女神の気に病む過去
私たちはラシダさんを残し、ルーナに戻った。
海城のほうは魚人たちが守ってくれるようだ。
セリア様に一連の流れを伝えたのだ。
「私たちは明日、国に戻るわ。いつ、ここに来れるか分からない。ただ、その間シモンに何かないかが気がかりだけれど」
「大丈夫よ。あなたたちが戻ってくるその日まで、シモンは私が預かるわ。ここにはローズもいるから、大丈夫よ」
「そうね」
海王も見つかったが、わからないこともいくつかある。なぜ王妃は花の国を攻めようとしたのだろうか。
私は部屋に戻ってからアリアにその疑問を伝えた。
アリアは目を短く気を吐いた。
「彼女は自分をバックアップしてくれる存在がほしかったんでしょうね。ティメオが後ろ盾についても、花の国のめぼしい人材を殺して、自分が女王になってもいい。そうなれれば王の妻のなるための強力な力となる。聖女と慕われるラウールの母親に勝つためにはそれしか方法がなかったのでしょう」
「そこまでして王の妃になりたかったのかな」
「王を好きだったのもあるでしょうけど、実家からの圧力があったのかもしれない。それは彼女が語る限り知ることはできないけれど」
アリアは唇を噛んだ。
「王妃は私をまがい物って呼んでいたよね。それってお父さんがお母さんと、この世界では身元のはっきりしない人間と婚姻したのと関係あるのかな」
アリアは息を呑んだ。きっとそれはイエスということだろう。
それは当然だ。私だって、アリアがいなければ身元のはっきりしない怪しい人間だったわけで。ここまで守られることはなかっただろう。
私が生まれたことが、国の滅亡と何らかのかかわりがあるのだろうか。
だが、さすがにアリアにそのことは聞けなかった。彼女は国が滅んだことで自分を責め続けているのだから。
花の国に戻ればもう一つしることがある。それは幾度となく私を助けてくれたシュルシュの正体だ。ただの植物というには、彼はあまりに威圧的で、思わせぶりなことを何度も口にしていた。少なくともあの言い方だとアリアはその正体を知っているのだろう。
「シュルシュって何者なの? シュルシュが言っていたんだ。自分に命令をするのを知れば、アリアたちは腰を抜かすだろう、と」
「命令したの?」
「したよ。そうじゃないと願いを聞いてくれなかったんだもん」
アリアはまじまじと私を見る。
「無事なら、それはそれでよかったんじゃないかな」
「その言い方、気になるんだけど」
「大丈夫よ。きっと、彼は美桜を認めたんでしょう」
「認めたのかな? 私が花の国に戻って驚く姿を見たいんだってさ」
「シュルシュらしいけど、きっと彼なりに美桜を認めたというサインなのよ」
そういうと、アリアは微笑んでいた。
「少し出てくるね。花の国に戻ったら、転移魔法も使えなくなるのだから」
私は首を横に振る。どこへと聞かなくてもすぐにわかる。きっとアリアはノエルさんのところまで行ったのだろう。私をアリアが守ってくれたように、アリアはノエルさんに守られて生きてきたのだろう。彼女にとって彼は保護者のような存在なのだろう。
そのとき、ドアがノックされた。返事をするとセリア様が顔を覗かせた。
「アリアはノエルさんのところに」
「分かっているわ。あなたにどうしてもいっておきたいことがあったの」
セリア様は部屋の中に入ってくると、銀の髪に触れた。
「花の国のことについてあなたには言っておかないといけないことがある。ノエルとも前もって相談していたの」
私は文意が掴めず、首を傾げた。
「花の国の王位につくのは、王家の人間に限らないことは知っているわよね?」
私は首を縦に振った。
その話は少し前に聞いたことがある。
「相応しい人間が王位につく。それは王の子であっても王位につけないことを意味する。現にアリアの両親が亡くなって、六年ほど王のいない期間があったの」
「アリアの両親はいつ亡くなったの?」
「アリアが生まれてすぐに、王は病魔に侵され、母はアリアと引き換えに亡くなった」
私は小さく言葉を漏らした。
「あなたの父親には、妹がいた。彼は生まれて三十年あまり、花の国の王位につけないでいた。だからこそ、彼は妹が王位につくと信じて疑わなかった。彼はそれを望んでいたんだと思う。国民も、強い能力を持った王の娘が王位に就くための準備期間だと空白期間を受け入れていたの。でも、あなたのお母さんがこの国に来て、ティメオと恋に落ちた。そして、二人が結婚してほどなくして、あなたのお父さんは知の書を取り込んだの」
「急になの?」
「急によ。周りは歓迎しながらも、それでも引っかかっていたんだと思う。魔法が使えないどころか、出生も定かではない娘と結婚した王を。そして、妹の半分以下の魔力しかもたない王を。ティメオ自身は決して力は弱いわけじゃない。ただ、比べる対象が悪すぎたの。あなたのお母さんとの婚姻が祝福されたのも、王にならない王子としての婚姻であって、王としての婚姻ではなかった。あなたには辛い話になると思うけど」
私は首を横に振る。
彼らの戸惑いも、不安も今なら分かる。
「アリアは誰よりも王の就任を歓迎したわ。彼女は兄ならよい国を作ってくれる、と。彼女は女王になる気はなかったのよ。けれど、そんな彼女を王に仕立てようとした者たちが、クーデターを起こしたの。もともと国を狙っていた、ソレンヌと手を組んでね。その一派がシモンの両親なの」
私は彼に初めて会ったとき、彼らが動揺を露わにしていたのを思い出した。
彼らの中の罪悪感が、私に王の姿を見せていたのだろう。
「そのクーデターの決行の日、アリアは花の国の辺境に連れていかれていた。彼女が戻った時には、手遅れだった。王は重症を負い、あなたのお母さんもかなりの怪我をしていたの。そして、あなたのお父さんがアリアにあなたのお母さんを、お腹の中にいる娘を護ってくれと託したの。でも、花の国で生まれた彼女には頼れるものは多くはない。あなたのお父さんもね。その中で彼らが頼ろうとしたのは親友のノエルだった。けれど、彼に何もかも託すには重すぎる。だから、アリアはあなたのお母さんを元の世界に戻したの。落ち着いたら、迎えに行くと伝えてね」
「私のお母さんは亡くなって、私だけが生き残った。でも、アリアに責任はないじゃない」
「王は大陸と花の国を緑の橋を作ることができる。アリアは周囲に頼まれて、その橋を兄にかけてもらうように頼んだのよ。王はアリアには頭が上がらないから。彼女はそのことを、自分の浅はかさをずっと悔いていた」
私の脳裏にかわいらしい金髪の少女のイラストが蘇った。ラウールのお母さんの描いたお花の好きな少女。それは恐らくアリアを指していたのだろう。今までばらばらだったものが少しずつつながっていく。
当時の彼女は十歳にも満たない少女だった。どれだけ優秀な能力を持っていようと。きっと能力が高いだけでは心の成熟は図れない。
「きっとね、アリアにとってはあなたを花の国に連れて帰ることが生きがいなの。だから、アリアのことをよろしくね。私はもうこれ以上、あなたたちと行動をともにすることはできないから。
セリア様の目が煌めいていた。
銀の魔女と呼ばれ、最強の名をほしいものにした彼女が。
彼女だからこそ、特別な境遇にいたアリアのことを誰よりもわかるのかもしれない。
私はこみ上げてくるものを抑えて、首を縦に振った。




