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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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薬屋でのひととき

 その時おじさんが顔を覗かせた。


「ロロ、帰ってきたのか」

「このガキ誰?」


 ガキって、多分この少年よりも年上なのに。私ってそんなに年下に見えるんだろうか。


「ロロ、まずは知らない人にあったら挨拶をするもんだよ。その人がラウール様の言っていた人だよ」


 彼がおじさんの言っていたロロか。


 彼は舐めるように私を見る。


「まずはお前から名乗れよ」


 私はラウールの口が悪いと言っていた意味を実感する。彼に比べるとラウールは礼儀正しいような錯覚を覚える。言葉が丁寧なニコラの後に彼と話をしたらその差に戸惑ってしまいそうだ。


「ロロ、初対面の人にそういう乱暴な口調で話しかけたらダメよ。美桜ちゃん、びっくりしているじゃない」


 聞き覚えのある声が聞こえる顔をあげると、目元のくりっとした女の子が顔を覗かせていた。テッサだ。


「相変わらず暇なんだな」


「暇だから美桜ちゃんに会いに来たの。さっきラウールからここにいると聞いたんだ」


 彼女は乱暴な言葉にも全く表情を変えない。慣れているんだろうか。


 私はその言葉に促されて立ち上がる。そして、深々と頭を下げた。


「服ありがとうございました」

「どういたしまして」


 彼女は家の中に上がってくると、私をじっと見る。そして、笑顔を浮かべる。


「サイズはやっぱりぴったり。我ながら良いできね」


 彼女は私の読んでいた本に視線を落とす。


「薬草の勉強をしているんだ。ロロ、薬草に詳しいものね。頑張って」


 その言葉にロロの頬が僅かに赤く染まる。照れているんだろうか。ロロは口を尖らせて、胡坐をかいて座る。


「暇ついでにお昼は私が作ってあげる。腕によりをかけてね」


 お昼と聞き、私はリリーからもらった朝食を思い出した。


 どうしよう。今、ここで食べていいんだろうか。さすがに空腹を感じはじめていた。


「もしかしてお昼は準備してきた?」


 テッサは私の表情から何か察したのか、そう問いかけてくる。


「寝坊して、朝ご飯を食べる時間がなくて」


「それなら今から食べるといいよ。飲み物を持ってくるわ。ラウールもそれくらい待ってあげれば良かったのにね」


 テッサはそういうと家の奥に入る。そして、ガラスのコップを二つを手に戻ってきた。そこには水が入っている。


 私はお礼を言い、布の袋を開ける。そこにはビスケットのようなさくさくとした触感の食べ物が入っている。


 私が一枚目を食べようとしたとき、刺さるような視線に気付く。ロロが私を訝し気に見つめていた。


「それ、見慣れないものだな。どこで買ったんだ?」


「家から持ってきたの」


 ラウールとの約束が頭を過ぎり、慌てて取り繕う。


 私はあっという間に平らげると、その布を脇に隠すようにしておく。そうしてしまったのは、妖精の国の布と、人間の国の布は素材が違うためだ。


「まあいっか。始めるよ」


 ロロは手元にあった自分のコップに口をつけ、おじさんの本のページをめくる。


 まず最初には容器について書かれている。あらかじめ消毒すること。熱湯での消毒が推奨されているらしく、耐熱性の容器を準備することとなど基礎的なことだ。


 下準備や調理法などがあり、ざっとロロは説明していく。この辺りはスムーズに理解できる。


「恐らく最初に行き詰るのが、植物の見分け方だな。お前はここにある植物を見たことがあるか?」


 本にざっと目を通すが、見たことはなかったので、首を横に振る。


「実物に触れるのが一番だから、とりあえず飛ばすか」


 そんなものでいいんだろうか。


 ロロは私の戸惑いにお構いなしに、どんどんページをめくり、ページを止める。その本を私の手前に置く。


「どの植物をどう調合するかはまず最初にパターンで覚える必要がある。応用するのはそれからだ。例えば、子供が風邪を引いた時に、どの薬を出すのが最良か選んでみろ」


 私は手元の本をめくり、風邪を引いた時に聞く薬を見付ける。それをロロに見せる。


「これ?」


「そうだな」


 彼は私から本を受け取るとページをめくる。彼が開いたページには風邪に効くという薬草があった。さっきのとは違う薬草だ。


「でも、子供や、胃が弱い場合はこちらぼほうが体にかかる負担が少なかったりする。ただ、効果が最初の薬草の方が期待できるため、二つを調合することもあるし、こうした薬草を混ぜることもある」


 彼は別のページをめくり、私に見せる。そこには胃の調子を整えると記されている。


 いろいろな効果があるのはなんとなく分かるが、それ以上に驚いたのはロロだ。まるで目印でもつけているのではないかと思う程、ピンポイントでページをめくる。


「ロロは本の内容を覚えているの?」

「幼い頃、親父に嫌と言う程覚えさせられたよ。百冊以上は頭に入っている。この本も昔覚えたな」

「百冊?」


 私は手元の本を見る。学校で使っている古語辞典くらいの厚さがあり、これを覚えるだけでなかなか大変そうなのに。


「俺の家は代々有名な薬師の家だったから、これくらいはもう嫌ってほど叩き込まれているんだ」


 納得しながらも、だったという過去形が気になる。


「ここの家の子供なの?」


 彼は違うとだけ伝える。


 短い返答はそれ以上の問いかけを拒否している気がして、私はそれ以上聞かないことにした。


「例えば、種族ごとにあわない薬草があるけど、そうしたものも分かっているの?」


「知っている分は分かっている。例えば、妖精にはこの植物の葉がダメらしい。人間は食べられるが、何か違うんだろうな」


 彼が指したのは背丈はそこそこある植物だ。それはさっき見付けたエメ科の植物だ。


「その毒の部分を取り除くことができる方法も知っているの?」

「水で浸しても、茹でてもダメだとか。毒成分を中和させるものがあればいいが、今のところ、俺には分からない」


 ドニの水について聞いてみたかったが、ラウールとの約束が私の口をふさぐ。


「実物は後から薬草園に行くから見せてやるよ」


 最初の乱暴な言葉遣いでどんな人だろうと心配だったが、怖い人というよりは不器用な人という気がした。一緒に過ごす時間が増えると、話し方がラウールになんとなく似ている気がするのは気のせいだろうか。


