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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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運命に導かれた出来事

 私はあの場所までくると深呼吸した。ドアを開けると、そこにはあの王妃が透明な蔦に包まれ、倒れ込んでいた。彼女には毒は聞かなかったのは、あれに対応する解毒剤を体に含んでいたのだろう。


 私は彼女の正面に立つと、深呼吸をした。

 彼女が目を覚ますようにという意図を込めて。

 彼女の瞼が震え、ゆっくりと目を開ける。その瞳に私の姿が映し出される。


「あなた、何をしたの」

「形勢逆転ね。あなたと同じ状態が、この町全体に広がっているの」

「何?」


 彼女は自分の手足を見て、顔を引きつらせた。


「まさかこれはシラント」

「そうらしいですね。私は詳しくは知らないけれど」

「どんなまがい物の血が入っていたとしても、あの男の娘ってことね」


 彼女は憎らし気な目で私を見据える。


「話をしましょう。私の要求はシモンと海王の解放。そして、シモンを閉じ込めた部屋の魔法陣を解いてください」

「ああ、あの女があれに引っ掛かったのね。だから、あなた一人で来たの?」


 彼女の挑発を私は軽く聞き流した。

 もうどんな言葉にも惑わされない。そもそも私が彼女にもう負けるわけがないのだから。


「あなたが根をあげるまで待ち続けるわ。いくら援軍を呼ぼうとも、この町には入れない。ある意味閉ざされた空間なのだから。ただ、シモンが死ねば、あなたを一生ここに拘束する。この町の人を元に戻しても、あなただけは意識のあるままここにね。もっとも、私を殺しても無駄よ。この世界にあるすべての植物を絶滅させない限り、あなたを拘束する植物が死ぬことはないのよね」


 今まで何か植物を呼べばそれが作用してくれ、事態を好転させてくれた。

 だが、それは知識のない私だからこそそうしたまどろっこしいことをしなければならなかった。もっとこの力はある意味単純だったのだ。

 それが分かったのは、シラントと、その名前を呼んだときから。

 今まで分からないと片づけていたことがなぜかすっと頭に入ってきた。


 彼女は私を睨む。


「これだけのことをしてただですむと思っているの?」

「さあ。でも、私はここの国の人間ではないわ。それにあなたも今までいろいろとしてきたでしょう。その言葉をあなたに返してあげる」

「あなたはそれでよくてもラウールはどうかしら?」


 王妃は挑発するような笑みを浮かべた。


「ラウールは関係ない」

「関係あるわ。あなたを婚約者として連れてきたのは彼なのよ。あなたの代わりに責任を取ってもらわないとね。どうするの? あなたがここで手を引くなら、彼を巻き込まないであげるわ」


 私の心臓が大きく鳴る。母を失い、妹のことだけを考えてきた彼をこれ以上巻き込みたくないという一心からだ。それに今まで私を助けてくれた彼にこれ以上迷惑をかけたくなかった。だが、迷う私の心を凛とした声が一掃した。


「罰を受ける必要があるなら、受けますよ。ただ、あなたも同時に裁判を受けることになるでしょうけど」


 その言葉に驚き振り返ると、背後にはラウールと、ルイーズ、ジルベール様、そして、ラシダさんが立っていたのだ。


 驚いたのは王妃だけではない。私も同じだ。何が起こっているのか全く分からなかったのだ。


「あなたたち、どうして」


 王妃の言葉に答えたのはルイーズだった。


「彼女から告発をしたいと相談されたんです。ラシダ王女を誘拐し、ルナンの地下に閉じ込めた、と。証拠も揃っています。そして、シモンの両親からも聞きました。魔術実験を国の許可なしに行うことは禁止されています。彼らの両親が証人になってくれるそうです。シモンに魔術実験を施したと」


