花の民の噂
ルイーズは私の目の前に書類を差し出した。そこにはルナンへの入局許可を綴る文面が記されている。
ルイーズの話を聞いた四日後、入国許可が下りたのだ。
だが、許可が下りたからといい、すぐに直行するわけにはいかない。
その街は私たちが見てきた国と、全く事情が違うのだ。
「基本的に中に入れるのは一日だけ。荷物の確認もされるわ」
彼女はルナンに入った時の話を含め、注意事項などを聞かせてくれた。
ルナンに入るときは他の国に入るときよりも断然厳しく、許可書も必要で荷物検査もある。アリアと一緒に入国したときは、彼女を衣類の中に隠していたようだ。そして、彼女の場合はルナンに住む人からの招待があったのも、それを軽くした一因だろうということだ。その人は地元の警察にはかなり顔が効くらしい。
「今回のことでその人に迷惑がかからないのかな」
「大丈夫だよ。今回は私の独断で行くし、その家がなくなったらルナンの国の治安も維持できなくなるだろうからね」
彼女はそう口にする。
ただ、ジルベール様の姪ということで、向こうには一応警戒されている可能性は否めないとの判断で、ルイーズと別々に入国し、アリアはルイーズが連れていくことに決まった。
入国時間はルイーズのほうに先に入っていてもらい、中で落ち合うことにした。
テオとは違い、中の監視はそこまできつくないようだ。
「待ち合わせ場所はここにしようと思うの」
ルイーズは簡易な地図を書いてくれ、その一か所にしるしをつける。
「公園?」
「珍しい植物があるから、外から観光に訪れた人はかなりの確率でそこにいくの」
観光地なのだろう。
ただ、物事が順調に進むとは限らないため、入国できなかった時にはフイユ側に移動し、セリア様と近くの茂みで合流することになったのだ。
「それで、ルナンのどこにいくの? 見に行くだけなら、身の危険もないでしょうけど」
セリア様は地図を一瞥してそう問いかけた。
「ルナンを見て回るという選択肢もあると思いますが、私はここに行きたいと思っています。ルナン北部の離れに住宅街です」
彼女はルナンの一角を指さし、言葉をつづける。
「王妃の仲間に会いたいのなら、ここに住んでいると思います。そこはルナンの中でも厳重な警備が敷かれているらしい。ただ、ここは外部からの人間を寄せ付けない。そのため、この森を抜けて行きます。幸い、以前いったときは緑が残っていたため、身を隠しながらはすすもうと」
ルイーズはルナンの中にある森を指さす。
「この回りには石壁があるんじゃないの? アリアに壊させるのなら、大丈夫でしょうけど」
「その中の一か所に亀裂が入ったそうです。恐らくラシダ王女を救い出したときに、地盤が若干変化したのだと思います。それを加工して、道をつなぐくらいなら、私でも難なくできます」
ルイーズはそう言い放つ。
そういえば彼女は石や土の加工が得意だったのだ。
「この住宅街の情報はよくわからないけど、家々の距離はあいているので、木々や物陰に隠れながら進もうと考えています」
「危険が伴うと思うけど、あなたの父親は納得しているの?」
「反対はされましたが、最終的には納得してくれました。父も憂いているのだと思います。現状の国を。ただ、これは私の目標だから、美桜さんは別行動をとってもいいよ」
「私も行くよ。ルナンに行く目的は、王妃と対等に話をできる何かを得ることだもん」
私はそう即答した。
観光していてそれが見つかるとは思えないし、彼女を危険な目に合わせて、自分だけのうのうとしているのは、絶対に嫌だ。
「ありがとう。あと一つ言っておいたほうがいいかもしれない。確証があるわけじゃない。しかし、その人が言うには、ここにエスポワール以外の人間がいるという噂がある」
「エスポワール以外の人間? 他の国にも人間が住んでいるってこと? 私みたいにほかの世界から来た人間?」
