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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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薬師の少年

 ぼーっとした意識の中で、リリーの私を呼ぶ声が響き、私は思いまぶたをあけた。


「おはよー」

 いつものように軽い口調で挨拶をして、まぶたをこすり体を起こしたとき、聞きなれない声が聞こえる。


「明日以降にするか? そろそろ国に戻りたいんだが」


 私はその声で我に返る。ベッドの傍にはリリーが、部屋の入口に腕組みをしたラウールの姿があった。今日はブレソールに行く約束をしていたのを思い出す。


「ごめん。今から準備する」

「勝手に中に入ってごめんね。何度よんでも起きなかったから」

「いいの。起こしてくれてありがとう」


 リリーはホッとしたような笑みを浮かべる。


「私達は外に出ているね。持っていくものはそんなにないと思うけど、忘れ物はしないようにね」


 リリーたちが出て行くのを待ち、慌てて服を探す。

 私の視界に昨日、テッサさんからもらった洋服が映り、それを着ていくことにした。彼も人間の服と妖精の服の素材が違うと言っていたのを思い出したからだ。


 袋から取り出した洋服に目を通す。そういえばどんな洋服かも確認しないままだった。黒の布地に花が描かれたワンピースで三分袖になっている。丈は膝と同じくらいで、驚くほどサイズがぴったりだった。


「アリアも行くの?」


 いつの間に現れたのか宙に浮いているアリアに問いかける。

 彼女が頷いたので、私はバッグを持っていくことにした。

 外に出ると、リリーたちと顔を会わせる。いつの間にかローズの姿もある。


 私はローズの部屋の洗面所を借り、顔を洗い、軽くうがいをした。


 戻ってきた私に、リリーは持っていた布袋を渡す。


「ごはん。向こうで食べて」

「ありがとう」

「この国の食事か。何か懐かしいな」


 彼は表情を綻ばせる。


「今度食べて行けばいいよ」


 ラウールは笑顔でリリーの言葉に頷いていた。


「夜までには連れて帰るよ。じゃあな」


 私はラウールと町の入口まで行く。そこでラウールは転移魔法を使っていた。


 町を取り囲む壁が視界に飛び込んできた。ちょうどブレソールの外に到着したようだ。


「裏口から入るの?」

「正面から入ると目立つから、いつもここから出入りするよ。転移魔法で直接移動しても良かったんだが、さすがに知り合いの家とはいえ他人の家だしな。一応、その知り合いの薬師には話を通してあるよ」

「ありがとう」


 ふっと私の脳裏に疑問がわく。


 彼はクラージュの件からも分かるように、面倒見が良い人なんだろう。クラージュの件は自国内のトラブルを避けるというメリットがある。だが、今回の件は彼にメリットがあるとは思えない。


 わざわざ忙しい合間をぬい、彼が私にそこまでしてくれる理由が見当たらなかったのだ。エリスのお礼の一種なんだろうか。


「何でそこまでしてくれるの?」


 彼は私を一瞥すると、呆れたように私を見た。


「お前がどこから来ようとこの世界では人としてひとくくりにされる。お前が同じ調子で誰かに毒を盛れば、人間の悪評が広がるし、多種族とのトラブルの引き金になりかねない。今回もアンヌが亡くなっていたら、お前がどうなっていたかわかったもんじゃない。そうしたことを避けたいんだよ」


 私は想像してぞっとする。でも、薬を作るというのはそういうことなんだ、と改めて身につままされる。人の病気を良くする事もできるし、逆に傷付けてしまう可能性もある。


「気をつけるよ。さすがに反省したもの」


「それにお前が学びたいならメリットにもなるだろうし、できることは力になるよ。もし迷惑だったらそう言ってくれれば構わない」


 厳しい口調が一転して優しいものになる。


「迷惑なんかじゃないよ。感謝しているの」


「根を詰めない程度に頑張ればいいよ。エリスの命の恩人なんだから、困ったことがあればいつでも言ってくれてくれればいいさ」


 ラウールの言葉に、心がすっと楽になる。


「あと、他の世界から来たとむやみやたらに他の奴には言わないほうがいいと思うよ。余計なトラブルに巻き込まれたくないならな。できれば妖精の国に住んでいるということも」


「分かった」


 彼は笑みを浮かべると、鍵を取り出した。私達は中に入る。あのときとは逆の道筋をたどり、町の中に戻る。


 町に出ると彼は細い道を通っていく。私もその後をついていくことになった。


 だが、その見慣れない景色が、見慣れたものに変わる。一度とはいえ、結構歩いたので、一度見た景色を印象深く覚えていただけかもしれない。だが、私はここにいくのはないかと思い浮かべることができた。私の考えは彼の足が止まった時、確信に変わる。


