自由のない町
私たちが到着したのは何もない広場だ。だが、何もないという表現はあまり正しくないのかもしれない。広い草が生えた場所の周囲は行く手を遮るほどではないが石壁が四方に張り巡らされている。その内側も無人とはいかず、胸当てをしたり、ローブを来た人が巡回している。
彼らの役目は監視なんだろうか。私達がその広場に来ると、四方から鋭い視線が投げかけられる。そして、一番近い位置にいた男性が慌ただしい足取りでこちらにやってきたのだ。
男性は私達の近くまで来た時、目を見張る。そして、深々と頭を下げていた。
「ラウール様、どのようなご用件でいらしたのですか?」
「カジミールに会いたいと思っているが、都合はつきそうか?」
「お約束はされていますか?」
ラウールは首を横に振る。
「できれば急な用で取り次いでほしい」
「こちらの女性は?」
「俺の友人だよ。ニコラが来れないから、彼女が一緒に来ることになった」
ラウールは涼しい顔で嘘をついているが、その男性の私を見る目が一瞬で変わる。王子様の存在感はすごい。
「しばらくここでお待ちいただけますか?」
ラウールが分かったというと、彼はその広場にいる同じ格好をした男性のもとに歩いていく。
「ここはどこ?」
「テオ領内だ。転移魔法で来るときには、必ずここに来るようになっている。妖精の国だと町の入口に到着するだろう。それと一緒だよ。町によってどこに転移魔法で到着するかあらかじめ決められている」
「そうなんだ」
今まで転移魔法に触れたことは幾度となくあるが、あまり深くは考えたことはなかった。
「でも、町の中っていうのはどうしてなの? 町の入口のほうが分かりやすいのに」
「こちらを何人が警戒しているか分かるか?」
私はラウールの言葉にそれとなく辺りを見渡す。一人ローブを来た男性が目を光らせているのは分かるが、他の人はこちらを気にした気配はない。それをラウールに伝えると、彼は首を横に振る。
「ざっと見ただけで三十人。不穏な行動を取れば、一気に畳みかけられるようにしているんだろう。普通の人間ならひとたまりもないな」
私はラウールの言葉に従い辺りを見るが、誰がこちらを警戒しているのかさっぱり分からない。
ブレソールのほうが王都なので警護が硬くても良さそうだが、初見の私が入れるようにかなり警護が緩い。
「でも、何で私を連れてきたの。役に立たないと思うのに」
「俺が結果だけを教えるよりは、お前が一緒の方が話の内容も信頼してもらえるだろう。毒を盛っても許してもらえるくらいの仲みたいだからな」
今日一番痛いところをつかれてしまう。だが、その言葉にはもう一つ意味があるのに気付く。彼はさほど、クラージュの人間に信用されていないと思っているのだ。
先程の男性が戻ってきて、私達をカジミールのところに案内すると口にする。私達は彼ともう一人に付き添われ、町の中を歩いていく。レンガ造りを思わせる家々が並び、ブレソールとは違った印象を与える。町行く人も訪問者が珍しいのか、視線が集まっていた。委縮してしまい肩をすぼめる私とは違い、ラウールはいつものように淡々とした表情で歩いている。
私達を先導していた男性の足が止まる。私はその目の前に立ち並ぶ建物を見て、思わず声をあげそうになった。私は話の流れから、バイヤール家のような王都の仲でも一際大きい家をイメージしていた。だが、カジミールの家は私の想像を軽く上回る。バイヤールの家の比較にならないどころか、妖精の国の城に匹敵するくらいの広さだ。
そして、私達を連れてきた男性は、建物の前に立っている紫のローブを来た男性に声をかける。
彼は私達の前に来ると、深々と頭を下げる。
「応接室にご案内いたします」
私たちは豪華な門を潜り抜け、家の中に通される。人の家というよりはお城の中に入ったようだ。入ると広間があるが、私達は目の前にある大きな階段をあがることになった。案内してくれた男性がその正面の部屋の扉を開ける。彼はここで待っているようにと告げると、部屋を後にした。
通された部屋には高そうな骨董品が所狭しと並んでいる。自然に包まれ素朴な妖精の城とは対極に位置しそうだ。
「あまり周りをじろじろ見るな」
「ごめんなさい」
ラウールに叱られ、肩を落として周りを見渡さないことに決めた。
ラウールは私を見て呆れたように笑う。だが、彼は急に真顔になると私の腕をつかみ、耳元で囁く。
