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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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偽りの賢者の妹と娘

 成功したのだろうか。

 私はいぶかしげに辺りを見渡す。


「美桜、あなた、まさか」

「まさかって何?」

「今、シランスと。誰にそれを教わったの。さっき、シュルシュを呼び出していたのは分かったけれど」

「分からない。ただ、つたわってきたの。今、シモンを救う唯一の方法だと」


 私は口にして我に返る。


「今からシモンのところに行こう。早く行かないと、シモンが死んでしまう」

「何を見たの?」


 私はシュルシュの見せてくれたシモンの映像をできるだけ忠実にアリアに伝えた。

 アリアは眉根を寄せる。


「そうか。彼の体は浸食されようとしているのね。まずはこの扉を開けましょう」


 アリアは外を伺うこともなく、呪文を詠唱する。私たちのいる部屋と廊下をつないでいた扉がかちゃりとあいた。やはり外は静まり返っている。そして、廊下に出ると、見張りと思しき男性が透明な蔦のようなものに包まれ、その場で倒れ込み、眠りに落ちていた。


 やっぱり私の受けた感覚と、この結果は似ている。

 アリアはああ、と声を漏らした。


「なぜ、花の国が今まで誰にも滅ぼされずに、残ってきたのかは分かる?」

「変な場所にあるからじゃないの?」


「それもあるわ。ただ、それ以上に王の持つ力はあまりに大きいからよ。魔法は基本的に自分たちの見ている場所、感じている感覚でしか形に起こせない。だから、自分たちの見ている場所が事象を起こせる基礎となるわ。ただ、花の国の民が生まれながらにして持つ力は違う。例え、行ったことにない場所でも、人を殺したり、捕えることもできる。この世界で起こるあらゆることを知り、一瞬で世界から民だけを滅亡させらることもできる」

「世界を滅ぼせる」


 そういえば突拍子もないことだろう。だが、今それを受け入れないとは難しい話だ。

 なぜならば、私は感覚的に分かっていた。アリアのいったことは決してウソではない、と。


「世界を自分のものにしようとする民が王に立つことは決してない。王になる民はそういう導きのもとに生まれ育っているの。あなたのお父さんは歴代の王でも魔力は弱かったけど、花の国の民としての力は強いほうだった。だからこそ、あなたのお父さんを含め、花の国の王に立つものはこういわれていたの。その力をどう使うのか正しいかわきまえている賢者だとね」

「賢者?」


「なぜ、そのあなたのお父さんがソレンヌに滅ぼされるのを選んだのかはいまだに分からない。そんなあなたのお父さんを愚かな王で、偽りの賢者と呼ぶ民もいた。でも、私は今でも賢者だと思っている。美桜にもその資質が十分にあると思っている」

