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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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願いを託す場所

 シンプルな部屋に姿を映す鏡と椅子がいくつか置いてある。ローズはその中央にある部屋に座り、鏡に自らの姿を映し出している。彼女の髪は結われ、透明な石がくくりつけられている。


 彼女の身に付けた宝石も、ドレスも彼女の美しさを引き立たせるのに一役を買っていた。だが、彼女には鏡に映る自分の姿はあまりに興味がないようだ。


「大丈夫かな」


 ローズは青の瞳を潤ませている。その目には不安が滲み出ている。


「大丈夫だよ。ローズならできるよ」


 リリーはそう笑顔を浮かべる。


 私達は神殿の奥にある部屋にいる。パメラさんがそろそろやってきて、最終的な打ち合わせがあるそうだが、それまでローズは落ち着かない様子だ。なので特別やることのない私達は、彼女と一緒の時間を過ごすことにした。


「少し外の空気でも吸おうか。少しすっきりするかもよ」


 ローズはリリーの提案に不安を滲ませながらも頷いた。


 その部屋から出ると細い道が続いている。その道を抜けると、神殿の本殿の傍にある通路に合流する。その途中にある扉から外に出た。


 その脇には深い森が広がっている。


 ローズはほっと顔を緩ませた。


 心地よい風が私達の脇を抜けていく。


 しばらくそこで佇んでいると、私達が出てきた扉からパメラさんが顔を覗かせた。


「ローズ様、最後の確認をしましょう」


 その言葉にローズが立ち上がる。そして、パメラさんと再び神殿の中に入っていく。


「私達はそれまで手伝いでもしようか」


 リリーの提案に同意し、私とリリーはその場を離れる。そして、お城へと続く道を歩いているとフェリクス様とばったり出くわした。


 彼は私達と目が合うと、明るい笑みを浮かべる。


「森に行くんだが、良かったら、ついてくるかい?」


 私とリリーはフェリクス様についていくことになった。


 彼はその脇にある細い道から森に入り、どんどん奥に分け入っていく。最初は頼りない道が続いていたが、その道も途切れる。そして、草の少ない場所を探し、奥へと進んでいく。


 フェリクス様の足が止まったのは、そこからしばらく行った場所だ。そこには太い大木が聳え立っている。


「これは?」


「昔、戦争があった時にな、ここまで焦土になったんだ。森は徐々に回復し、その片鱗を感じることもなくなったが、その目印となるようにこの場所ではこうして大きな木が育ったんじゃ」


「もしかして、昨日もここにいらしたんですか?」


 リリーの言葉にフェリクス様は頷いた。


「ここ数日は森をぶらりとしておったんだよ。今日は久々に神様の戻られる日だからな。こうしたことが二度と起こらないようにと願いを込めてな」


 彼は懐から透明に輝く石を取り出すと、その木のうろの中に入れる。それはローズの髪飾りの石とよく似ている気がする。


「すごく綺麗な石だね」


「この石はこの国で取れる数少ない鉱石なの」


 リリーはそっと教えてくれた。


 フェリクス様は振り返ると優しく微笑む。


「では、帰ろうか」


「石はそのままにしておくんですか?」


「そうだよ。願いをこめたものだからね」


 その言葉にクラージュで地中に食物をうめていたのを思い出した。あれば作物なので、鳥などが食べてしまうが、こうした石はどうなるんだろう。


「こういう話があるんだよ。こうした宝石って私達には価値があっても、神様にとってはほとんど価値がないものなの。ただ、私達にとって価値のあるものを捧げることで、気持ちの深さを表せる。こうした願いを込めて捧げたものはもちろんそのままになっているときもあるけど、私たちが本当に必要な時にはそのままの形で私達のところに帰ってくるってね」


 私の気持ちに気付いたのかリリーはそう語って聞かせる。


「それって実際に帰ってきたことがあるの?」


 リリーは頷いた。


「何度かあるよ。災害や戦争などで、国の修復として多額のお金がひつようになった時に平和な時に神様に捧げたものが、その捧げた場所に出てきた。探してその品物が見つかればきっと神様が使いなさいっていってくれたということだと思うの。見つからなかったらこの品物は必要でない、もしくは自身の力でどうにかしなさい、と。うまく伝わるか分からないけど、今までそうやってきたんだよ」


