神殿の完成
私は赤く変色した葉を枝ごとハサミで切ると、息を吐いた。
毎朝日課のように薬草園に出向くようになってしばらく経った。そのため、植物のかかる病については一通り覚えられるようになった。
「リリー、これでいい?」
私が手にした葉を見せると、彼女はこちらまでやってくると、私の切り取った葉と植物の状態を交互に確認する。彼女は目を細めて頷いた。
どうやら合格だ。
ただ、植物の病状の進行の見極めは未だ難しく、念のためリリーに逐一聞く。彼女もそうしてくれたほうが助かると言っていたためだ。
彼女はそんな私に対して煩わしそうな態度を取ることもなく、笑顔で対応してくれる。
この薬草園に来た時に見た異様な空気はその後、病気の草木を見かけるようになってもみたことはなかった。気のせいだったみたいだ。
一通り薬草園を見回ると、私達は息を吐いた。
二人で見回れるようになったためか、当初に比べると三分の二程の時間で終わるようになった。ただ、リリーは普通に手伝ってくれるが、彼女をずっと手伝わせるのが申し訳ないけれど。
「今日は随分早く終わったね。まだローズとの待ち合わせまで時間があるから、クイズでもしようか」
「クイズ?」
リリーは私の正面にある薬草の名札の前に立つ。
「ここにある薬草の名前は?」
一つは分かるが、もう一つは名前が見えていたはずなのに思いだせない。これかなというのが思いついたので、とりあえず答えてみる。
私は目の前にある草木を順に指差した。
「これが、アマンドで、これがイーザ?」
「正解」
リリーは薬草の名前が書いてあるプレートの前から離れた。そこにはアマンドとイーザと書いてある。
「じゃあ、効用は?」
「アマンドが腹痛で、イーザは何だっけ?」
「頭痛薬だね。あと一歩かな」
「いろいろあって混乱しそうになる」
「ずっと覚えることだらけだもんね。そのうち慣れるよ」
リリーはそう言うと笑う。
リリーが勉強と称してたまに唐突に問題を貸してくる。私が答えられないことをすっと答えた彼女は薬草の名前や効用を一通り覚えているようだ。
彼女はいくつか質問を出すと、辺りを見渡し、異常がないか確認する。
「じゃあ、帰ろうか」
リリーの声に応じ、私達はお城へ戻ることにした。そろそろローズと約束をしている朝食の時間だ。
だが、城の近くで見慣れた姿を見かけた。アンヌとローズが立ち話をしていたのだ。その表情は真剣で日常会話を交わしているようには思えない。その近くには二人を取り囲むような、他の獣人たちの姿もある。
私とリリーは目を合わせ、彼女たちの傍に駆け寄った。
「どうかしたの?」
「フェリクス様を探しているのだけど見当たらなくて。さっきクラージュから連絡があって、向こうで昨夜からずっと雨が降り続いていて大変らしいの」
「大丈夫なの?」
リリーは目を見張り、そう口にする。
「今のところは大丈夫みたいだよ」
アンヌは透明な石をリリーに見せる。
「クラージュに戻るんだよね。それなら私が行くよ。女王様達はドワーフの国に行っていから、帰ってくるのは昼過ぎになると思うよ」
「でも、大丈夫なの? いつも朝早いし、疲れているんじゃないのかな」
「大丈夫だよ。アンヌはクラージュに帰る人を集めておいて。持っていくものがあれば、それもね。平地が水で浸されたときの避難場所はどこを考えているの」
「一応、私の家を解放しようと思っている。あそこなら地盤も固いし、大丈夫だろう」
「ここに連れてきても構いませんよ。宿舎も余っているし、食べ物も不自由しないと思うので」
ローズの提案にアンヌは僅かに表情を綻ばせた。
「そうか。食べ物も念のため持っていくか。私はマルクさんに相談してみるよ。ローズは宿舎の使っていない部屋を掃除してくれるかな」
ローズは頷いた。
「美桜はジョゼさんへの報告をよろしくね」
私が頷くと彼女は軽い足取りでお城の中に入っていく。
「私も掃除を手伝うね」
