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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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植物を操る少年

 そこから細い道に入ると、石で造られた塀が立ち並ぶ。

 ルイーズが呪文を詠唱すると、石がどろりと変形し、人が歩けるほどの道が作り上げられた。

 ルイーズが先に入り、わたしも続けて入る。

 わたしが中に入るとルイーズはその石の扉を閉じる。


「あとはこっちのほうにいけばその住宅街に入れるはずよ」


 彼女は森の奥深くを指さした。

 辺りには清閑な森が広がっている。

 草原としていて、フイユとは全く別世界が広がっているようだ。


 ルイーズの言った通り、町の中の監視は緩かった。

 だからこそ、すんなりここまで来れたのだろう。

 あとは森を抜け、住宅街に入ってしまえばどうにでもなりそうだ。


 アルバンたちとはちあわせをしたとしてもこの森の中なら対処はできるだろう。


「ここはめったに人の入らない場所だから大丈夫だと思うけど、警戒はしておきましょう」


 わたしはルイーズの言葉に頷く。


「アリアは?」

「鞄の中にいるわ」

「町にはいるときの検査ってかなり大がかりだったね。大丈夫だった?」

「大丈夫。わたしの作った入れ物の中に彼女に入っていてもらえば、彼らは検査できないわ。彼らも弁償はしたくないだろうしね」


 彼女はそうあっさりと告げる。

 彼女の作る工芸品はずば抜けているし、相応の価値があるようだ。

 彼女は普通に作っていて、人に贈ったりもしているのに、その価値を保ちづつけているのはなみなみならぬことだろう。


「ルイーズはいつからそういうのを作り出したの?」

「物心ついたときからかな。いろいろなものを作るとね、お父様やお母様がほめてくれたの。それで嬉しくていろいろ作っていたわ。そのときは工芸品と呼べる代物でもなかったけどね」


 彼女の才能は本当に小さいときから発現したのだろう。


「ジルベール様が魔法が使えなくなったという話をしたでしょう。実はあれ、わたしもだったの」

「何かあったの?」

「お母様が亡くなったの。それでふさぎ込む日々を送っていた。ラウールもよく来てくれていて、あのときは本当に心配をかけてしまったな」


 ルイーズはそういうと、目を細めた。


「ごめんね」

「いいのよ。昔のことだし、話をだしたのはわたしだもの。そんなとき、アンドレさんと会う機会があってね、彼はわたしに自分の作った品を見せてくれたの。それから少しずつわたしも魔法が使えるようになっていって、アンドレさんのような人の心を動かせるものを作りたいと思うようになっていったの」


 それが今の彼女の作り出したものなのだろう。

 彼女の作るものは芸術という言葉に相応しいものだった。

 そして、彼女にとってアンドレさんは恩師のようなものなのだろうか。

 だからこそ、私財をはたいてまであの土地を買おうとしたのだろう。


 ルイーズの足が止まる。彼女は唇に手を当て、わたしを見た。

 彼女の視線の先には二つの人影がある。町の入り口にいた人と同じような服を着ている。

 警察だろうか。


「ジルベールの姪? 所詮、血のつながりもないし、暴れようが大した問題でもないと思うがな。オプレ家は今まで魔法が使えるやつはいなかったんだろう? ニコレットも魔法の才は全くないしな」

「一応はな。ただ、警戒しておけと上からお達しが来ているんだよ」

「今日休みだったのに、それで仕事に駆り出されるとかついてねーな」

「その分、休みがとれるんだから文句言うなよ。あのシモンのお守りよりはましだろう」

「あのガキか。あれは災難だよな。あいつの担当になったやつらには同情するよ。いくら給料が良くてもね」


 シモンという名前にドキリとする。

 それはこの町に入った時に聞かされた名前だ。

 王妃の知り合いという。


 そのとき、背後で草の踏む音がした。

 思わず振り返ると、そこには尻尾が長い、白い毛並みの動物がいた。

 ホッと胸をなでおろすが、安心したのもつかの間、ルイーズがわたしのうでをつかむ。


「隠れましょう」


 彼女は木陰にわたしを引き入れた。


「今、人影が見えなかったか?」

「いや、見なかったが」

「そうか。念のため確認しておくか。万一のとき、ここに入った言い訳にもなる」


 二つの足音が近づいてくる。

 わたしの心臓の音が激しく鼓動する。


「もともとここは入ってはいけない場所なの。だから、わたしが二人の前に出るわ。注意をひきつけるから、その間に逃げて」

「そんなことできない」

「大丈夫よ。殺されたりはしない。アリアさん、美桜さんをお願い」


 やはり来るべきではなかった。自分の浅はかさを恥じたとき、わたしの前に小さな影が現れる。あの先ほど森で出会った少年だ。少年はわたしたちの目の前に来ると、にこりと微笑んだ。


