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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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散りゆく命

 私は短く息を吐くと、天を仰いだ。ここはエペロームのはずれにある浜辺だ。もちろん目的は海城を見つけることだ。だが、あれから一週間近くが経過し、様々な浜辺を巡っているが、それらしい痕跡を見つけることはできなかった。ラシダさんから海城は通常、海の深い状態で眠っていることを聞き、覚悟はしていたが、奇跡が起こることはなかった。


「長老に話をして、それらしいものを見かけたときには教えてくれるように頼んでみるよ」


 ノエルさんはそう短く息を吐いた。


「ありがとう。でも、こんなんじゃきりがないよね」


 アリアは短く息を吐く。


 どうすべきか考えた結果、海城を探し出そうと決めたのだ。

 ラシダさんが最初、自分が海に入り、探すと提案したが、その申し出は王妃により却下された。

 私たちに帰るように促した魚人は、ある意味ある意味王に忠実な民だった。だが、中には王妃に忠実な魚人がいて、ラシダさんを連れ去ってしまうかもしれないと提案したのだ。

 そのため、私はアリアと一緒に海城を探すことにしたのだ。


 一週間の間に確認できた海辺は半分にも満たない。海城が海の中を移動している可能性もあるため、パーセンテージでどれくらい確認できたかを考えるとその数値は低いだろう。


 セリア様はルーナで待機している。アリアがいればそうそう危難に陥ることはないし、万一エスポワールから何か言われたときには真っ先に対処できるようにしておきたいためだ。


 今日はエペローム近辺を巡ることになっていたため、ノエルさんの家に顔を出した。事情を説明すると、彼がついてきてくれることになったのだ。


「転移魔法で行ける国は限られているからな。お前もセリアも行ったことない国も少なくないだろうし、隠すなら自国の海の可能性が高いと思う」

「そうだね。やっぱりエスポワールの海辺にあるのかな」


 アリアは難しい顔をする。

 ラウールともあれ以来、顔を合わせていない。

 だが、エスポワール内を巡るなら、ラウールの力を借りるしかないのかもしれない。

 私たちだと行ける範囲があまりにすくないためだ。


 もちろん、ほかの手段も検討し、セリア様と話し合いをしたが、答えが出ることもなかった。

 まず一に考えたのが、私が直接王妃に会いに行ってはどうかということだ。

 ただ、身の安全が保障できないという理由で却下されたのだ。

 アリアがついていけば大抵のことは回避できる。だが、万が一が起こる可能性もゼロではないと言っていたのだ。

 ラシダさんが連れ去られ、そのことで王妃が必要以上に警戒している可能性もある。

 リスクと得られる結果を比較して、前者を判断したのだろう。


 私たちはエスポワールのことはほとんどしらない。

 だから足踏み状態が続いている。

 ラウールやロロ、ルイーズ辺りに聞けば、もっと良い方法が思いつくかもしれない。


 いや、エスポワールのことだけではない。王妃もそうだ。

 そもそもなぜ彼女は花の国に拘っているのだろう。


 私は隣にたたずむアリアを見た。

 エスポワールの中のことなら、花の国には関係ないはずなのに。

 アリアはその何かを知っているのだろう。

 だが、聞かないと約束した手前、彼女に聞くのは躊躇してしまっていた。


 それにもう一つラウールの話を聞いて疑問に思ったことがある。

 なぜ王妃は婚約解消を受け入れたのだろうか。そこまで王の后の地位にこだわるのなら、婚約を解消しなければよかったはずだ。


「神鳥に会って帰ろうか」


 そう提案したアリアの言葉に頷いたとき、砂浜に影が映る。そこには神鳥の姿があったのだ。


「よかった。間に合ったわ」

「今から会いに行こうと思っていたの。あまり山から出てこないほうがいいよ」

「それは分かっているけど、エペロームの西の森が枯れかけているの」


 私たちはその言葉に顔を合わせる。そして、場所を細かく聞いたノエルさんの転移魔法で行ってみることにした。

 そこは静かな森に包まれた人気のない場所だ。目の前には明らかに黄色く変色した樹が幾重にも連なる。


「ここまで来たのか」


 アリアはそういうと眉根を寄せた。


「いつくらいから?」

「私が気づいたのは二日前。ノエルに伝える機会をうかがっていたのよ。そうしたら長老があなたたちが来ていると教えてくれて、ここまでやってきたの。長老には伝えてあるわ」


