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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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勘の良さ

 めちゃくちゃ広いのに、こんなところから探し出すことなんてできるんだろうか。


「一応、範囲は限定するよ。お前に実際に見分けさせるのが目的なんだから」


 私はその言葉に胸をなでおろし、深呼吸をした。

 ロロは辺りを見渡した。

 彼は薬草園の中を長方形を作る形で歩く。


「この中にあるコスタンを探してみろ。これを使っていいよ」


 ロロは手にしていた辞書を私に渡す。


 私はコスタンの項目を探し、その特徴を頭の中に叩き込む。


 育成すると腰ほどの高さになり、茎は太い。葉はぎざぎざに波打っている。ほのかな甘い香りがするらしい。


 私がその薬草を探そうとしたとき、ある一点で目が留まる。私はそこに行くと、その辞書に描いてある特徴を頭の中で繰り返す。


「これ?」

「正解」


 ロロはいつくか問題を出すが、優しいものを選んでくれたのか、運が良かったのかすっと答えまでたどり着ける。


「お前、結構勘がいいな」


 十回程繰り返した時、ロロがそう口にする。


「そうかな?」


 今までそんなことを言われたくなかった。でも、今回に関しては運が良かったのかもしれない。最初に見た場所に大抵薬草があったのだから。


「すぐに目的の植物がある場所を見ているし、そう思うよ」


 その時、ロロが屈託なく笑う。彼は笑うとすごく可愛いし、雰囲気が柔らかくなるのに気付いた。


「ロロは覚えているの?」


「覚えていないと手間がかかる」


「すごく詳しんだね」


「そうしないとおじさんにどやされるよ。意外にああ見えて薬草に関することだけは厳しいんだ」


 意外な一面を見た気がするが、それだけ自分の仕事に熱意を持っている表れのような気がした。


 彼らだったらアンヌをあんな目に遭わせなかったんだろうか。だから彼らならどうしたかを聞きたくなった。


「エメの代わりになりそうな植物ってどんなものがあるの?」

「エメってスポワール国内に生えていたっけ? 見たことないけど、あれって毒があるんだよな。他のエメ科の植物の間違い?」


 ロロの視線の様子が若干変わる。何かを探るような目つきだ。

 気付かれたかもしれない。ラウールとの約束が頭の中をぐるぐるとまわる。


「俺の知る限り採れるのはルーナ周辺」


 私は思わずびくりと反応する。

 ロロは私を見て笑い出した。


「分かりやすすぎ。あいつらがあんたを襲ってきたのも、納得したよ。ラウールが言葉が怪しいうえに、たまに変な言動をするかもしれないって言っていたのはあっちに住んでいる人間だったからか」


 ラウールはそんなことを言っていたのか……。


「どうかしたの?」


 テッサがこちらを見て手を振っている。彼女の手にした籠にはたくさんの葉が入っている。


「何でもないよ」


 ロロの返事に、テッサは訝し気な顔をしながら、採取を続けていた。


「知られるとまずいの?」

「あまり良くないかもね。俺は黙っていてやるから安心しな」

「ありがとう」


「向こうにはどの程度書物があるのかは分からないけど、これをやるよ。自分で勉強してみな。分からないことがあればいつでも相談に乗るよ。その本はやるよ。もう使ってないから」

