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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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町はずれの薬草園

「美桜」


 男の人の叫び声で我に帰る。気付いた私は辺りを見渡そうとする前に、口元に触れた柔らかい感触に気付く。私の口には布が充てられ、その上から手で押さえつけられている。


 再び、私の名前を呼ぶ声が聞こえ、ロロが呼んだのだと気付いた。だが、口を押えられた私は返事をする事さえできない。


「痛い思いをしたくないなら、動かないで」


 そう耳元で女の人が囁く声が聞こえた。


 どこかで聞いたことのある声だ。だが、どこで聞いたのかもうろうとする意識では思いだせない。


「たく、あいつはどこに」


 ロロのぼやきがきこえてきそうな声に、私の心がチクチク痛む。


 ラウールを見かけ追いかけたのは良かったが、その直後に誰かに眠らされ、今の状態に陥ったのだ。せめて店の前で待っておけば良かった。


「あの少年、何でこの辺りを探しているんでしょうね」

「さあ。誰にも見られていないと思うけど」


 私の視界の隅にタンクトップのようなものを着て、腕が筋肉で盛り上がった男が立っている。


 ロロに見つけてほしいような、このまま別の場所に行ってほしいような不思議な気持ちだ。


 私を助けてくれるのは嬉しいが、こんな男たちに絡まれたら、ラウールやニコラでない限りただではすまないような気がする。


 どうしたらいいんだろう。こういう場面は良く手にかみつくのを見るが、口に当てられた布が彼らの手には直接かみつけなくさせていた。布にかみついても効果は薄いだろうし、手を振り払っても一瞬で押さえつけられるだろう。


 私は今建物の影となる場所にいるようだ。人数は女性が一人に男が二人。


 ロロと思われる足音が遠ざかっていき、私は少しホッとする。


「こいつを家に連れて行って」


 女が支持をして、男が返事をする。


「立て」


 どうやら逃げ出すタイミングを完全に見失ったらしい。


 私がしりもちをついた状態から体を起こそうとしたとき、私の体に影がかかる。


 そこには腕組みをしたロロが立っていた。


「そいつを離せ」


 ロロは鋭い目つきでこちらを睨む。睨まれているのは私ではないと思うが、勝手にうろついた手前、ちょっと怖い。


「こんなひ弱そうなやつ、適当にやっちゃってよ」

「俺、こいつをどこかで見たことがある気がするんだけど」

「そんなの通りすがりに見ただけじゃないの。あんた達が何もしないなら、私が」


 女性が呪文の詠唱を始める。


「俺が良いと言うまで息を止めていろ」


 ロロが何かをバッグから取り出そうとしたとき、彼の傍に細長い棒を持った小柄な女の人の姿が現れる。


「こんなところで何をやっているの?」


 テッサが不思議そうな顔で辺りを見渡す。


 テッサまで来てしまうなんて、彼女も人質にとられてしまうと思った時、悲鳴と共に私を抑えていた手が離れる。


 私は状況が呑み込めずに振り返ると、男たちは後退し、仰け反りながら私の後方のテッサかロロを見つめている。女性は男たちの変わりように、戸惑いを露わにし、呪文の詠唱もやめたようだ。


「テッサ様、これには事情が」


 男のうちの一人が悲鳴に混じりの声を出す。


 その発言から彼らの態度が豹変したのはテッサがいたからで間違いないと思う。


「とりあえず美桜ちゃんは返してもらうね。で、事情を聞きましょうか」


 テッサに手招きされ、私は背後をちらりと見て、ロロの後方まで行く。誰も私の動きを制する人はいない。


 ロロがテッサの後方に周り、私の腕を引く。


「大丈夫か?」


「まだ少しだるいけど、大丈夫」


 テッサは手にしていた木の棒を彼らにつきつけた。


 男の一人が地面に頭をつけ、深々と土下座する。


「すみません」


 もう一人の男も頭を下げていた。


 敬服するというよりは怯えているように見える。


「正直、失望したよ。あなた達が頑張ると決めた時、応援しようと思ったの。なのに、いまだにこんなことをやっているなんて思いもしなかった」

「昔、お世話になった人の頼みでどうしても断れませんでした」


 淡々と語るテッサに男の一人が悲鳴混じりの声を出す。


「こういう人達と縁を切ると言ったからこそ、私はあなた達をランディのところに紹介したのよ。このままだとランディにも迷惑をかけることになるのよ。あなた達を雇うと決めた時、どれだけ周りの説得に労を費やしたか忘れたの?」