「交渉事は全て俺がする。腹立たしいことがあっても、決して顔に出すな」
私がその言葉に疑問を呈する前に、ドアが開き、一人の長身の男性が入ってくる。領主と言われ、私は年配の男性を想像していたが、想像していたよりもかなり若く、三十台半ばといったところだろうか。掘りの深く、顔立ちの整った男性だ。
彼はにこやかに笑い、ラウールを見て一礼をする。そして、席についた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
ラウールは急にここにきたことぉお詫びると、単刀直入に話を切り出した。
「クラージュとの緩衝地帯にこちらのテオの人間が入り込んでいました。あなたは国民に緩衝地帯に入ることを許可されているのでしょうか?」
その言葉に男は顔を引きつらせる。
「まさか。私は争いごとは極力起こさないようにと提言しております。あなたも国の指導者的立場であれば分かりますよね。言いつけを守らないものも出てきます」
「そうですか。ただ、このままではクラージュとの間に結んだ条約をこちらが破棄したともとられかねません。我が国の一部となるなら、クラージュとの間に守られた条約を護っていただかないと困ります」
カジミールは申し訳なさそうな表情で、「分かりました」と告げる。
「あと一つ相談がありますが、クラージュ側が緩衝地帯を買取りたいと言っています。今まで通り緩衝地帯として中には入らないと。もちろん、国として決断をするため結論はすぐには出せませんが、テオとしてはどうお考えですか?」
その言葉に彼は眉根を寄せる。
「そんな戯言は信じられません。それは緩衝地帯にあるカルクムを狙ってのことでしょう。それに、彼らにあの土地を書いとれるほどの資産があるとお考えですか?」
ラウールは明言を避け、分からないし、今はそうした話もあると伝えておいたとだけ告げていた。
「では、私達が買い取るのも可能ということですか?」
男は挑戦的な目でラウールを見た。
「テオの人間が決して緩衝地帯に入らないということなら可能でしょう。ただ、統率のとれていない現状では厳しいでしょうね」
ラウールは男の表情にも嫌な顔一つしない。
ラウールが帰ると告げると、先ほどここに案内してくれた男性が扉をノックして中に入ってくる。部屋の外で待っていたのではないかと思う程だ。
家の外に出ると先程の男性が待っており、彼に連れられ、先ほどの広場に戻る。
その時、子供を抱えた女性が他の男性に連れられ、歩いていくのが見えた。子供は無邪気に笑うが、女性は顔を強張らせている。ラウールの視線を感じ目を逸らした。だが、なぜここまで旅人を監視しないといけないんだろうか。
広場に戻ると、ラウールが呪文を詠唱する。そして、私達はテオを離れた。
ラウールに連れてこられたのはアンヌの家の前だ。彼は私を見て促すと、扉をノックして中に入る。
家の中にはアンヌが一人だけ残っており、話の流れを簡単にアンヌに説明する。彼女は自分の案が簡単に通らないことを分かっていたのか、「そうか」と寂しそうに笑っていた。アンヌも探し物を手伝おうとしたが、それを阻んだのがリリーだ。まだ、体調の良くないアンヌを気遣ったのだろう。なので、彼女は誰がどこに探しに行っているのかを管理することにしたらしい。
「まずはアンドレ氏の言っていた探しものが見つからないとどうしょうもないな。誰も探していないのはどのあたりだ?」
「いいよ。折角だからあんた達はゆっくりしてくれ。リリーにはそう言って押し切られてしまったけどね」
アンヌは苦笑いを浮かべていた。
「俺も手伝うよ。少しでも探す場所を減らしておいたほうがいいと思う。クラージュ国内ならどこでも行けるから、奥地でも構わないよ」
「私も手伝う」
「悪いね」
アンヌは申し訳なさそうな笑みを浮かべ、地図を眺める。山の近くにある川を指差した。
「奥地を頼んでも良いが、そんな場所に隠すとは考えにくい。川沿いをリリーたちに探してもらっているが、そこに行ってもらえるか? 水を嫌う奴らが多くてね、この辺りははかどらない気がする。ポールも一緒だから、分からないことがあれば彼にきいてくれ。ここまで行けるか?」
ラウールは地図を凝視し、頷いた。
「問題ない。結構範囲も広いようだから、こいつも一緒に連れて行くよ」
アンヌが頷くのを待ち、ラウールは再び呪文を詠唱していた。