「いいの?」


 ロロが頷き、私はその本を受け取った。でも、アリアがいることを思いだし、本をバッグに片づけるのは控えておいた。


「一つだけ聞いていい?」


 私はかしこまった問いかけに、背筋を伸ばす。


「エミールの木って見たことある?」

「あるよ」

「いいな。俺も一度見てみたい」


 その屈託のない笑顔を見て、彼は薬というか薬草が好きなんだろうなと実感する。


「で、エメで何をやらかしたんだ?」


 彼からあどけない笑みが消え、にっと悪戯っぽく笑う。


「二つ目じゃない」

「別に減るもんじゃないし、いいじゃん。俺も大切な時間を割いておしえてやったんだから」


 彼の言う事はもっともで、相談したかったこともあり、薬のことは伏せて、エメを獣人に呑ませてしまったと告げる。

 その言葉にロロは顔を引きつらせる。


「あんた、オドレをストックしていたのか? 良く解毒できたな」

「オドレ?」

「解毒に必要な薬草だよ。獣人の国にしか生えてないらしくて、見たことないんだよね」


 そんなもの妖精の国にあったんだろうか。私が気付いた時にはアンヌの解毒は終わっていた気がする。


「魔法で解毒したんだよ」


 返事が聞こえてきたのは私でもロロからでもない。別の方向からだ。

 ラウールが腕組みをして立っていた。彼は私を見て、呆れたように微笑んだ。


「魔法って、ああなるほどね」


 ロロは一人で納得してしまった。

 ルーナだと魔法はみんな使えるので、そうした解毒魔法を使える人が診療室にでもいたんだろう。


「早速ばれたわけだ。ロロに頼んで正解だったよ」


 ラウールは頭に手を触れると、短く息を吐く。

 呆れたといいたそうな表情だ。


「一応、話をしておいたほうがいいと思うから言うけど、こいつが一人でふらふらとどこかをほつきあるいて、マガリに狙われたんだ。テッサの判断で逃がしたけど」


 マガリというのはあの女性だろうか。それとも男のどちらかだろうか。当たっているけど、身もふたもない言い方だ。

 ラウールは私を見て、もう一度ため息を吐く。


「悪いな。手間を取らせて」

「いいよ。気にしないでくれ」


 そう口にしたロロの表情が今までより優しい気がした。


「そろそろ日が傾くから、連れて帰るよ」


「分からないことがあればいつでも教えるよ。大抵はあの薬屋か、農園にいるから」


 私はロロの好意にお礼を伝える。


 その時、テッサが私達のところに戻ってくる。


「早かったね。さっきのこと、ロロから聞いた?」


「聞いた。悪かったな」


「大丈夫だよ。誰にも怪我がなくて良かった」


 テッサは屈託なく笑う。彼女が笑うとすごく可愛い。もともと可愛い人だけど、ものすごく笑顔が似合う人だと思う。ああいうかっこいい姿を見た後でもそう感じていた。


「じゃ、またな」


 私達は歩いてきた森を戻り、町の外までは歩いていくことになった。


「危ない目に遭わせてしまって悪かった」


 半分ほどの道のりを歩んだ時、そう彼が言葉をもらす。


「もともとわたしがお店の外を出歩いたのが悪かったの。逆に迷惑をかけてしまってごめんなさい。わたしは普段はここにいないから平気だけど、ラウールやニコラは大丈夫なの?」


「俺やニコラに仕返しするくらいなら、お前に手を出したりはしないと思うよ。今日、お前を見かけて協力者を探したんだろうしな」


 確かに言われてみるとそんな気はする。


「少しははかどったか?」

「楽しかったよ。単純にレシピ通り作るんじゃなくて、いろいろアレンジするんだね。料理みたいだね」

「料理?」


 ラウールは眉根を寄せた後、目を細める。


「そうかもしれないな。人に合う調理法があって、苦手なものもあるか」


 私はラウールの言葉に頷いた。


 国を出てからラウールの転移魔法で妖精の国に戻る。一日だけなのに随分と長い間向こうにいた気がする。かなり充実した時間だった。


「今日は本当にありがとう」


「ロロの知識量は半端ないから、またあいつの都合がつくときに教えてもらえばいいよ」


「そうだね。それに本も貰ったし、自分でできるだけ勉強してみるよ。じゃあね」



「美桜、ラウール」


 名前を呼ばれ振り返るとリリーの姿があった。


 彼女は私達の傍まで来ると、肩を上下させながら、持っていた紙をラウールに渡す。ラウールはそれを受け取ると、その中身を確認していた。


「クラージュの地図だよ。今日、クラージュに行ってきたんだ。で、聞いた情報などをまとめたの。赤が一応探し終った場所、黄色がポールの言っていた像のある場所」


 ラウールが持っていた紙を私に見せてくれた。


 リリーの言葉のとおり、その髪にはアンヌの持っていた地図と比べて大雑把な地形と赤と黄色の印が描かれている。この国にあるアンヌの祖父が作ったという像はちょうど七個あり、国を取り囲むように六つの像が配置されている。残りの一つはアンヌの家に配置されている。その地図ではクラージュの中心地区にアンヌの家があるようだ。また、他にもアンヌの家や、アンヌの生年月日、親の名前など彼女に関する情報が記されている。


 ラウールはそれを見て難しい顔をしていた。


「この像の中に入っているんじゃないかとも思うけど、確証がない限りは難しいよね」

「今はどうともいえないな。ありがとう。返すよ」

「もう一枚あるから大丈夫。またね」


 ラウールはリリーの言葉に頷くと、ブレソールに帰っていく。


「私達も戻ろうか」

 私はリリーに促され、城に戻ることになった。


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