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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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明朝へのカウントダウン

 暖かい手が触れ、私は目を覚ました。

 顔をあげると、そこには金髪の女性が微笑んでいた。


「大丈夫?」

「大丈夫」


 私はゆっくいと体を起こした。目の前には鉄製と思しき扉があるが、その先に何があるか全く見えない。牢屋のようなものだろうか。辺りは狭い部屋のような場所で何も物はない。


 アリアは辺りを見渡すと髪の毛を耳にかける。


「それがアリアの本当の姿なの?」

「そうよ。私は自分にずっと魔法をかけてきた」

「何歳なの?」

「分からない。国が滅んでから数えるのをやめた」

「なら、国が滅んだときは何歳だったの?」

「九歳」

「なら、二十五だね」


 私は微笑んだ。

 アリアは唇を噛むと、天を仰いだ。


「ごめんね。あれだけあなたを守ると行ったのに」


 アリアは悲し気に微笑んだ。

 私は首を横に振る。


「私が悪いの。あの人たちを傷つけられなかったから」


 私は迷っていた。自分の命が危険にさらされているときでも。

 どこかで誰かが私を守ってくれるという甘えの気持ちがあったのだろう。


「あなたはそれでいいのよ。あなたがあなただったから、私は兄の言葉を守ろうと思えたのだから」


 私は頷いた。


「ここは?」

「分からない。ラウールの言っていた西の塔かな。誰も来ないもの」

「そう、か。他の人たちは大丈夫かな」

「どうだろう。まあ、下手に手出しはできないと思うわ。それに彼女にとって一番利用価値があるあなたや私を敵に回すようなことはしないでしょう。シモンも含めてね」

「シモンは大丈夫かな」

「気がかりなのは魔術実験の影響がどれほど体に出ているかね。早くそれから彼を解放しないと。恐らく、彼女はシモンを使い、あなたや私を意のままに操ろうとしてくるでしょう」


 アリアは短く息を吐いた。

 彼女には少女だったころの面影はあるが、大人の、とても美しい女性だ。

 シモンの親がルイーズをサラと間違えたのは、髪と目の色の影響だろう。


「アリアはどうして自分の姿を隠していたの?」

「自分の姿を隠しやすくするために。あなたを国に連れて帰るという兄との約束を守るために。もう、無駄になってしまったけどね。それに、サラは死んだことにしておきたかったの」

「どうして?」

「私がいたから、こんなことになったもの」


 セリア様がアリアを叱責していたのを思い出した。私はアリアの身に起こったことを具体的には何も知らなかった。


「でも、私はアリアがいてくれてよかったと思っているよ」

「私がいたから、国が滅んだのよ。それでもそう思うの?」

「滅んだって何があったの?」


 アリアが自分で国を滅ぼしたりしないことは分かる。彼女が自分の国を愛していることは本当に伝わってきたのだ。


「国民の中に私を押す人がいたのよ。私こそ、次の王に相応しいとね。でも、国が選んだのはあなたのお父さんだった。私もそれでよかった。でも、国民は納得せずに悲劇が生まれた」


 私はどきりとする。強い能力を持つアリアと、おそらくそれほどの力はなかった私の父親。辺境の地にあるからこそ、人口の少ない特殊な能力を持った民が住む、小さな国だからこそ、周囲はアリアを王にと望んだのだろう。そこに王妃がうまく入り込んだのだろうか。


「選ぶって、選挙か何かなの?」

「花の国が、あの国にある植物が選ぶのよ。それはいってみればすぐにわかることだから、今は控えるわ」

「そうだね」


 知りたいことは山のようにある。だが、今はどう状況を打破するかを考えないといけない。


「この建物を壊して逃げ出せないかな」


 アリアは唇に手を当て、私の耳に唇を添えた。


「おそらく盗み聞きをされている。具体的な話はもっと声を落としましょう」


 私は首を縦に振った。


「ここは地下だと思う。ここを壊せば城が崩れ落ちる。それはできない。部分的に物質の形状を変えて、軟化させてというのも考えたけれど、場所が特定できない限りは難しい。それに見張りもいるだろうしね」

「見張りか」


 辺りを探るならシュルシュしかない。だが、あれは結構体に堪える。

 シュルシュで場所を特定した後、シモンを助け出し、王妃に会うには極力彼の力を借りたくはない。


 そのとき、近くで扉のあく音がした。話し声が聞こえ、言葉が途切れる。

 誰か来たのだろうか。

 だが、思いのほか遠かったのか、誰の声かは分からない。


 私とアリアのいる部屋の扉が開き、年配の男性が入ってきた。その背後には炎の魔法を操った男の姿がある。


「先ほど、お前の友人を招いた。ロロ=ダラス、ブノワ=エストレ」

「ちょっと待って。ロロたちは関係ないでしょう。彼は私の正体を知らないのよ」

「関係なくはないさ。ロロがお前と一緒にいたのは証言を得られている。いわば、お前の知り合いになったのが運の尽きだよ」


 彼は皮肉めいた笑みを浮かべると、一歩踏み出し、私たちとの距離を詰めてきた。

 私は唇を噛んだ。


「さて、これからお前たちにしてほしいことを伝える。お前たちが拒否したら、まずはロロ=ダラスを殺す。まずはあの花の国の要塞をどうにかしろ」

「あれは無理よ。びくともしなかった」

「私にはお前が同じものを操っているように見えたが。あいつの腕をへし折ってきてもいいんだぞ」


 男は私を蔑んだ目で見る。

 アリアが私の少し前に踏み出した。

 男の瞳に恐怖が映る。


「余計なことをしたらあいつらは」

「分かっているわ。彼女は花の国についての理は知らないの。あの要塞には前王の意思が宿っている。彼女をあの場所に直接連れて行かないと、要塞は解けないでしょう」

「なら、お前たちを連れていくしかないだろう。要塞を解除して、あとは歯向かわないことだな。お前が余計なことをしたら、ロロ=ダラス、ブノワ=エストレ、あとシモンという少年は死ぬことになる」


 私はそこにルイーズの名前がないのが意外に感じた。彼女の父親の力で守られているのだろうか。だったらよいのだが……。


「ついていけば彼らを解放してくれるの?」

「お前たちが役目を終えればな」

「分かったわ」

「出発は明日の朝にしよう。まあ、それまでは残り少ない人生を楽しんでおくんだな」


 男は皮肉めいた笑みを浮かべると、部屋を出て行った。

 彼らはあの要塞を解き、私たちを殺すつもりなのだろう。

 普通にやれば勝てなくても、人質がいれば違うのだ。


「ごめんなさい」

「どうして?」

「私があなたをこの世界に連れてきたから、危険な目に遭わせたのね。シモンのことも分かっていたはずなのに」


 アリアの目には大粒の涙が浮かんでいる。


「アリアのせいじゃないよ。私は後悔していない。だから気にしないで」


 ロロやシモンたちを危険な目に遭わせるわけにはいかない。だが、ここで死んでしまってはアリアの今までの努力が無駄になる。どうしたらいいのだろう。

 ラウールたちは無事だと信じたい。


 気になることは山ほどあるが、その答えは全く分からない。

 だが、現状を把握しないといけない。

 もう迷ってはいられない。


 シュルシュ。力を貸して。


 だが、返事はなかった。


 お願い。


 何度も呼びかけやっとあの低い声が聞こえた。

 どくんと胸がなり、心臓が重くなる。


 うるさい。今度は牢に入っているとは、忙しい娘だな。


 彼は地鳴りのような笑い声を響かせた。



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