「それだったらアリアだって」

「私はダメなのよ。国が滅ぶきっかけを与えてしまった。だから、私はあなたを王にして国を復興させるのが唯一の使命なの」


 アリアは足を止め、呪文を詠唱する。

 閉じていた扉が開く。

 そこにはロロとブノワがいた。

 ブノワはベッドで横になっている。


 ロロは私たちを見て、声を上げる。


「その人は」

「話はあとから説明するわ。あなたたちは城を出なさい」

「出るって、見張りが」

「今なら大丈夫よ。ルーナに行けばセリアが保護してくれるわ。迷惑をかけてごめんなさい」


 ロロは呆気にとられていたが、ふと我に返る。

 そして、眠るブノワの腕を引く。


「分かった」

「気をつけてね」


 私はロロに声をかけると、先へと進む。見張りは全員眠りに落ちていたのだ。

 アリアは鍵を開けると、その長い廊下を抜け、暖炉のある部屋に到着した。


「この暖炉の先に階段があって。そこにシモンがいるの」

「入りましょうか」


 私とアリアは暖炉の中に入る。その先には広めの空間が広がっていた。そこに扉があり、アリアはその扉を開けたのだ。


 私たちは延々と階段をあがり、シモンのいる部屋の前で足を止めた。

 アリアは扉を開け、私は部屋の中に入る。 

 だが、私の後をアリアが追ってこなかった。


 振り返るとアリアが入り口付近で動きを止め、顔を引きつらせ、私を見ていた。


「どうしたの?」

「こんなところに魔法陣が描かれているなんて」


 アリアは自らの足元を見やる。

 そこには赤い文字で魔法陣のようなものが描かれていたのだ。

 アリアは苦し気な表情を浮かべているが、私には全く何もなく通過できたのだ。


「これは?」

「強い魔力を持つ人ほど、その場に引き寄せられる。動けなくなるの。でも、この魔術は人の命を生贄にする実験よ。この赤は日との血痕ね」

「血?」


 私は思わず足元を見る。

 だが、もう血は完全に乾ききっていた。

 強い魔力を持てば封じ込められてしまうなら、アリアは格好の対象だ。

 逆をただせば私には魔力は全くないということなんだろう。


「私はいいわ。シモンはどう?」


 私はシモンの傍に駆け寄る。彼の肌が先ほどよりもより緑に変色しているのに気付いた。

 彼はぐったりとしていて、名前を呼んでも全く応答がない。


「これを解くにはどうしたらいいの?」

「この魔術をそれ以上の魔力で壊すこと。ただ、対象者となってしまった私は魔法を十分には使えない」

「セリア様を呼んで来たらいいの?」


 そういうが、私は魔法を使えない。歩いて帰ってくる時間的な猶予はない。


「ラウールやジルベールでも壊せそうだけどね。もう一つはこの魔法陣を描いた人にとかせること。恐らく、ソレンヌでしょうね」


 先にシモンをどうにかしたかったが、今はもう選ぶ余裕はない。


「今から王妃にあってきて、それを解かせるわ。だから、アリアはここで待っていて」

「動けないからそうするしかないけど、一人で大丈夫?」

「大丈夫よ。この状況で王妃だけ無事だとは思えない。それにアリアがお父さんを賢者だと思っていたのなら、その娘のことを少しは信用してよ」


 アリアは目を見張ると微笑んだ。


「そう、ね」


「必ず彼女に魔術を解かせて見せる。待っていて」


 私はそう言い残すと、アリアのいる部屋を後にした。

 階段を下りて、暖炉の外に出ると、ちょうど地下から出てきたロロたちと遭遇する。

 ブノワは不可思議そうに辺りを見渡していた。

 ロロは私と目が合うと、口元を引き締めた。


「これ、お前がやったんだな」


 私は首を縦に振る。


「今日のことは大まかに聞いているから、詳しい事情は今は聞かない。それより、さっきの金髪の人は?」

「私の叔母さん。上で魔法陣に引っ掛かってしまって、ラウールにどこかであったら魔法陣を壊してほしいと頼んでほしい。ジルベール様でもいいんだけど、事情を説明していないから」


「あの人はお前の頼みなら理由なんて聞かなくても力になってくれるよ。分かった。誰か探して連れていくよ」

「今、場所を」

「大丈夫。ラウールは恐らく自分の部屋にエリスと一緒にいるはずだ。ブノワを家まで送った後になるけどな」

「ありがとう」


 私はその場から立ち去ろうとした。

 そんな私をロロが呼び止めた。


「お前は?」

「王妃に会ってくる。魔術を解かせるのと、もう一つ海王の解放をさせないといけない」

「そうか。気を付けろよ」

「ロロもね。いろいろありがとう」

「お礼なら、この件が片付いてから聞くよ。今はまだ早い」


 私は頷くと、廊下に出る。そして、再びシュルシュを呼んだ。


 ソレンヌの居場所を探したい。


 私の願いに呼応するように蔦が私の体に絡みついた。

 どくりと心臓が鳴り、体が重くなる。

 彼だけはどんなものよりも体に負担がかかる。

 私の体力がどれだけ持ってくれるだろうか。


 ふっと脳裏に何かがひらめいた。

 この町の人、家、動植物、あらゆるものがどこにいるのか、手に取るようにわかる。この王都に住む人間の大部分がこうして眠りについている。起きているのは私やロロ、テッサやラウールなどわずかばかりの人だ。回答を与えるかのように、王妃の居場所が脳裏に思い描かれた。あの部屋だ。その部屋に行く近道は、私のいる西の塔から二階への階段をあがる。そこから廊下。お城の中央部に通じる道があるらしく、お城の中に進む。そして、その先にある。


 不思議と今までのようにだるさは感じない。

 シュルシュがこの場所を教えてくれたのだろう。


「ありがとう」


 私はシュルシュに礼をいい、王妃のいた間へと急いだ。



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