「もう二度としません。赦して下さい」


 テッサはため息を吐き、女性を見据えた。おっとりとした彼女とはまるで別人のような凛々しい姿だ。


「美桜ちゃんを狙ったのは復讐のため? ラウールにそんなことをしたら返り討ちにあうものね」


 わたしはその女性をどこで見たことがあるのか思い出した。ローズを誘拐したときに立ちふさがったうちの一人だ。


「また牢屋に入れられたいの? 今度はもう言い逃れはできないわ」


 その言葉に女性が唇を噛む。


「もう一度牢屋に戻るか、この場から立ち去るか、あなたが決めなさい。そして立ち去るなら二度と彼らに関わらないで。あなた達もそれでいいのよね?」


 同意を求められた男二人は何度も頷く。


 女性は自分が不利な状況にいると思ったのか、テッサを睨み踵を返し逃げ出した。


 テッサは男二人を冷めた目で見る。


「あなた達にも次はないわ。今あなたの環境を手に入れるのにどれだけの人が頭を下げたのか忘れないで。もし今回のような目に遭いかけて、あなた達にその気がないなら、私に言いなさい。そうしたら手を貸すから」


 男たちはもう一度詫びの言葉を残すと、背を向けて帰っていく。


「本当は捕まえたほうが良かったのかもしれないけど、ごめんね」


 テッサは私に対して深々と頭を下げる。


「私こそ、勝手に出歩いてごめんなさい」


「いいのよ。もともと私がロロを呼びとめたのと、アルバン達の仲間が不穏な動きを見せているというのを黙っていたのが悪いんだもん。でも、危ないから一人では歩かないでね」


 私が頷くと彼女は優しく笑った。


「あの男たちは過去に何度も二人で窃盗を繰り返していたの。一度彼らを捕まえたことがあって、面識があるんだ。その後、心を入れ替えると誓ったから私は彼らを知り合いに紹介したんだけどね。もう繰り返さないと良いけれど」


 テッサはそう寂しそうに笑う。


 ラウールがなぜ可愛いという言葉に微妙な反応をしたのか分かった気がする。見た目は可愛いのに、すごくかっこいいというかしっかりしているなと感じた。今の彼女を見た後では可愛いという言葉がしっくりこない。


「でも、何でここにいると分かったの?」


「虫よけの匂いだよ」


 ロロは肩をすくめる。


「ロロは相変わらず鼻がきくね」


 テッサは感心したようにロロを見る。


「きつかったらおじさんかわたしの家で休む?」


 テッサは私の肩をぽんと叩く。


「大丈夫です」


 まだ心臓がどきどきしているが、随分落ち着きを取り戻してきた。


「じゃ、行こうか。薬草園で休んでも良いからね」


 戸惑う私を見て、テッサは微笑む。


「もともと私も一緒に行くと言ってロロを呼びとめたの」


 私達はそこから右手に逸れ、細い道に入る。町への裏口があるのとは逆方向だ。途中から民家が途絶え、辺りが林に変わる。


「結構町から離れているんだね」

「まあな。広いし」


 王都と言ってもあるのは人の住む町だけではなく、畑なども都の中にあるし、お城の奥には王家の墓のある森もある。そのため、かなり広い。


 林を抜けると畑がたくさん並んでいる。ロロは一番手前の畑で足を止めた。


「これがロロの薬草園?」

「俺とおじさんのだよ。どうせ作るものは一緒だから。基本半々で必要に応じて融通をきかせる」

「全部?」

「一応、町の外にも持っているから半分くらいかな」


 ロロの言葉に私はただ驚くばかりだ。

 管理をするだけでも大変そうな気がする。彼は長い時間、薬草に触れているんだろう。


「とりあえず現物を見て、少しでも覚えていくか」


 彼はバッグの中から薬草辞典を取り出した。さっきのおじさんの貸してくれた本よりも分厚い。


 ロロは私に薬草辞典を片手にその薬草の種類や特製などを見分け方なども含めて簡単に説明していく。彼の口からどんどん名前や効果が出てくるのも驚くが、この分厚い本でも、彼があっという間にページを引き当てるのは変わらない。


「覚えたかと聞いても無駄そうだな」


 ロロは腰に手を当て、苦笑いを浮かべる。


 私は顔を引きつらせながら、笑って見せた。


「種類が多いから仕方ないよ。私は薬草を取って来るね」


 テッサはそう声をかけると畑の奥に姿を消す。


「ロロは全部覚えているんだよね」

「わざわざ辞書を引きながら調合をするのが面倒だしな。そうだ。俺が名前を言うから、その植物を探してみな」


 ロロは悪戯っぽく笑う。


 この広い畑で?


 私は驚きの声をあげ、辺りを見渡した。


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