルイーズを見つめている。恐らく判断を付けかねているのだ。


 今までのように空白の区域があったほうが安全なのか、否かを。


「すぐには決めなくていいし、検討してみてくれ。それでも買い取りたいというなら協力する。すぐではなく、十年、いや五年経って売却価格と同値で買い直すことも可能だ。この宝石は今後、クラージュにとってもっと必要なときが来るかもしれない。だから、そのための蓄えとして残しておけばいいんじゃないかと思う」


「すぐには決められないけど、ありがとう」


 アンヌの目には涙が浮かんでいた。


 私とリリーは目を合わせると、肩をすくめる。


 本当はこの石を見付ける必要はなかったのかもしれない。でも、神様がこれをアンヌに戻したということは、選択肢は一つでも多いほうが良いと思ったのだろう。


 数年先に何があるか分からない。私だって、あの日常から離れられる日が来るとは思わなかった。


「この石のことは決して口外しないように。こんな希少な物があると知られたら、それこそまずい」


「分かっているよ」


 リリーの言葉に私も頷く。


「そろそろ始まるよね。ルーナに戻りましょう」


 ルイーズはそう告げる。


「俺が魔法を使うよ。アンヌ達はどうする?」


 ラウールは辺りを一瞥する。


「見に行く」


 ポールは元気いっぱいの声でそう告げる。アンヌも異存はないようだ。


 一時的にその石はアンヌが持ち運ぶことになった。


 そして、私たちの足元を白い光が包み込んだ。

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