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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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これからのこと

 わたしは頬に触れられ、目を覚ました。すると、シモンがわたしの顔を覗きこんでいたのだ。


「お姉ちゃん、おはよう」


 わたしは体を起こし、欠伸をかみ殺す。

 王妃がつかまってから、三日が経過した。

 わたしたちはシモンとともにセリア様の家で暮らしている。


 徐々に状況も変わってきた。王妃がつかまった一番の罪は、ラシダさんの監禁だ。これはラシダさんからの告発があったためだ。他にも罪状はあるが、最も簡単な罪で起訴したのだろう。ラシダさんに告発を進めたのはロレンス様だ。そうすることで、王妃の身を最も簡単に抑えることができる、と。


 様々な種族が暮らす国で他種族への干渉は火だねとなる。だからこそ、強く禁じられているのだ。

 ルーナに対するたびたびの干渉はあったが、ルーナ側は問題にすることはなかった。

 それはルーナ側にエスポワールの国の法律を熟知する人間がいなかったのと、ラウールとエリスという人質を常に取られ続けてきたからだろう。


 だからこそ、わたしの城にくる日に合わせて、ラシダさんを連れてきた。

 彼女にはわたしやアリアに対して毒を盛り、監禁した行為も罪に問われているようだ。


「着替えるから、外に出ていなさい」


 わたしの体にかげがかかる。水色のワンピースを着たアリアがシモンの腕を掴んだ。シモンは返事をすると、部屋の外に出て行った。

 アリアもシモンと一緒に外に出て行った。


 アリアはもともとの姿のまま、この家で暮らしている。もう前の姿に戻る必要はないからだ。


 昨日、わたしたちはノエルさんやレジスさんたちに会いに行き、今までのこと、そしてこれからのことも説明した。


 シモンの両親はルナンにいるが、裁判所の監視下に置かれている。そのため、王妃の身内もやすやすと手を出すことができないらしい。


 これから海王の居場所が分かれば、わたしたちはルーナを去ることになっていた。そのため、荷造りもある程度は済ませていた。そのときにリリーやローズにも説明したが、彼女たちはわたしたちの行動に驚きはしたが、咎めることはしなかった。それ以上に、花の国への帰還、そしてエリスが病から解放されたことを何よりも喜んでくれていたのだ。エリスの病自体はアリアがブレゾールを去る前に完全に治癒してしまっていて、もう気に病む必要もない。


 今まで降りかかっていた問題がやっと一つの収束を迎える。

 あとはわたしとアリアの問題だ。


 服を着替えると部屋の外に出る。そこにはシモンとアリアの姿があった。

 シモンにはわたしとアリアの正体をすでに報告済みだ。彼は驚いたようだが、あっさりと受け入れていた。


 彼は花の国にすんだことはない。だが、昔そこにティメオという王がいたこと、そして女神とまで呼ばれる王女がいたことは人から聞いたことがあったらしい。その人はどうなったかといえば突然姿を消したそうだ。おそらく王妃に反発して殺されたのではないかと言われているようだ。


「セリアが呼んでいたわ。ラウールが来たの」

「ラウールが?」


 わたしはどきりとしながら、アリアたちと階段をおり、一階まで行く。一階の居間にはセリア様とラウールの姿がある。セリア様はわたしと目が合うと、目を細めた。


 ラウールはわたしたちのところまで来ると、軽く頭を下げた。


「海王の居場所が特定できた。ラシダ様はルイーズと一足先に海王の城に入っている」


 わたしとアリアは顔を見合わせる。これでやっと花の国に行ける。同時にそれはこの地を旅立ちと、今までなれしたしんできた人たちの別れを示唆していた。ただ、臆してばかりはいられない。


 突然見知らぬ場所にいて、ここにきて、わたしの多くの出会いがあった。だが、この出来事に終止符を打つために、今度は動かなければならない。向こうの国に就いたら、シュルシュに支払う代償も考えないといけない。わたしはこれからどうなるのだろう。不安はあるが、今はアリアとの約束を守ることだけを考えようと何度も心に言い聞かせていた。


「すぐに旅立つのは無理かもしれないが、事情を説明したいなら案内するよ。ラシダ様が説明しておくとは言っていたが」

「行こうか」


 わたしの提案にアリアは頷く。今まで何度も足踏みしてきた。だからこそ、進めるときには進んだほうが良い。


「じゃあ、今から連れていくよ」


 ラウールの言葉にセリア様も首を縦に振った。


 目を開けると、強い風がわたしの頬を叩く。ただ、それ以上に目の前にある巨大な建物に目を奪われていた。そこには巨大な城が佇んでいたのだ。ここは以前、魚人に攻撃された場所で、その城を守るかのように、魚人が佇んでいた。彼らはわたしと目が合うと、深く敬礼した。


「これが海城?」

「中に行こうか」


 ラウールに連れられ、建物の中に入る。中は氷のような半透明の物体でできているが、強度はかなりあるように感じられた。辺りには海藻が生え、まるで水族館の中にいるような錯覚を覚える。目の前には大きな道があった。わたしたちはラウールの後を追うようにしてその道を先へと進んだ。


 その道の行き止まりに、見覚えのある姿を見つけた。ラシダさんとルイーズだ。

 わたしたちは二人のところまで歩いていった。


「あなたたちの気配を感じて待っていたの。この扉を開けられるのは、魚人だけだから」


 ラシダさんは微笑んだ。

 彼女は目の前にある巨大な扉を指さした。


「この先に父がいるわ。行きましょう」



 ラシダさんの細い指が扉に触れる。

 ゆっくりと扉が開き、そこにはあごひげを蓄えた男性がイスに座っていた。

 彼はゆっくりと目を開けた。


「ラシダか」

「お父様」


 ラシダさんはその男性に駆け寄ると、その手を取った。

 男性はラシダさんの背中に手を回す。


「いろいろすまなかったな」

「いいんです。わたしこそ、長い間、国をあけてごめんなさい」


 男性の視線がわたしたちの移った。


「サラか。大きくなったな。ということはこの娘がティメオの娘か?」

「お久しぶりです」


 アリアは挨拶をすると首を縦に振った。


「クロエの息子に」

「わたしは彼女たちの友人です」


 ルイーズは自分をそう紹介した。


「ラシダが連れてきたということは悪い人間ではないのだろう。君たちが何を求めてここに来たのかもおおよそ見当がつく。君たちが望むなら連れて行こう。君たちの生まれた国に」

「ありがとうございます」


 アリアは深々と頭を下げた。

 アリアを見ていた王が優しく微笑んだ。


「出発は今からでもよいが」

「今まで世話になった人たちに別れを言いたいので、一日だけ待っていただけますか?」

「構わないよ」


 王はアリアの要求を呑んでくれ、わたしたちの出発が明日へと決定した。





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