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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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再会への願いを込めて

 翌朝、目を覚まし、居間に行くと、すでにアリアやセリア様の姿があった。だが、それだけではない。そこにはリリーやローズ、ラウール、ルイーズの姿があった。彼らは私と目が合うと会釈した。


 アリアは私のところにくると目を細めた。


「ノエルがあなたによろしくと言っていたわ。あといろいろありがとう、と」


 私は頷いた。


 リリーとローズが私の傍に寄ってきた。リリーは私の手を握った。


「今までありがとう」


 リリーの目には大粒の涙が浮かんでいた。


「きっとまた会えるわ。だから、泣かないの」


 リリーは涙を拭いながら、何度も頷く。


「でも、本当にありがとう。あなたがここに来てくれて、本当によかったと思っているわ」


 ローズは優しく微笑んだ。

 いつもリリーのほうがしっかりしているイメージだったが、これだとローズのほうがお姉さんみたいだ。


 ルイーズは私と目が合うと、会釈した。


「またいつでも遊びに来てね。待っているから」

「ありがとう」


 私は首を縦に振った。


「そろそろ行きましょうか」


 アリアに促された。


「海城までは俺が送るよ」


 ラウールはそう口にする。


 ルイーズがアリアを見た。


「サラ様も気をつけて」

「今までありがとう。姿を隠していてごめんなさい」

「お母様もセリア様も知っていたようだから。美桜を守ってくれてありがとう」


 私たちはリリーとローズに別れを告げるとラウールを見る。


 いくつもの別れが私たちの間に訪れる。けれど、それは永遠の別れではない。

 また、再会の約束を込めた挨拶だ。


 ラウールの魔法に導かれ、私たちは海城の前に到着した。

 ちょうど、私たちが魚人に襲われたあの場所だ。

 すべてのめぐりあわせのように、私たちを襲った出来事がひとつながりとなり、国への道を築いてくれた。それをつなげる為に、私たちはここを発つ。


 海城の扉が開き、ラシダさんが顔を覗かせた。


「待っていました。いつでも準備はできているので、声をかけてください」

「花の国にいた王妃の配下は全て国に戻っている。だから、もう大丈夫だ。俺はここで失礼するよ」


 私は首を横に振る。


「今まで何度も命を助けてくれてありがとう」

「こっちもありがとう。きっとこれでエリスも、みんなも普通に生きられる」


 ラウールたちはずっと妹のことを気にしてきた。

 彼の重荷も少しは取り払えたのだろうか。

 きっと彼の国は王妃の逮捕により、幾多もの苦難が待ち受けるだろう。

 だが、希望を捨てなかった彼らなら、新しい時代を作っていける。

 そんな気がした。


「行きましょうか」


 そうラシダさんが促した。

 けれど、私の足はうまく動かなかった。

 もう少しだけ彼と一緒にいたい。私の心がそう訴えていたのだ。

 それを言葉にできず唇をそっと噛む。


 こんなことなら、もっと早くに別れをしておけばよかった。


「私は海王にあいさつをしてくるわ。あなたはここで待っていて」


 アリアは私の背中を押すと、ラシダさんと一緒に城の中に入っていった。

 ラウールはそんなアリアを目で追うと、短く息を吐いた。


「でも、ルイーズじゃないけど、本当に奇跡が起こるなんて考えていなかった」


 ラウールはふっと笑う。


「本当にいろいろあったね。最初はなんて失礼な人だと思ったよ。でも、ここにきて、みんなにあえて、ラウールにもあえてよかった」


 私は精一杯の気持ちを言葉に乗せた。おのずと視界は潤んだ。

 今はまだ花の国に戻ることで精いっぱいでこれからのことは考えられない。そう何度も言い聞かせた。


 彼に対する気持ちが他の誰よりも大きなものになった発端がいつからかは分からない。

 けれど、私は恐らく彼のことが好きなのだろう。

 誰よりも別れを悲しんでしまうほどに。

 女王になれば、王子である彼とは結ばれない。

 けれど、国に戻らないわけにはいかない。そのために、お父さんは亡くなり、アリアは十数年も自分の人生を捨ててきた。ノエルさんやセリア様も寿命が長いとはいえ、そんな彼女を守り続けてきた。


 私は張り付いた足を動かそうと勇気を振り絞った。やっと足がぴくりと動いた。

 別れの言葉を告げようとした私の耳に思いもよらぬ言葉が届いた。


「俺もよかったよ。これからもお前のためなら力になる。だから、なんでも言ってくれ」


 一瞬だけ、彼の瞳が潤むのが分かった。

 なぜ彼がそんな表情を浮かべたのかは分からない。


「また、会いに来るよ。ラウールもよかったら花の国に来て。お父さんが作れたという橋を、私が今度は作って見せるから」


 私は覚悟を決め、そう言葉を紡いだ。

 再び彼に会うときには、この気持ちを封印しよう。そして、女王として彼の前に現れよう。


「ああ。その頃には俺の立場も変わっているかもしれないけどな」


 彼はあの国の王になるつもりなのだろう。妹を守り続けようとした、彼らしい決断だ。

 きっとそれがあの国にとってもいいのだろう。お父さんとアリアが王位につくのでは、国民の多くがアリアを王位についてほしいと望んだように……。試練という人の力がどうにもならないものが関与しながらも争いの火種となったように。


 ある意味、私の気持ちには終止符が打たれた。

 次に会うときには、笑顔で会えるように頑張ろう。


 私は最後の力を振り絞り、別れを告げると笑顔を浮かべた。そして、海城の中に入る。

 そこにはアリアの姿があった。

 彼女は潤んだ目でラウールを見ていた。


「もういいの?」

「いいよ。だって、一生の別れじゃないでしょう。きっと会えるから大丈夫」


 アリアがそんな答えを望んでいないことは分かっていた。私とずっと一緒にいてくれた彼女は私が抱いてきた気持ちに気付いてしまったのだろう。だが、その気持ちは王位につくには不要なものだ。


 そして、扉が閉まり、目の前が見えなくなる。私はゆっくりと深呼吸をした。



 私たちはその日、ずっと住み慣れたルーナを旅立ち、花の国に向かうことになった。


                       第六章・終


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