 そんな調子で進めていくと、テッサが顔を覗かせた。


「お昼、食べたくなったら言ってね」


「そろそろ食べるか」


 私はロロの言葉に頷いた。


 ロロがテッサにそう伝えると、彼女は鍋を片手に戻ってくる。


 ロロが部屋の隅に置いてある木製の鍋式を持ってきてテーブルの上におく。テッサはお礼を言い、その上に鍋を置くと、再び消えていく。今度は三人分のお茶碗を手に戻ってきた。


 彼女は鍋の蓋をあけると、大きなスプーンで器に食事を継ぎ分けていく。一人分を注ぎ終わると、お箸と一緒にお茶碗を渡す。


「野菜の煮物なの」


 私は受け取ると、食べてみることにした。


 紫色でジャガイモの触感に似た食べ物や、黄色い人参のようなもの。見たことのない野菜がたくさんある。食べる前はどんな味なのか不安だったが、一口食べるとそんな不安は消し飛んでしまった。不思議な甘みがある。調味料による味付けではなく、野菜本来の甘さを引き出している気がした。


 その時、おじさんがお店から顔を覗かせる。


「テッサちゃんの料理は久しぶりだね」

「おじさんも食べる?」

「今は忙しいから後から食べるよ」


 店から人の声が聞こえたこともあり、彼は再び店に戻る。


「狂暴なくせに、料理だけは上手だよな」

「褒めてくれてありがとう」


 テッサが笑顔で言うと、ロロの顔が再び赤く染まる。時々こうやって毒づくのが、ラウールが口が悪いと言っていた理由なんだろう。


 でも、テッサのどこが狂暴なんだろう……。こんなにやさしくていい人なのに。

 裏を返せば、そうした冗談も良い合える程の二人の仲の良さの表れなんだろう。



 食事を終えると、ロロが立ちあがる。


「腹ごしらえをしたし、行くか」

「どこに?」

「実際に薬草を見たほうが分かりやすいだろう。何か採ってくるものがあれば、採って来るよ」


 おじさんは何やら単語と分量を羅列し、ロロはそれをメモしていた。


「でも、出歩いて大丈夫かい? ラウール様を待った方が」

「大丈夫だよ。俺と一緒なら外に出しても良いと言っていたし」


 おじさんは心配そうにロロを見つめていた。

 ロロは布袋とハサミなど必要なものを集めていた。そして、小瓶を手に取ると、私を手招きする。

 私が促されるまま右手を出すと、彼はその瓶を傾け私の手のひらに二滴程落とす。


「虫よけ。一応塗っておいたほうがいいよ。免疫なさそうだし」

「ありがとう」


 何かのハーブなのか匂いが強いが、肌につけるとさっと広がる。ロロもその液体を肌に塗る。


「あとは帽子と上着なら貸すよ」


 彼は脇に置いていた白い帽子と上着を私に渡す。つばの部分が深く、これなら日よけ効果も期待できそうだ。


 ロロも布製の上着を着ると帽子を手にする。


「じゃ、行くよ」


 店先に出ておじさんに挨拶をして外に出て行こうとしたとき、テッサの声が聞こえる。


「悪い。ちょっと待ってろ」


 ロロはそれだけを言い残すと中に入っていく。


 私はなんとなく辺りを見渡す。この辺りはお店は多いが、人口自体は少ないのか辺りを行き交う人の数はそんなに多くない。


 私が見渡す範囲を広げた時、視界の隅に見覚えのある男性を見つけた。だが、彼は一人ではない。その脇にはふわふわのドレスを着た女性の姿がある。腰のあたりまで伸ばしたつややかな髪の毛が印象的な人だった。結構きれいな人の予感。


 私はラウールと一緒にいる人の姿を見てみたくなる。


 店の方を見てもロロはまだ戻ってくる気配はない。


 少しだけならと思い、ラウール達に近寄っていく。


 ちょうど曲がり角にきた時、やっとその女性の顔が見え、思わずため息を漏らした。


 その美しいシルエットと相違なく、かなり綺麗な人だ。

 ラウールの用事ってこれだったんだろうか。恋人なのか、友人なのか。なんかラウールに恋人がいるというイメージはつかなかったけど、王子様でも恋愛くらいはするだろう。もしかすると婚約者とかそういうものなのかもしれない。実際の関係がどうなのかは分からないが、とても絵になる二人でお似合いだと思う。


 ふと女性が目を輝かせ、拳を握る。そして、何かをラウールに主張しているようだ。言われているラウールは戸惑いを露わに彼女を見て、後退している。引いているように見えるのは気のせいだろうか。そう思った矢先、彼女はラウールの手首を捕まえ、歩き出す。


 ラウールは苦笑いを浮かべながらも、彼女の手を振り払うことはしなかった。


 意外なラウールの一面を見てしまった気がする。


 私はその時我に返る。ロロに店先で待てと言われたのにも関わらず、ここまで来てしまった。早く戻ろうと踵を返そうとしたとき、右手のレンガ造りの建物の影から女の人の声が聞こえた気がした。


 私が声をかけた人の姿を確認する前に、意識が遠のいていった。


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