戻ってきたときには……
ルイーズは小箱を私に差し出した。その中にはネックレスが入っていた。その中央にはダイアモンドのような石が輝いていた。
「私たちからの贈り物。こうしたものなら、向こうでも使えると聞いたの」
「ありがとう」
私はそれを受け取った。
私が日本に帰る前日、ルイーズたちがやってきてくれたのだ。そして、彼女たちは私に贈り物をしてくれた。もっともあまり大きなものや生態系の破壊につながるものはダメだと念押しされたらしく、皆で合同でこの宝石を贈ってくれることになったようだ。
「もし、戻ってくるときは忘れないようにね。向こうの世界では存在しない鉱石かもしれないから」
「分かっている」
「戻ってこないときには、できれば……」
私はルイーズの言葉に頷いた。
この宝石を処分したほうがいいと言いたいのだろう。
「まあ、似たような宝石があるなら、大丈夫だと思うわ。せっかくだからつけてみたら?」
セリア様に促され、私はそれを首につけた。そして、エリスが私に鏡を手渡してくれた。
透明に煌めく宝石をみにつけた私の頬がほんのりと赤くなっていた。
こういうのはなんだか照れくさい。
「似合っているわね」
セリア様はそういうと微笑んだ。
「本当にそう思います」
エリスが目を輝かせ、微笑んでいた。
「本当、ラウールも」
そう言いかけたリリーが口を噤んだ。
ルイーズはそんなリリーを見て苦笑いを浮かべていた。
私は室内を見渡した。
そう、いつもエリスの傍にいる、ラウールの姿がどこにも見当たらなかったのだ。
彼が妹を置いてどこかに行くとは到底思えなかった。
もっともセリア様やルイーズがいるのだから、危険が及ぶことはないだろうけれど。
「美桜、ちょっと来て」
ルイーズが私の手を引いた。
そして、彼女は私を外の部屋に連れ出していた。
「どうかしたの?」
「大事な話があるの」
彼女はすたすたと私の手を引いて、歩いていった。
彼女の足が止まったのは、その奥にある部屋の前だ。彼女は扉を開けると、私に中にはいるように促した。だが、そこには既に先客がいた。ラウールだ。窓の外を見ていた彼は振り返ると、会釈した。
「話って?」
「話?」
意味が分からない私はルイーズを見た。
彼女は私の耳元でそっと囁いた。
「二人きりにしてあげる。明日の朝まで」
ルイーズはにっと笑うと、私の肩を叩いた。
「二人きりって、別にそういうつもりじゃないの」
「もう何年も会えなくなるんだから、二人でじっくり話をしなさい。彼もいつまでもこのままとはいかないのよ。結婚相手も決めないといけないもの」
その言葉に私の心が痛んだ。
「じゃあね。明日の朝には開けてあげるから」
そのまま扉をしめられてしまった。鍵のかかる音が聞こえた。
アリアから鍵を借りていたのだろうか。
どうしよう。このまま彼と二人きりなんて。
私は頭を抱えた。
そんな私の足元に影が届いた。
「何でそんなところにつっているんだ?」
「外から鍵を閉められたみたいなの」
「何をたくらんでいるんだか。どうせそういうことをするのはルイーズしかいないだろうしな。あとでサラ様に怒られも知らないからな」
ラウールは苦笑いを浮かべていた。
「本当に何をやっているんだろうね」
私は苦笑いを浮かべて、ベッドに腰を下ろした。
「全くだよ。まあ、気にせず眠れば? 俺は向こうのソファでも使うよ」
「いいよ。私がソファを使う。王子様にそんなことさせられない」
「お前も一応お姫様なんだけどな」
彼はそうくすりと笑った。
私の顔が思わず赤くなった。
「本当、変な話だよね。普通の家に生まれて、育ってきたのに、実は異世界のお姫様でしたなんてね」
私は天井を仰いだ。
「まあ、花の国の人間だとも、サラ様があんな形でルーナにいたとも考えもしなかったな。本当、この一年あまりいろいろなことがあったよ。エリスもこれで何物にも怯えないですむ。本当に感謝しているよ」
「私一人じゃ無理だったよ。アリアがいて、リリーがいて、ローズがいて、そしてラウールもいて」
私はそこで口を噤んだ。
ラウールと目があい、私は思わず顔を背けてしまった。
「今のところ生き残っている花の国の人間は五十人あまりか。これから国を再建していくにはかなり難儀だろうな。サラ様やセリア様やノエルが生きている間はどうってことないだろうけど」
「そうだね」
アリアにとってはこれからも今までと同じような苦行が待っているのだろう。
私には何もできないけれど、傍にいて少しでも力になれるのなら、傍にいたい。
一人の国民として。
それにもう一つ。
私はラウールの顔を見上げた。
「どうかした?」
彼は不思議そうに私を見つめ返す。
見た私のほうが明らかにドキドキしてしまう。
その彼が誰かを見て愛しいまなざしを向けることがあるのだろうか。
ルイーズの言っていたことは分かる。
彼は王としての役割を果たすために誰かと婚姻して、子を儲けるだろう。
だが、帰ってこれるか分からない私がこの気持ちを伝えたら、それを彼が受け入れてくれたとしたら縛りになってしまうかもしれない。
せめて私がここに戻ってくるまでは。
だから、戻ってくることができたら、そのときは伝えよう。
私の心の中にある気持ちを。
「私がこの世界に戻ってきたら、話があるの」
「分かった。待っているよ」
それまで彼が誰かと結婚をすることになったら、それは受け入れよう。もう今までのように誰かと婚約を無理にさせられることはない、彼の意思で決めたことなのだから。
ラウールが自分の髪をそっとかきあげた。その頬がわずかに赤味を帯びていた。
「俺も言いたいことがあるんだ。戻ってきたときに」
「分かった」
彼が何を言いたいのかははっきりとわからない。
まだ見ぬ未来に期待を寄せるのもいいかもしれない。
私はゆっくりと深呼吸をした。
そして、辺りを見渡した。
窓辺に行くと、窓を開けた。
バルコニーに出ると、どうやらそこから下のフロアに降りれるようだ。
確かこの下はアリアたちのいる部屋だ。
私は部屋の中にいるラウールを見た。
「外に行こうか。せっかくだから、みんなで過ごしたい」
「でも、どうやって」
「こうやって」
私の意に添うように、植物が地面から伸びてきて、下のバルコニーにつながる階段を作ってくれた。
私はその階段に乗り移った。
それを見て、ラウールが目を細めていた。
「相変わらず、すごいな」
彼もその階段に飛び乗った。
その階段を下りていくと、ルイーズたちが見えた。
私たちはバルコニーに降り立ち、窓を開ける。
部屋の中にいた人たちが驚いたように私を見た。
部屋の隅にいたアリアが私たちのところまで駆け寄ってきた。彼女は私の手を掴む。
「よかったの?」
私は頷いた。
「せっかく二人にしてあげたのに」
ルイーズは部屋の中に入った私たちを見て、残念そうに肩をすくめた。
「でも、今日はみんなですごしたいの」
私はラウールを見た。
彼も私の言葉に頷いていた。
「そうだよね。私も美桜と一緒にいたい。たくさん、話ししよう」
そういうと、リリーが私の腕を掴んだ。
「少しはサラ様に遠慮しろよ」
「分かっているわよ」
リリーは頬を膨らませ、ラウールを睨んだ。
「別に私は」
アリアは慌てた様子で否定した。
「いいんですよ。いきましょうか」
そういうと、リリーはもう一度ラウールを見ると、私とアリアの手を引っ張っていった。
ラウールはそんな私たちを見て、目を細めていた。