 彼が連れてきてくれたのは、私がバイヤール家の話を聞いた薬屋だ。彼に連れられ、家の中に入る。


 おじさんが商品の隙間から顔を覗かせ、慌てた様子でこちらにやってきた。


 ラウールにぺこりと頭をさげたおじさんの視線が私に移る。そして、彼も私の事を覚えていたのか、声を漏らす。


「あがるよ」


 ラウールは彼の返答を待たずに、家の中に入る。

 おじさんも私の後についてくるようにして家の中に入ってきた。


「まさかお嬢ちゃんがラウール様の知り合いだったとはね」

「知り合いなのか?」


 おじさんは以前店に来た客だとラウールに伝える。 


 ラウールは納得したのか頷くと、辺りを見渡す。


「ロロは?」

「あの子は朝っぱらから出かけたままだよ。そろそろ帰ってくると思うがね」


「あいつは本当にマイペースだな。送れたこっちもわるいが。ロロに話しは通してあるが、こいつに薬草について基本的なことを教えてやってほしい」


 おじさんはラウールの言葉に頷く。


「昨日言っていた話だね。分かっているよ」

「じゃ、夕方前には迎えに来るよ」

「私、テッサさんにもお礼を言いたいの」


 立ち上がり、家から出て行こうとしたラウールを呼びとめる。


「テッサには話を通しておくから、帰る時に会いに行けばいいよ。ロロは早めに捕まえておかないと、どこに行くか分かったもんじゃない。あと、一人で絶対にこの家の外に出るな。どうしてもというなら、ロロと一緒に出かけろ。その辺も頼んでいるよ」


 私は少し厳しい彼の口調に戸惑いながらも、頷いていた。

 彼はまたなというと今度こそお店を出て行った。


 私はおじさんと目が合う。


「ロロは今出かけているから、これでも読んでいてくれ」


 おじさんは家の奥から本を持ってきてくれた。古ぼけた本だ。


 そこには薬草の絵と解説、そして採取できた場所が書いてあるが、その内容は手作りのようだ。そして、多くの付箋が張ってある。まだ慣れない文字なので読むのは大変そうだが、丁寧な字で描かれているので読めないことはなさそうだ。


「これは薬草の記録だよ。おじさんは昔、こうやって薬草の種類を覚えて行ったんだ」

「これはおじさんが描いたの? すごく絵が上手ですね」


 おじさんは「ありがとう」というと、笑顔を浮かべる。


「名前は?」

「美桜です」


「美桜ちゃんもこうして一つずつ確認してメモを描いていくといい。ただ、それは今すぐに完成とはいかないから、これを見て学んでいこう」


 おじさんが差し出したのは別の本だ。こちらの方は印刷や製本がされている。背表紙は紐で縛ってあり、手触りを円滑にするためか紙のようなものが張ってある。


 中を確認すると、薬草の種別や性質、効能、使う場合の注意点が描いてある。だが、いくら探しても妖精の国で取れるエメやシリルは見当たらない。エメはエメ科の植物があるようだが、その見た目も名前も少し違う。


「これは人間の国で取れる植物が中心なの?」


「基本的にはそうだよ。他の国のものでも、定期的に入手可能なものは書いてあるけどね」


 私はおじさんに促されて本を渡した。そして、彼はページをめくると本を私に返す。そのページの薬草は、産出地がモンターニュと書かれている。モンターニュとは魚人がいる国だったはずだ。


 おじさんは紙の束を机の上に置いた。


「必要だったら使ってくれ。実物を見たかったら、もうすぐロロが帰ってくるから、あいつに連れて行ってもらえばいいよ」


 その時、店から声が聞こえた。おじさんは店に出て行く。私はおじさんからもらった紙にノートに書かれていた薬草の絵を書き写そうとした。だが、うまく書けずに描いては消してを繰り返す。


「お前、絵下手だな」


 顔をあげると、そこには腕組みをした、目つきの悪い黒髪の少年が立っていた。年は私よりも年下なのか、十五前後に見えた。背丈はラウールまでとはいかないまでも私よりは高い。


 彼は冷めた目つきで、私を見つめていた。だが、その目線は冷ややかであっても、怖いという気はしない。それは彼が少年の雰囲気を強く出していたからかもしれない。


 彼は私と目が合うとため息を吐いた。


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