「この木に捧げるのは神様に捧げるのと同意ということなんだよね」


 リリーはもう一度頷く。


 何かが腑に落ちた。


 みな幸せに暮らしているクラージュで大金が必要になるのは、何かの災厄に巻き込まれた時。だからこそ、アンヌのおじいさんは財産を残したのだ、と。


 自分の財産を残しておきたいような人ならば、アンヌにはっきりと在り処を伝えるだろう。


 だが、そうした災厄が起こらなければ、大金が必要になることはない。


 私財をなげうち国を作ろうとしたアンヌのおじいさんはそういう状況下に陥る事自体をさけたかったのではないか。 彼はその大事なものを神にささげたのではないか、と。


 もう災害が行らないように願いを込めて建てられた像が頭を過ぎる。その像が作られた場所は、彼にとって悲しみを表した場所。そして、あの国には悲しみの形跡のある場所が残っている。彼はそれをそのまま残してほしいとアンヌに頼んだ。


 私は大事なものだからこそ、どこかに大事に隠しているとばかり思っていた。それは根本から間違っている気がしたのだ。


「さて、町に戻るか。今日は神様が神殿に戻られる日だ」


 私達は街まで戻る。フェリクス様はお城に用があるらしく、お城に続く道の途中で分かれた。その間、私はずっと考えていた。私の思い付きや考えすぎの可能性も否定できない。でも、完全に否定できるわけじゃない。


 神殿に戻ると、アンヌがポールと一緒にいるのが目に入る。


 私は二人のもとに歩きかけたリリーを呼び止め、できるだけ端的に考えを伝えた。


 リリーは顎に手を当て、難しい顔をしている。


「可能性としてはなくもないけど、美桜は崩れた工房に埋まっていると考えるの?」


「そうじゃないかと思う。リリーの話と併せて考えれば今、見つかるとは限らないと思うけど」


「必要だと認めた時か。でも、客観的にはそう思えなくもないと思う。それに、今向こうは雨なんだよね。以前の水害で悪影響が出たところならば、このまま状況が悪化する可能性もある。行くなら早めがいいはず」


 その時、アンヌ達がこちらにやってきた。


 リリーは私を見て頷く。


「教えてほしいの。以前災害で崩れた工房の場所を」


 私の問いかけにアンヌは怪訝な表情を浮かべた。


「でも、今は雨が降っているからやめたほうがいいよ。雨が上がってから連れていくよ」


 わたしはさっきの考えをアンヌに伝えた。彼女は目を見張り、眉根を寄せる。


「まさか。あんな場所に隠すなんて考えられない」

「でも、アンヌはその場所を知っているんだよね。それに幼い頃何度も行ったから道も分かる。例え、その建物が流されたり壊されたとしても」


 アンヌはやはりうんとは言わない。


「突拍子もない話だとは思う。でも、お祖父さんはその場所を残したがっていた事をアンヌは知っている。自分の大事なものをその場所に託すことで、もう二度と悲しみが起こらないようにしたかったんじゃないかなって気はするの」

 

 リリーがそう付け加えた。


「でも、じきに神殿の儀式が始まるよ。明日でも」


「今、行かないといけない気がするの」


 居場所を感じた時に、心に表しにくい焦燥感が胸を駆け抜けた。胸騒ぎに近い感覚だと思う。


「じゃあ、美桜と二人で戻る。帰りはポールに送らせる」


「大丈夫。私も付き合うよ。今、優先すべきことはこっちだと思うもの」


 そうリリーははっきりと口にする。


 私が驚き彼女を見ると、リリーは明るい笑顔を浮かべていた。


 私達が先程の神殿の奥にある部屋まで戻ると、ローズとパメラさんがいた。そして、パメラさんに断り、ローズに事情を簡単に説明する。儀式が始まるまでにこの国に戻って来られるか分からないからだ。


「もし、戻ってこれなかったら、ごめんね」


「それは気にしないで。他の人には私から伝えておく。でも、気を付けてね」


 リリーの言葉に、ローズは優しく微笑んだ。


 私達は頷くと、その場を後にした。神殿の入口でアンヌ達と合流する。そのまま、街の入口まで戻るとリリーは転移魔法を使った。

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