私はローズたちとその場で別れ、診療室に行き、ジョゼさんに報告をする。そして、外に出たとき、紙袋を抱えたリリーと出くわした。彼女の傍にはマルクさんもいる。どうやら一人で運べなかったので、手伝ってもらっているようだ。私は彼女たちと一緒にアンヌ達のところに行く。
一度クラージュに戻るメンバーの選別も終わったらしく、エリック以外は一度国に戻るようだ。マルクさんは荷物を帰国予定の獣人に渡すと、彼らに挨拶をして、城の中に戻っていった。
エリックは神殿でやり残したことがあるらしく、神殿に行くと言い残し去っていく。
「行くね」
私はリリーの言葉に頷くと、彼女たちとそこで別れ、宿舎に行くことにした。
中に入ると、既にローズの他に妖精が数人集まってきていた。何やら中でざわついている。
その発端は彼らの中心にいる、荷物を両手で抱えているローズだろう。重いのか、顔を強張らせている。
「ローズ様、私達はするので休まれていてください。明日は大事な儀式なんですよ」
年配の男性が箱を持ったローズを見て、慌ててそう口にする。
「大丈夫だよ」
「半分持ちますよ」
「大丈夫」
そう言いながらも彼女の声は上ずり、足元はふらついている。周囲は彼女の荷物を取りあげて良いのか迷ってるんだろう。こういうときにローズを咎めるのはリリーの役目だが、彼女は今はいない。
私はローズのところに行き、彼女の荷物を半分取り上げた。
周りから安堵のため息が聞こえた気がした。各々が自分達の持ち場に移動し、掃除を始めたようだ。
「大丈夫だったのに」
ローズはすねたように頬を膨らませる。
「私のほうが力があるんだから気にしないで。これも運ぶの?」
ローズの足もとにある箱を指差すと、彼女は頷く。
私はそれをローズから取り上げた荷物の上に載せる。見た目は小さいが、意外に重量がある。持てないというわけではないけれど。
「とりあえず運ぼうか。どこに持っていくの?」
「二階の一番奥の部屋に運ぼうと思って」
「じゃ、行こうか」
私とローズはその荷物を一番の奥の部屋に行く。どうやらそこは物置なのか、様々な箱が積まれている。その部屋の出口付近に積み重ねた。
もともとアンヌ達を招くときに掃除は済ませているが、使っていない部屋は最初に掃除したきりになっている。そのため残った部屋を掃除することになったようだ。
ローズはその部屋の入り口付近にある箱から箒を取り出し、私に渡す。彼女も自分の箒を手に取り、私達は二階を掃除することになった。
途中からは一階の掃除を終えた妖精が手伝ってくれ、大人数で掃除をすることになったためか、あっという間に掃除が終わった。
リリーは最後に戸締りを確認して、外に出る。もう他の妖精たちは帰宅の途についている。
「私は今から神殿に行こうと思うけど、美桜はどうする?」
「もう入れるの?」
「今朝完成した直後にね、クラージュから連絡が入ったの」
神殿はアンヌ達が戻ってきてから、立ち入りが殆どできなくなっていたのだ。それは最終的に完成をさせるために集中したいのでできれば人を排除してほしいと言われたためだ。なので彼女たちがこちらに戻ってきてから、神殿を見るのは初めてだったりする。
私はローズに連れられて、神殿まで行く。神殿にはもう入れるという話を聞きつけたのか、他の妖精の姿もあった。中には掃除を手伝ってくれた妖精の姿もある。
みんなあっけにとられたように神殿を眺めている。その理由は神殿を見れば、理由を聞くまでもない。
神殿の修復だと聞いていたが、その出来上がった姿は最初のものと大きく異なっていた。
石製の壁は不思議な光を放ち、神の棲家と言われても遜色ない不思議な空間へと化していた。この国は緑が豊かで美しい。だが、まるでその部分に別の画像をはめ込んだかのような、別格の美しさと存在感を伴う。その感覚は中に入っても変わらなかった。
「すごいね」
私は生まれ変わった神殿内を見て、思わず声を漏らした。
「うん。昔はこの神殿もこんな感じだったのかな」
ローズは優しく微笑みながらも唇をきゅっと噛みしめる。