「お姉ちゃんたち、かくれんぼしているの?」

「あなたも危ないから逃げなさい」


 強い口調でいったルイーズに動じた様子もなく、少年の視線がわたしたちの背後を泳ぐ。


「あの人たちに追われているの? だったら僕が助けてあげる」


 少年はそういうと、ほほえんだ。

 足音が近づいてくる。本当に近くまできたと感じ取った時、彼が何か単語のようなものをつぶやき、わたしとルイーズの前に無数の草が現れたのだ。


「何?」

「動かないで」


 少年の声が耳をかすめる。


 ルイーズを見ると、彼女は頷いていた。

 魔法で出した植物なのだろうか。

 だが、それにしてはあまりに普通で、まるで本当の植物が意思をもって動いているみたいだ。

 そして、わたしはおのずと一つの答えを導きだした。


「お前がここにいたのか?」

「うん」


 少年と男の声がわたしたちの耳に届く。


「髪の長いやつを見なかったか? 金髪と、茶髪の女だ」

「さあ、見なかったよ」

「本当か? 隠したら」

「やめておけよ。こいつって例のあいつだろう」

「分かっているが」


 少年がくすりと笑うのが分かった。


「僕が誰か分かっているなら、話は早いね。僕に手を出したいなら、王妃様の許可を取ってこないと怒られちゃうよ」


 その言葉にドキッとした。

 彼は王妃の知り合いなのだろう。


「こいつ。ソレンヌ様の知り合いだからと言って」

「やめておけ。相手が悪い。なぜかソレンヌ様はこいつにご執心だからな。こんな得体のしれない奴に」

「そうそう。怖いおじさんたちにいじめられたとソレンヌに言いつけちゃおうかな。この森に勝手に入り込んだことも」

「それはお前だって同じだろう」

「僕はソレンヌにとって『特別』なんだよ。僕はお咎めがないよ」


 からかうような少年の言葉に、彼らは小さな声をあげた。


「このまま立ち去るなら黙っていてあげるよ」

「どうする?」


 二人の男性が相談しあうのが分かった。


「わかったよ。だから余計なことは言うなよ」


 彼らは乱暴にそう告げた。二つの足音が徐々に遠ざかっていき、風で揺れる木々の音に紛れ込んでしまった。そして、私たちを覆い隠していた植物の塊が消え、少年の笑顔が目の前に現れた。


「無事に逃げ出せたね」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 少年はまた笑みを浮かべた。

 わたしは一度言葉を出しかけてとどめる。


「あなたの名前はなんていうの?」


 ルイーズはそう問いかけた。


「シモンだよ」


 少年は屈託のない笑顔でそう答えた。


「王妃の知り合いの?」

「知り合いといえば知り合いかな。でも、僕はソレンヌが嫌いだから、友達じゃないよ」


 そう明るく言い放った少年が胸を押さえ、その場に膝をついた。

 少年の顔はひどく青ざめ、呼吸も乱れていた。


「大丈夫?」

「大丈夫。疲れただけだから、少し休めば良くなるよ」


 彼は力なく笑う。


「家は?」


 少年は森の奥を指さす。

 わたしたちの行こうとしていた方向だ。

 彼はやはりあそこに住んでいたのだろう。


 どうしたらいいのだろう。

 彼を家まで連れていくべきなのはわかるが、私たちと一緒にいたら、彼を危険にさらすかもしれない。

 だが、彼をおいて奥に行っていいのかもわからない。


 そのわたしの手に、小さな手が触れる。

 彼はわたしの手を握った。


「少しだけ一緒にいて」


 ルイーズを見ると彼女は首を縦に振っていた。

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