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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
最終章 花の国
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私の下した決断

 香ばしい薫りが鼻先をつく。その香りを放つカップをセリア様が手にした。


 アリアが試練を終えて三日が経過した。その間、この世界はあっという間に緑で満ちていた。今まで枯れていた植物もあっという間に元気な姿を取り戻したようだ。


 私たちはラシダさんに伝えた直後、ルーナに戻り、アリアが王位についたことを報告した。女王やローズ、リリーらちは驚いていたが、セリア様だけはその話を聞いても驚かなかった。彼女はある程度、予想をしていたのだろうか。


 アリアはお茶を飲むと、ぐったりとソファに倒れ込んだ。

 ここはアリアが花の国があった時に使っていた部屋らしく、大きなソファが二つ置いてあり、私たちはそこに腰掛けていた。

 彼女には本人が希望したなら国を離れた国民を連れて帰るという役割が残されていたのだ。


 花の国に女王が誕生したこともこの大陸にあっという間に知れ渡った。そして、国を逃れ、今まで隠れていたという花の国の住民がぼつぼつと世界各地で現れたのだ。かといって魔法が使えようと各々では国に戻れない。海王は手助けをするといってくれたが、アリアがこれ以上迷惑をかけてはいけないと断ったのだ。


 もっともエペロームに隠れていたアリアは一人で世界をめぐるのは難しく、多くの場所を訪れたことのあるセリア様と一緒に行動をする機会が多々あった。


 今は一仕事終えた帰りの休息のひと時だ。


 シモンやその両親もこの国に戻ってきていた。

 シモンの両親は私たちがあの場所に行ったあと、身柄を保護という名前の拘束をされていた。王妃の失脚とともに、彼らは家に戻ることができたようだ。


 アリアが王位についてからは、朽ちた家々もまるで補修を受けたかのように綺麗な姿を取り戻した。私たちがいるお城も例外ではなかった。セリア様はシモンたちと一緒に国を訪れ、様子を見に来てくれたのだ。何か必要なものがあれば援助しようと考えていたようだが、輝きに満ちたこの国では不必要なものへと化していた。


「でも、ここまで本当に長かったわね」


 セリア様はお茶を口に含むと、目を細めた。


「そうだね」


 アリアは複雑そうな表情をしていた。自分が王位につくのに、ここまで様々な経緯を要したことがどうしても解せないようだ。お父さんが王位に就かず、アリアがそのまま王位についていたらこの国は滅ばなかったのかもしれないのだから。


 セリア様は短く息をついた。


「あなたはどうしようと考えているの?」

「私?」


 突然の問いかけに驚きを露わにする。

 私はずっとここで生きていくものだと考えていたためだ。


「サラ、あなたもそろそろ使えるんじゃない? 転移魔法をね」


 アリアが息をのんだ。

 おそらくそれは私を元の国に戻せる魔法だ。

 日本に帰る……。

 私はその選択肢をずっと考えないできた。

 それはここの生活が楽しく、それでいて目的を与えられたから。

 国が少しずつでも復興し、アリアが王位についた今となっては私はもうこの国には不要な存在だ。


「そうね。今からだと四日後が最適な日取りね。どうする?」

「私はここに」


 残りたい。そう言おうとしたがそれ以上の言葉が出てこなかった。おばあちゃん、そしておじさんのことが頭を過ぎったからだ。それに私は本来ここにいるべきではないのかもしれない。お母さんの娘として向こうで産まれ、戸籍もある。私が戻らなかったらどうなるのだろうか。


 おばあちゃんが心配しているかは分からない。だが、孫娘まで突然姿を消したとあっては気が気ではないだろう。私を生むことを選んだお母さんにも会いたかった。今までとは違う気持ちで。


