再会と旅立ちの日
秋が過ぎ、辺りを冷たい空気が覆い始めた。
和室の扉を開けようとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
インターフォンで応答すると、聞き覚えのある声が耳をかすめた。
わたしは慌てて玄関に出た。
そこには金髪の女性が目を細めて立っていた。
「久しぶりね」
「アリア」
アリアは目を見張り、くすりと笑った。
「もういい加減アリアはやめなさい。もうそう呼ぶのはあなたくらいよ」
「そうだね。もうあれから三年経ったんだよね。サラか。なんかくすぐったいね」
「わたしの名前を知らなかったのはあなたくらいだもんね」
彼女は短く息を吐いた。
「みんなは?」
「元気よ。環境が違うと思っていたけれど、意外と平気ね。発達している文化は全く異なるようだけれど」
「どこに来たの? 直接家に来るものだと思っていたからびっくりした」
「この近く道路だったみたいね。あなたを呼び寄せたのと同じ場所に座標を定めたの。そうしないと目的地が決められなかったから。あとはあなたの持つ石を頼りに探し出したの。幸い、この世界でも少しは力を使えるみたいね」
彼女の足元にするりと蔦のようなものが飛び出してきた。
わたしの力はこの世界では発動することはなかった。それは女王と、そうでない人間の差なのかもしれない。
「ここがあなたの家なの? おばあさんは?」
「亡くなった」
「そっか」
サラはそっと唇を噛んだ。
「まずはあがって。誰もいないし、サラは目立つでしょう」
「そうね。通りすがりの人にじろじろと見られたわ」
苦笑いを浮かべたサラを家の中に招き入れた。
彼女は怪訝そうな顔をしながらも履いていたブーツを脱ぐと、居間に通した。
彼女は家の中のものが珍しいのか、辺りを見渡していた。
「その辺りに座っておいて」
サラは頷きながら、テーブルの近くに腰をおろした。
わたしは紅茶を準備して、テーブルの上に置いた。
彼女はお礼を言うと、カップを口に運んだ。
カップから口を離すと目を細めた。
「どうするか決めた?」
「あの世界に帰るよ」
彼女は少しだけ寂しそうに笑った。
「あなたが決めたのなら、それで構わない」
彼女のカップを握る手に力を込めたように見えた。
「ずっと気になっていたことがあるの。美桜は知の書を取り込んだ時、何が見えた?」
「エトワールの世界の歴史、植物のことかな」
「わたしも最初はそうだった。でも、あの植物に触れたとき、あの世界の未来らしきものが見えた。自分の命が尽きた少し後までの。もちろん、その未来は断片ですべてではないのかもしれないけれど」
だからこそ、彼女はわたしに戻ったほうがいいといったのかもしれない。
彼女の見た少し先の未来にはわたしがいなかったのだろう。
その先の未来には、わたしの存在がったのだろうか。
そのとき、一つの答えにたどり着いた。お父さんにも見えていたのだろうか。自分が死ぬ瞬間を。サラが女王として存在している未来を。それは王位を継げなかったわたしにはわからない。
「どれくらいで帰る?」
「アリアはどのくらいここにいられるの?」
「三日、いえ念のため二日ね」
「分かった。おじさんに連絡して、いろいろ手続きをしてもらうよ。おじさんにも会ってくれる?」
「そういえば弟がいるといっていたね。彼は知っているの? あなたのことを」
「お母さんからいろいろ聞いていたみたいよ」
「分かった」
サラはそういうと微笑んだ。
おじさんに連絡をすると、仕事帰りにすぐに来てくれた。彼ははじめて見る、話に聞いた女性に戸惑っているようだった。
そして、サラが来た二日後の朝、おじさんは会社を休んでわたしの家に来てくれた。その間に荷造りは当然済ませていて、必要最低限のものだけを持っていくことにした。他の荷物はもうゴミとしてまとめてしまっていた。あとは捨ててもらうだけだ。
わたしはおじさんに家の鍵を渡した。
「今までありがとう」
「元気でね。もうこちらには戻ってこない?」
「そのつもり」
わたしはバッグを手に取った。そこにはお母さんの指輪も入っている。
これでこの世界とはお別れだ。
戻ってこようと思えば戻ってこれるが、きっとそれは考えないほうがいい。わたし一人の力ではこの世界に戻ってくることができないのだ。
別れというフレーズが心にのしかかった。
絶対戻ってこれないわけではない。分かっていても迷いはある。
けれど、わたしは見つけてしまった。自分の居場所を。
「行こうか」
アリアはわたしの言葉に頷いた。
「どこに行きたい?」
「どこって、花の国じゃないの?」
「どこでも美桜の行きたいところに戻れるわ」
アリアはそういうと、声を漏らした。
「そっか。確か明日は……。エスポワールに行こうか。ラウールに会いたいでしょう」
わたしは急に聞こえてきた名前に驚きの声を漏らした。
彼女は彼の名前を出さなかったのだ。
「でも、他のみんなにも」
「他のみんなもおそらくエスポワールに集まっているはずよ」
「何かあるの?」
「ちょっとね」
サラは悪戯っぽく微笑み、それが何か教えてくれなかった。
「じゃあ、今から行きます。離れてもらえますか?」
サラはおじさんに頭をさげた。おじさんは戸惑いながらも、後ずさりした。
「今までありがとう」
わたしは深々と頭をさげた。
サラが呪文を詠唱し、あのときと同じ光が辺りに満ちる。
これでお別れだ。
そう思ったとき、辺りを眩い光が包み込んだ。