「早く戻らないといけないね」


 アリアはそう唇を噛む。

 おそらく私たちが気づいていないだけで、状況は進行しているのだろう。

 このまま海城を探すだけでいいのだろうか。

 私は唇を噛んだ。


「あまり気にやまないほうがいい」


 そうノエルさんは私の肩を叩くと、微笑んでいた。

 私たちはエペロームの海岸を一通り確認すると、その足でルーナに戻ることにした。



 アリアの転移魔法に導かれ、本の並んだ部屋に到着する。ここはセリア様の家の一室だ。

 彼女は私とアリアに一部屋提供してくれたのだ。

 そのため、ルーナを出入りするときはこの部屋を活用していた。


 部屋を出て階段を降りると、お茶を飲んでいるルイーズに遭遇する。


「お帰りなさい」


 彼女はそうにこやかにほほ笑んだ。

 だが、その表情が暗くなる。


「何かあった?」

「エスポワールの南西の森がかなり派手に枯れているらしいの。ラウールに報告したら、美桜さんたちに伝えてほしいと言っていた」

「森が?」


 私の脳裏にエペロームの森のことが蘇る。

 王妃がすべての鍵を握っているのに、手をこまねいてなにもできない。


「やっぱり王妃に直接話をしに行ったらダメなのかな。それしか今できることはないと思う」

「海王を解放しろ、と?」


 ルイーズはそう一文字ずつをはっきり発音する。

 私は首を縦に振る。そのときにラウールのこともどうにかできたらいいのだけれど。


「美桜さんが王妃に会いに行こうとしているのは聞いたわ。ただ、リスクを考えると私はお勧めできない。この中ではエスポワールの国について一番詳しいと思うから言うけれど、確かにそれでうまくいくかもしれない。でも、一応相手は一国の王妃で、彼女がとらわれたとしたら警察も引っ張り出さないといけない。ただ、警察はお父様の管轄下にあるし、そのトップもお父様と懇意にしている人よ。だからか、王妃を慕っていないものも少なくない。そうした人たちを傷つけないといけない場面が出てくる。美桜さんにアリアさんが護衛についていたとしても、それはできる?」


 アリアの顔が暗くなる。

 彼女はきゅっと唇を噛んだ。

 ラウールを巻き込むことさえ避けたいと思っているのだ。

 何も関係ない赤の他人なら尚更巻き込むのを嫌がるだろう。


「それにエスポワールの人間を傷つければ罪になる。エスポワールに今後入らなかったとしても指名手配される可能性もある。美桜さんだけじゃない。かかわった人間を罪をでっちあげて監獄に送り込む可能性もある」

「かかわった人間ってロロやルイーズも?」

「お父様ができる範囲で庇ってくれるとは思うけど、どこまでできるかは分からない。それに、美桜さんが逆に傷つく可能性があると思う。花の国の前の王の娘をそうみすみすと殺さないと思うけど、ゼロとは言い切れない。彼女は私にとってよくわからない人なんだもの」


 そう諭すように言った彼女の言葉に、私は自分の浅はかさを教えられた気がした。

 セリア様やアリアが乗り気でなかったのは、そうした意味もあったのだろうか。


「エペロームで緑が枯れていたの」


 そう私は言葉を漏らした。セリア様とルイーズは目を見張る。

 私とアリアはエペロームでの一連の流れを説明したのだ。



「花の国の王が不在なのがそこまで影響が出ているんだね。それにこのままにはしておきたくない。王妃と話をするなら、対等に話ができる何かがあればいいと思う。向こうの知られたくない秘密や、弱みみたいなものがね」


 ルイーズはそういうとあごに手を当てた。





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