 すぐに答えがでなかった。


「四日後までに決めてくれればいいわ。それがだめなら、次は一年後ね」

「一年」

「一年に一度だけ、転移魔法に適した時間が訪れる。過去の書物だとそのときにしか転移魔法を行ったらだめだということになっているの。あなたのお母さんのときは緊急で、その禁忌を破ったのだけどね。だからこそ、あなたを迎えに行くまでに魔力の回復に多くの時間を費やすことになってしまった」


 アリアはそっとこぶしを握った。

 ということはアリアが私をここに連れてきたのは一年前。ここにきてもうそれほどの年月が経ったのだろう。

 魔法を使えない私にはそれがどれほどのことかはわからない。きっとものすごく大変なことだったんだろう。


「ついでに今の私なら、あなたが去った直後に戻せるとは思うわ。あなたのお母さんのときはとっさのことでそこまでコントロールができなかったけどね」

「お母さんか」


 お母さんはここに戻りたかったのだろうか。

 どんな思いで暮らしていたのだろう。日本でも。この国でも。


「四日あるわ。あなたがゆっくり考えて決めたらいい。今日はもうこれで終わりにしましょう。あとはお城の中を案内でもしてあげたら? あまりゆっくりする時間もなかったでしょうから」

「そうする」


 アリアは何かを思い出したかのように、声を漏らした。


「そういえばあなたにはまだ見せていなかったわね。あなたの両親の使っていた部屋」


 私は驚きのあまりアリアを凝視した。お父さんとお母さんがお城に住んでいたなら、部屋があってもおかしくない。


 アリアは微笑むと歩き出した。私とセリア様はそのあとを追うことにした。

 私たちのいた部屋から三つ隣の部屋をアリアが開けた。そこは私たちがいたよりも大きな部屋だ。大きな部屋にベッドが二つ。


「あなたの両親が使っていた部屋よ。まだ掃除が行き届いていないけれど」


 その奥にある小さな鏡台に、小箱が乗っているのに気付いた。私はそこまで歩いていくと、その中身を確認した。そこには指輪が入っていた。


「これ、お兄様がお義姉様にあげた指輪だ。こんなところにあったのね。てっきり向こうにあるとばかり。すごく大事にしていたもの」


 アリアは悲しそうに微笑んだ。

 結婚指輪のようなものなのだろうか。

 お母さんはお父さんとの思い出の品を何一つ持たずに向こうの世界に戻ったのだろう。


 私はその指輪を握りしめた。

 お母さんがお父さんを好きだったのなら、これを彼女に届けたい。そう思ったのだ。

 私の中にある結論がこみ上げてきた。


「アリアは転移魔法を行ったら、どれくらいの間魔法が使えなくなるの?」

「簡単な魔法くらいは使えるわ。ただ、再び転移魔法を使うには今であっても一年くらいは時間が必要ね。次の転移魔法可能な日まで。お義姉様を最初に呼んだときも、年単位で魔法が十分に使えなかったから」


 私は心の中にある入り組んだ気持ちを整理して、彼女を見据えた。


「お母さんにこの指輪を渡して、話をしたいの。お父さんの国に行って、アリアにあえて、いろいろな人のあえて幸せだった、と。そのあとは」


 そのあとの言葉を伝えるのは勇気がいった。私のわがままにすぎないことも。それでもこうしたかったのだ。


「私が向こうの世界に戻ったら、おばあちゃんとの話し合いをするよ。お父さんのこと、お母さんのこと。そして、ここで住みたいと話をしてみる。おばあちゃんがいいと了承してくれたら、また呼んでくれる? わがままを言っているのは分かっているの」


 おばあちゃんがダメだと言えば、戻ってこられない。

 そうしたらそれを受け入れよう。

 だが、それが私とお母さんを育ててくれたおばあちゃんにできる唯一のことだと思ったのだ。


 アリアの目に涙が浮かんだ。


「分かった。だったら二回分の転移魔法がいるから、二年以上は必要になるわ。それでも構わない?」

 

 私は首を縦に振った。


「私も力を貸すわよ」


 セリア様はアリアの肩をぽんと叩いて、微笑んでいた。


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