「というよりは、人間によく似た種族」
その言葉でぴんと来る。
「花の国の民?」
ルイーズは首を縦に振った。
「確証はないんだけどね。ただ、十数年前にまとまった人数が突然ルナンの中に転居してきた、と。どれくらい無事なのか、今はどうなっているのか分からない」
国が滅んでも生きている可能性はある。アリアが何らかの理由でエペロームにたどり着いたように。
王妃とつながりがあれば、ここで暮らしていてもおかしくはないのだ。
アリアは顔を強張らせ、ルイーズを見つめている。
「可能性はなくはない。今まで花の国の人間を見つけることができなかった理由にはなる。あなたはよくそこまで調べたわね」
「今の現状を変えたいと思っている人は、何らかの機会を伺い続けていたからだと思います。お父様も、ジルベール様も、そしてルナンの町に住む人の中にも現状を憂いている人も少なからずいる。その決定打が、エリスの婚約だった」
「ラウールの言っていた?」
ルイーズは頷く。
「おそらく、ここひと月以内に決まる。エリスは自分には拒む権利がないと考えているみたいだけど、そうは思えない。跡継ぎにはラウールという適任がいるのに、エリスをアダン家と婚姻させる必要性は客観的にはないもの。だから、状況を変える何かがほしいの」
それが今、周りの人が動き始めた理由だったのだろう。
彼女は自分の出生から将来に至るまで、どれほどの重荷を背負い続けているのだろう。
私はエリスの笑顔を思い出し、拳を握る。
「行こう。私に何ができるか分からないけど、やるだけのことはやりたい」
「ありがとう。本当はラウールも連れて行けたらいいんだけどね。さすがに彼は顔が知られ過ぎていて、国内に入るのは難しいもの」
「アルバンたちはどうなの? あの人たちは私の顔を知っているから、見つかると大変だと思う」
「ルナン内にはいるけど、彼らも人前にはそうそう出てこない。会うとしたら、この住宅街に入ってからだと思う。それと、私をルナンに招待してくれた人も、エリスの婚約を辞めさせたいと思っている人なの。見て見ぬふりをしてもらうように頼んではいるけどね」
「そうだったんだね」
「もう一つ。ラウールがいない時点で無謀かもしれないけど、アルバンたちを捕まえて引きずり出すことができれば、王妃の不正をたどる契機にはなる。辺境の牢屋にいる彼らがルナンにいるなんて、本当はあってはいけないことなの。ただ、ルナンでの転移魔法は使えないし、彼らを捕えて逃げるのはかなり困難を極めるでしょうけどね。さすがに彼らを背負うのは難しい」
本当なら会いたくない相手だが、勝機へのチャンスでもあるのだろう。
魔法だけなら、アリアの力を借りれば、彼らを打ちのめすことは簡単そうだ。
だが、アルバンたちではなく、私たちの行動に気付き、ルナンの人が寄ってきたとしたら、人を傷つけたくないと思っているアリアには分が悪い。
「いざというときには二人が逃げられるようにするから安心して」
「ルイーズ一人に責任を負わせられない」
「私は大丈夫よ。それに美桜さんたちにはほかにやらないといけないことがあるでしょう」
ルイーズはそういうと、微笑んだ。
部屋に戻ると、アリアはそのまま窓辺に行く。彼女はぼんやりと空を見上げていた。
彼女は花の国の民の話を聞いてから、一言も何も言わなかった。
彼女には彼女の思いがあるのだろう。
だから、私は彼女には何も言わないようにしようと決めた。
「そろそろ眠るね」
私の言葉にアリアが頷く。
「無理はしないでね。ルナンでの件。私がどこまであなたたちを守れるか分からない」
「大丈夫だよ」
私が行くことで何がかわるのかは分からない。
だが、やれるだけはやりたいし、奇跡が起こる可能性があるなら、その奇跡にかけたかったのだ。




