本当の王位継承者
けれど、その植物は反応しなかった。
私は目を見張る。
「反応しないけど。箱を動かさないといけないの?」
「そんなことはない。自動的に結界が解かれるはず」
「だったら、私じゃなくて、別の人が王に相応しいんじゃないの?」
私が王位に相応しいというのは、もともとアリアが言っていたことだ。私のお父さんが王だったから。
花の国の王位は王の子供でも家族に限らない。
別の場所に逃れた花の国の人。その誰かが王位に最もふさわしいとしたら、私が王になれるわけがない。
だったら誰なのだろうか。
女王が目をかけていたシモンだろうか。
「もう一度やってみて。あなたしか考えられない。今度はきっとうまくいく」
本当にそうなのだろうか。私の心に疑念が生まれた。そして、何かがすっと腑に落ちた。強い力を持つものがその地位に就く。ラウールが王位継承者として周りに望まれたように。その強い力を持つのは、私ではない。目の前にいる金髪の女性だ。そして、セリア様の聞かせてくれたアリアの過去が脳裏をよぎる。
私は首を横に振り、アリアを視界に収めた。
「王位につくのは私じゃない。今度はアリアの番だよ」
「何を言っているの? 私はもうだめだったの。だから、今度はあなたが」
「アリアの子供時代はそうだった。でも、今は違うかもしれない」
だが、アリアは顔をこわばらせ、近寄ろうとはしない。
「だって私のお父さんも知の書が取り込めなかったんでしょう。でも、私が生まれてからなぜか知の書が取り込めて、この植物が反応したということだよね。だから、今のアリアなら違う結果が生まれる可能性だってあるんだよ」
アリアは唇を噛んだが、何も言おうとしなかった。
彼女の中では様々な感情が入り乱れているのだろう。
「私のわがままを聞いてほしいの。それに、私が思うんだ。花の国の王はアリアであってほしい、と」
「私はこの国を滅ぼすきっかけを作った。それにシュルシュだって私をあれほど憎んでいた。私が人間をこの大陸に招き入れたから。だから、私が王になっていいわけがない」
アリアは唇を噛んだ。
あのとき、シュルシュに何かを言われたのだろう。それが何かは分からない。だが、私にはアリアの言葉をそのまま受け入れることはできなかった。
彼の本心は違うと私の心の中の何かか叫んでいたから、だ。
「シェルシュがアリアを憎んでいたのは、花の国を滅ぼす元凶を呼んだからじゃないと思う。アリアが心を閉ざし、自分のもつ責務から逃れていたからだと思う。本当はもっとこの世界を早く救えたはずなのに」
「そんなこと。それにそれなら要塞はなぜ私には解けなかったの?」
「それは分からない。でも、私はこう思うの。アリアは私がいないときに花の国に入って女王になっても、こういうでしょう。自分は消去法で選ばれただけだ、と。お父さんはそうなってほしくなかったんだよ。その意思をこうして受け継いだ。そして、この国の試練は私ではなく、別の人を王に選んだ。それが何よりの証拠だと思う」
「そんなの、私はお兄様に恨まれていてもおかしくない。私がいたから国が滅んだんだよ。あなたの両親も結果的に死んでしまった」
私は彼女の言葉を笑った。何より馬鹿げていると思ったからだ。
「お父さんがアリアを恨むわけがない。だって私のお父さんなんでしょう。私が大好きなアリアを恨むような人であってほしくないし、そうでないことは恐らくアリア自身も分かっていたでしょう」
アリアの青の瞳が潤んだ。彼女の目から大粒の涙が零れ落ちた。
本当にこんな経緯を踏む必要があったのかは分からない。
アリアがそのまますんなり女王になっていたら。長く続くこの国の王位を決める方法に疑問を呈したくなる。だが、きっとこれは必要なことだったのだろう。その必要性が今は見えないだけで。
「ダメだったら、もう一度私が試す。それでもだめだったら、今度は別の人を探しに行こう。きっと見つかるから。だからお願い」
彼女は下唇を噛むと、ゆっくりとした足取りで台座に歩み寄る。そして、それに手を伸ばした。そして、まばゆい光が辺りを包み込む。その光の中で植物の芽を出していくのが確認できた。
アリアの目からより多くの涙があふれだした。
「ごめんなさい。本当はあなたを巻き込む必要なんてなかったんだね」
「そんなことないよ。私はこの国に来てよかった。アリアやラウール、ほかのみんなにあえてすごく幸せだったもの」
私が日本にいたころ、一人ぼっちだった。生活もできていたし、学費も払ってもらっていた。不幸だったとは思わない。でも、心が満たされることはなかった。いい子でいないといけないと思っていた。けれど、アリアに出会って、この世界に来て、私は心から笑うことができた。自分の気持ちをこうして言葉につづることもできた。私はここにきてよかった。そして、同時に私の役目も終わったのだ。これからのことは今から考えないといけない。けれど、今は新しい女王の誕生を、誰よりも喜びたかった。
「海王やラシダさんに伝えに行こう。それにセリア様やノエルさんにも」
「セリア達には伝わると思うわ。いずれ、挨拶にはいかないといけないだろうけど」
アリアはそう微笑んだ。
私が意味が分からないでいると、彼女はついてきてといい歩き出した。
彼女と一緒に長い階段を上がっていく。そして、お城の窓から見た世界に息を呑んだ。
そこには先ほどとは違う、青々とした世界が広がっていたのだ。その緑の世界は地平線の向こうまで続いていた。
きっとこの植物の命の源は、この大陸中に伝わっているのだろう。
アリアは窓を開けた。
「あのルイーズからもらった種を」
私はアリアに促され、種を差し出した。
アリアがそれを手にすると、その種子から芽がゆっくりと出てきた。そして、その種はアリアの手からふわりと浮き上がると、そのまま窓の向こうの世界に飛び出していった。
「あれは?」
「王だけがかけられる植物の橋の種よ。王が亡くなったら、新しい王が即位するまで種に姿を変え、どこかで身を潜め続けているでしょうね」
あの種がアリアが身を隠していたエペロームにあったのも、ある意味必然だったのだろう。
「行こうか。まずはラシダたちに伝えないと」
アリアは私に手を差し伸べた。
私はその手を握る。
そして、アリアは今まで私に幾度となく聞かせてくれた転移魔法を詠唱した。