 ルイーズは何か書類のようなものを王妃に提示した。

 王妃の顔が引きつっていた。


「あなたが何度もルナンに言っていたのはそのためなのね。

「ええ。時間はかかりましたけどね」


 ルイーズは微笑んだ。

 王妃は私を睨む。


「今、彼らの両親を捕まえようとしても無駄です。裁判所の保護が入っていて、いくらルナンの役人といえども、彼らの家に立ち入ることはできません」

「いつ、そんなことを」

「彼女が来た直後に、私が出しました。ラウール様の代理でね」


 そういったのはジルベール様だ。

 王妃が私に構っている今こそが、チャンスだと考えたのだろう。

 そして、その目論見は当たっていたのだろう。彼女は彼らの行動を全く把握していなかったのだから。

 この国のことはよくわからないが、裁判所は王とは違う権力を持っているのだろうか。


「そう。この娘が。いつまでたってもあの男は私の邪魔をするのね。やっと死んでくれてせいせいしたのに」


 彼女は憎らし気に私を睨んでいた。

 私の傍にラウールとルイーズがきた。

 ラウールは目を細めた。


「じきに海王のほうにも調査が入るだろう。そしたら、彼らを解放できると思う」

「ありがとう。あの、アリアが魔術に引っ掛かっていて」

「それはここに来る前に解除したよ。今頃、サラ王女はシモンの魔術を解いているだろう。ロロは彼女についている」

「サラ王女って」

「さすがに元の姿に戻った王女をアリアと呼ぶのは抵抗あるよ」


 ラウールは苦笑いを浮かべていた。

 それほど、アリアの存在はこの世界では有名だったのだろうか。


「ここにくるまでに見たけど、さすがにすごいな」

「そうそう。私とラシダさんも間一髪で町に入れないところだったんだよ。ぎりぎりだったね」

「そうなの?」

「この町全体、この透明な何かに覆われているの。結界のようなものなんだろうけど、魔法は効かないみたいね」


 ルイーズはそう微笑んだ。


「ごめんね」

「でも、間に合ったでしょう。だから、そういう運命のものに私たちは導かれたのよ」

「奇跡だね」


 ルイーズは私の言葉に頷いた。その彼女は申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんね。黙っていて。美桜さんの婚約の話が出てきたときに、ジルベール様やお父様と相談していたの」

「いいの。ありがとう。おかげで助かったもの」

「話はあとからでもいいだろう。お前は今からシモンのところに行ってやれ。きっと彼はお前に会いたいはずだから」

「ありがとう。そうするね」

「送るよ」

「大丈夫。ラウールはここにいて」


 走れば十分もあれば到着するだろう。もう大丈夫だと分かっていても、ラウールをこの場から離れさせるのが怖かったのだ。何かあっては遅すぎる。いくつもの偶然が重なり合って起こった奇跡だからこそ、大事にしたかったのだ。


 私は彼らに別れを告げると、この部屋を離れた。そして、シモンのいる場所へと歩を進める。暖炉を抜け階段をあがったところにロロが立っていた。


「王妃は?」

「ルイーズがラシダ王女を連れてきて、大丈夫だと思う。だから、シモンを」

「分かった」


 ロロが動き、私はあの部屋の中に入る。部屋の入り口に会った魔法陣は綺麗に消失していた。

 部屋の奥にはアリアがシモンを腕に抱き、何か呪文のようなものを延々と唱えている。

 シモンの肌は肌色を取り戻しているが、彼はまだ目を開けた様子はない。

 アリアの呪文が不意に途切れる。彼女は私たちを見ると微笑んだ。


「できるだけの処置はほどこした。もう魔術実験の形跡はない。あとは彼自身の体力がどこまで残っているか、ね」


 私はアリアの腕からシモンを受け取ると、彼を胸に抱く。

 彼の脈を取ると、微弱だが動いてはいる。

 私がこの世界に着て、もっと早くに彼の存在に気付けていたら。そう思わずにはいられない。もし奇跡がすべての運命に導かれて起こったのなら、シモンの命もその中に含まれていてほしかった。彼がいなければ、私はここまでたどり着けなかったのだ。


「シモン」


 私は彼の名前を漏らした。

 まだ体の冷えた状態の彼の頬に触れた。

 そのとき、彼の手首に金の蔦が絡みついた。そして、それが姿を消す。

 私が反応を起こす前に、彼の閉じられていた瞳がゆっくりとあいた。

 彼の瞳に私の姿がある。

 私は思わず彼を抱き寄せていた。


「お姉ちゃん、どうしてここに?」

「もう大丈夫。もうシモンにつらい思いはさせない。閉ざされた国を今度は必ず開いて見せる。だから、花の国に帰ろう」


 私がそういうと、シモンがわずかに微笑んだ気がした。

 だが、彼の体ががくりと崩れる。


「シモン」

「大丈夫。眠っているだけよ」


 慌てる私を、アリアはそう諌めた。


「彼を安全な場所に連れて行きましょう。そして、私たちは海王が解放されるのを待つしかない」


 アリアの言葉に、私は首を縦に振った。


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